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四つ足の矜持 05


 ウォーラビットに続き、ランプサーペント。そして更にもう少し強い魔物へ。

 危険の度合い毎に段階を踏んで上げていく狩りの対象は、日に1種ずつ消化されていった。


 当初こそ本能へ訴える危険から、足を止め震えていたまる助。

 けれどウォーラビットを倒すのに成功してからは、少しだけ吹っ切れてきたらしい。

 日に日に動きには迷いが無くなっていき、身体へ固定された短剣を勢いよく振るえている。

 この辺りは逆に子犬であるというのが、良い方に働いているのかもしれなかった。



「どうだニンゲンの(メス)。これで8種目だぞ!」


「あんたいい加減、人を名前で呼びなさいよ……」



 この日新たに挑戦した魔物を斬ったまる助は、どうだと言わんばかりに勝ち誇る。

 ただそんな彼へ近寄っていくサクラさんは、喜びつつもどこかゲンナリとした様子だった。


 まる助は犬であることが原因なのか何なのか、なかなか名前で呼んではくれない。

 サクラさんには"ニンゲンの(メス)"、ボクは"(オス)のショーカンシ"。そしてアルマは"亜人の(メス)"だ。

 これはこれで可愛いと思わなくもないけど、今だからいいものの人が増えたらどうするのだろうかと思わなくもなかった。

 もっともまる助にしても、相棒である召喚士のリーヴスは別なようで、彼だけは名前で呼ぶのだけれど。



「ともあれこの調子なら、全種を倒すのも時間の問題ね」


「ほんとうか? ほんとうに倒せるのか女!」


「だからさくらと呼びなさいっての。……まぁ、本当よ。今日のこいつが倒せたんだからさ」



 いざという時に備え、サクラさんは常に手へ投擲用のナイフを握っている。

 そろそろ傷も癒えた頃ではあるけれど、新たに入手した弓が非常に重く硬いため、それを使うよりナイフの方が確実であるためだった。

 これまで使っていた弓は、愛着もあったけれど処分している。旅をするのにどうしても邪魔となってしまうから。


 そのさくらさんが告げた言葉に、まる助は喜びを露わとする。

 バタバタと尾を振り、後ろ足だけで立ってサクラさんの脚へとすがる様子は、まさにじゃれつく子犬そのもの。



「ならそいつも倒しに行こう! それですぐお前の言うブキを作りに行くぞ!」


「落ち着きなさいな。不用意に急いても怪我のもと、1日に1種ずつ増やすって約束したの覚えてるわよね」


「……しかたない。今日はガマンしてやる、そのかわり町にもどったら肉をくわせろ!」


「はいはい。戻ったらさっき狩った魔物の肉を捌いてもらいましょ」


「骨つきがいいぞ。おいらは骨つきが好きだぞ!」



 なんだかんだで可愛いらしく、サクラさんはまる助を抱えて町への帰路に着く。

 腕の中で興奮し涎を垂らすまる助の頭を撫でる姿は、適当なあしらい方に反してどこか楽しそうにすら見えた。


 リーヴスもそんな抱かれている相棒の様子に安堵しているのか、狩った魔物を拾う動きは軽快。

 なんとなくだけど、気持ちとしては理解が出来る。

 ボクも最初にこの近隣で魔物を狩り始めた頃は、この先やっていけるんじゃないかという手応えを感じていたのだから。



 強く吹き荒ぶ冬の風に身体を冷やしながら、ボクらはネドの町に在る協会支部へと辿り着く。

 建物へ入るなり、そろそろ戻ってくる頃合いと準備していたおじさんに白湯をもらうと、ジンワリ浸みる熱に身体が弛緩していく。

 想像していた以上に寒さが堪えているようで、背には寒気にも似たものすら感じる。今日は特に温かくして寝た方が良さそうだ。



「おっちゃん、おいらは半生がいい。生でもいいぞ」


「そいつは却下だ。身体を壊されちゃ堪らん、完全に火を通したヤツを出してやる」


「なんだと、生のうまさを知らないのかニンゲン!」



 ボクらが戻ったことで、早速夕食の調理に取り掛かり始めたおじさんへと、まる助は我儘な要望を口にする。

 けれど魔物の肉を生で食べさせるのは流石に難しいようで、おじさんは速攻で要求を払いのけるのであった。


 小さく跳ねてカウンターへしがみ付くまる助が、おじさんへと抗議を続ける光景を、ボクはボンヤリと眺める。

 その光景に微笑ましいものを感じていると、いつの間にか近くへ来たリーヴスが、手に一枚の紙を持って尋ねて来るのだった。



「あの、お聞きしたい事が……」


「いいですよ。とりあえず座りましょうか」


「す、すみません。それであの……、どこか良さそうな土地はないでしょうか? まる助が暮らすのに丁度良さそうな」



 リーヴスを手近にあった椅子へ促し、その前に卓を一つ移動させる。

 そうしてボクとサクラさんが座ったところで、彼はおずおすと手にしていた紙を卓に広げ問うてきた。


 見てみればそれは地図。ここシグレシア王国の全土を描いたもので、各地に点在する町や村などが詳細に記された、そこそこ値の張る物だ。

 どうやら口振りからすると、リーヴスはこの町を離れてからのことを考えているらしい。


 ネドの町はそこまで強い魔物が居ないため比較的安全で、物価もそう高くはないため、駆け出し勇者と召喚士が活動するには都合がよい。

 なので実のところ、ここで魔物を狩り続けていくだけでも問題なく暮らしてはいける。

 けれどもずっとここに居るというのは好ましくない。魔物の被害が深刻な土地は存在するし、ずっと居座っては今後召喚される勇者たちの迷惑となるため。



「……そうね、私としては中部地域をお勧めするかな」


「中部……。王都とかですか?」


「王都は止めておいた方がいいと思う。あそこはゴーレムとかの大きくて硬い魔物が多い、あの子ではたぶん対処しきれないから」



 提示された地図をしばし眺め、サクラさんは大まかに中心付近を指で丸くなぞる。

 王都エトラニアを中心とした王国中部地域は、ここネドも含め広い草原と丘陵地帯で成る、比較的温暖な土地。

 ただ王都に関しては、サクラさんが言ったように硬い魔物が多いため、まる助には向かないと思う。なにせ人が軽く抱えられる程度の体格でしかないのだから。

 サクラさんが王都を除く中部地域を勧めたのは、相応に理由があったようだ。



「あの子、かなり寒さに弱いでしょ?」


「は、はい。昼間は良いんですけれど、明け方はずっと僕のベッドに潜り込んでいます」


「あの種は元々寒さに弱いのよ。それに加えて暑さにも強くない、となれば比較的温暖な王国中央部が無難ね。もしくは北部の標高が低い地域」



 どうやらまる助の種は、愛玩を主目的に改良されていったようで、気温変化などの耐性が低いようだ。

 となれば自然と見合った土地を選ぶ必要があるけれど、北部は山岳地帯が多いせいで冷え込み易く、南部はどうしても熱さが気になる。



「まる助も懐いているので、出来ればお二人と同じ町にと考えたんですが」


「……そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、私たちの家が在る町は南の沿岸部だもの、夏場なんて酷いもんよ。冬は比較的楽だけれど」



 サクラさんも案外まる助を可愛がっているため、一瞬言葉を詰まらせるも大きく首を振る。

 確かにカルテリオで過ごした夏には、咽かえるような暑さへ手酷くやられた。

 尾に毛を持つアルマなどは特に厳しかったようで、日がな一日石材の床に転がっているという有り様。

 ましてや毛が全身を覆い、夏に弱いまる助であればもっと厳しいに違いない。



「王都近郊は嫌だって言うけど、もうとっくにまる助の存在は伝わってるはず」


「大丈夫……、なんでしょうか?」


「一応騎士団で上の方に居る人に話はしておいてあげる。たぶん無闇な扱いはされないから安心なさいな」



 とはいえ不安がるリーヴスへと、サクラさんは軽く触れ安堵させようとする。

 彼女が言う騎士団の上に居る人というのは、おそらく国で要職に就くゲンゾーさんらのことを指している。

 ここまで無茶な依頼を消化し売っておいた恩を、ここで活用しようという事だろう。



 リーヴスはなおも不安そうにするが、そうこうしている間に夕食の準備は整っていく。

 そろそろ出来るというおじさんの声に反応し、各々で配膳を手伝い卓へと着いた。


 運ばれてきたのはこの日獲った肉を焼いた物と、幾ばくかの野菜にパン。

 リーヴスとまる助が使う卓へと視線を向けてみれば、律儀にも卓の上へ乗せた皿へと、まる助が頭を突っ込んでいた。

 見たところどうやら彼だけは、骨つきの肉を用意してもらったらしい。


 そんな彼らを横目に、ボクらも食事へと向かいしばし食べ進めていく。

 そして肉が粗方片付いたところで、ボクは食器を置き小さな声でサクラさんへ話しかけた。



「実際どこがいいんでしょうね。目ぼしい町には勇者がそこそこ居ると思いますし」


「本当は当面ここでやっていくのが一番だと思う。せめてあと半年、まる助が成犬になるまでは」


「でも彼ら、完全にやる気になってますよ……」


「まるで出会った頃のクルス君を見てるみたいね。両方とも子供だし、大人が一緒に行動してくれるといいんだけど」



 はて、サクラさんを召喚した頃のボクはあんな感じだったのだろうかと思うも、彼女にしてみれば似たようなものらしい。

 けれどもその点を除けば概ね同意で、誰か諌める役割の人が居るのならば、多少は安心できるのにと思えた。



「私たちはダメよ」


「まだ何も言ってませんよ。……そう言おうとしたのは事実ですけど」


「ここで魔物を全種倒し終えたら、武器のこともあるし一旦はカルテリオへ連れて行く。その辺りで結論を出せばいいんじゃない?」



 このあたりが落としどころか。

 今すぐに結論を出すことは難しいだろうし、とりあえず一緒にカルテリオまで行き、武器を何とかしてからもう一度考える。

 案外冬と夏場で違う地域を行ったり来たりというのも、手としてはありかもしれない。


 別に一か所に留まり続けなければいけないという事はないため、これが案外良い案なのではと思えてくる。

 そこでサクラさんへ提案し、彼女が「いざとなればそれも悪くないかも」と、当人たちを余所に傾きかけた時だ、唐突に脳の奥を震わすような音が響いてきたのは。



「……サクラさん、これって」



 オオオオン、という獣の鳴き声に酷似した、けれども精神を酷くざわつかせる音。

 どこかで聞いた覚えのあるその音を聞くなり、ボクは勢いよく立ち上がった。

 ハッとしサクラさんを見ると、彼女の表情も険しいものへと変わっている。



「……そうよね、考えてもみればここの"黒の聖杯"は健在だったっけ」


「1つの黒の聖杯は、同種の魔物を召喚する傾向があります。たぶんあの時と同じ」



 鋭い目つきとなって立ち上がるサクラさんの言葉に、ボクは頷き考えを肯定した。

 この土地でこうも大きな遠吠えをする魔物と言えば、"森の王"と呼ばれる巨大な狼を模したあいつしか覚えがない。


 サクラさんを召喚して少しした頃、ネドの町を襲ったそいつは記憶に新しい。

 あの日からまだ1年と経ってはいないし、サクラさんにとっては最初に受けたこの世界での洗礼。

 勇者として召喚後間もない少女たちが、目の前で貫かれ喰い殺された光景は、今も鮮烈に目へ焼きついている。



「お、おいニンゲン。これはなんなんだ!?」



 警戒に緊張感を高めていると、勢いよく飛びついてきたのはまる助だ。

 彼は口元を肉の汁でベタベタにしたまま、触れれば明白なほどに振るえており、尻尾はグッと足の間へ仕舞われていた。

 きっとまる助の本能には、危険の文字が強く刻まれているはず。



「危険な魔物が迫ってる。武器を準備しなさい」



 鋭く、淡々と告げるサクラさんの声。

 その言葉にビクリと身体を震わせたまる助は、魔物の接近を知らせる警鐘の音が鳴る度、黒い目を不安に染めていくようであった。



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