四つ足の矜持 04
閑散とした、勇者支援協会ネド支部のロビー。
現在新米の勇者と召喚士がほとんど居ないここの隅で、ボクは椅子へ腰かけ頭を悩ませていた。
「さて、どう戦ったものか……」
「もうさ、私的には諦めた方が無難だと思うんだけど」
「でもそれじゃあんまりですよ。2人とも基本的にやる気はあるんですから」
隣で同じく椅子へ腰かけ、果実水と酒を割った飲み物を手にするサクラさんは、ボクのした発言へ身も蓋もない意見を述べた。
交わす言葉の対象はまる助とリーヴスであり、諦めるというのは彼らが勇者としての活動を継続するべきか否かという点。
サクラさんはあの勇者と召喚士が、戦いというものに向いていないと考えているようだった。
今日でネドの町へ滞在して4日目。ボクらは連日のように町の外へ赴き、まる助の狩りを補助していた。
たった1日の滞在ですぐ発つ予定だったというのに、予定外の寄り道となってしまった。
ただその間でまる助について、わかったことがひとつある。
勝ち気で自信有り気な言動をする彼だが、実のところなかなかに臆病な性格をしているということだ。
「きっと動物的な本能のせいね。自分より強い相手に対して、思考よりも先に身体が竦んでしまうのよ」
「でもまる助は勇者です。そこいらの魔物より、ずっと強いはずなのに……」
「基準が元々の自分、つまり向こうの世界での自身にあるせいだと思う。今の強化された身体ではなく」
サクラさんが口にした内容へ、ボクは何となく納得をする。
人間にも多少なりとある本能的なところが、動物ともなればより強く現れる。
まる助などは代々ずっと人間と一緒であった種らしいけれど、それでも僅かにそういった部分が残っているようだった。
まる助が極弱いながらも魔物を倒せたという時点で、異界に住まう存在がこちらへ召喚されるに伴い、高い能力が与えられるという説は立証されたも同然。
けれど本質的な部分まで変質させる訳ではないようで、ボクには強くなってもなお、まる助が戦いを生業とする勇者には、到底向いていないのではと思えてならない。
以前に同じくこの町で勇者として召喚された、ミツキさんも非常に大人しい性格だったけれど、彼女は大人しいだけで存外臆病ではなかった。
「まる助の種は基本的に愛玩用。獲物を追い詰めたり直接噛み付いたりってのは、元来の気質的にも向いていない」
「なんていうか、詳しいですね」
「私が小さい頃だけど、あの子の名前を拝借した犬目当てによく通ったものよ。今のアルマみたいにさ」
そう言って懐かしそうに目を細めるサクラさんは、ロビーの反対側へ居るまる助らを指す。
犬らしくない、足を開き尻を床に着いた姿勢で座るまる助の横には、嬉しそうに抱き着くアルマの姿が。
そのアルマはまる助が随分とお気に入りのようで、宿に居る時はずっと抱き着いて放そうとはしない。
ただまる助自身も別段嫌ではないようで、むしろ抱き着かれたまま余裕綽々な言葉を垂れ流している。
「亜人の娘をとりこにしてしまうとは。ああ、おいらはなんと罪作りなんだ」
「まるすけの毛、アルマのよりもかたいね」
「ダイタンな娘よ、お前の毛はやわらかいな。どうだ、夏になったらいっしょに生え変わった尾の毛を集めようか」
「するー! いっしょねまるすけー」
なんだか少しだけ鼻にかかった、口説き文句だかなんだかわからない言葉を発するまる助。
アルマもその意味を理解しているとは思えないけれど、一緒という言葉に機嫌を良くしたのか、手を挙げて喜びを露わとしていた。
まる助もそんな様子を見て妙に嬉しそうで、この辺りはやはり犬そのものだ。
「……アルマが喜んでるのはなによりですが、勇者としての姿ではありませんね」
「子供をあやす適性はあるかも。喋れるってのもあって、王都あたりへ行けば引っ張りだこでしょうに」
アルマの隣で激しく尻尾を振るまる助からは、とてもではないけど勇者としての風格は感じられない。
いっそのこと勇者を廃業し、店でも開いた方がよほど成功しそうに思えてしまう。
けれどもまる助の相棒であるリーヴスにとっては受け入れがたいようで、ボクらの話す内容を近くで聞いていた彼は、険しい表情を浮かべていた。
「僕は……、まだ諦めきれません!」
「そうは言うけど、私にはあの子が戦いに向いているとは思えない。もしやっていくにしても、武具の入手や更新だって儘ならないでしょ。今でさえ手製なんだから」
力を込めて告げるリーヴスだが、サクラさんは遠慮なく意見を突き付けた。
こう言われては彼も反論の言葉を述べることもできず、言葉を詰まらせるばかり。
弓という武器を扱うサクラさんだけれど、これでも入手などには随分と苦労している。
矢などは消耗品であるうえ、弓の弦などは実用に足る物は取り寄せねばならないし、弓手用の防具だって安くはなかった。
けれども弓はまだマシな方。もっと特異な武器を扱う勇者の苦労は計り知れないし、まる助が使える武器ともなればどれだけ特殊か。
日常的に魔物との戦いをこなす勇者にとって、それは致命的だった。
「それでもおいらは戦うぞ、ニンゲンの女」
ただ沈黙するリーヴスの代わりに声を発したのは、いつの間にか近寄ってきたまる助。
ずんぐりとした太目な脚で床を踏みしめるまる助は、たぶん人間なら腕組みをしていそうなくらい堂々と言い放つ。
「確かにおいらは少し……、いやちょっとだけマモノを前に尻込みしている」
「ちょっとじゃないでしょ。そもそもさっき言ったように、武器の問題がまるで解決していない」
「もし今のブキが壊れたら、その時はかみ付けばいい。なにせおいらは犬だ、じまんの牙はダテではないぞ」
これは決意表明なのか、まる助は過去にない程自信満々だ。
とはいえ魔物を前に震えていた彼の姿を思い出せば、その言葉を完全に真に受けることもできはしない。
そのためかサクラさんは立ち上がると、試すようにギラリと鋭い視線でまる助を見下ろす。
人を相手にしても背筋の寒くなるような代物、まだ子犬であるまる助には酷く堪えるに違いない。
「そそそ、そんなこわい顔したってダメだぞ! おいらは勇者になるんだからな」
「ならせめて足が竦むのをなんとかなさい。本能の問題ではあるけれど、この町に出る魔物を倒せないようじゃ、どこの土地でも勇者ではやっていけないわよ」
「い、いいだろう! 次こそあの角うさぎを倒してみせる。ついて来るがいいニンゲンの女!」
「……せめて明日にしておきなさいな」
サクラさんの強烈な眼光に怯み、数歩後ずさったまる助。
尻尾は脚の間に入っているし、身体もプルプルと震え可哀想にすら思えてしまう。
けれども逃げ出さずなんとか踏み止まると、片方の前足を器用に上へ掲げ、宣誓するように断言した。
早速外で魔物を狩りに行くべく、まる助は宿の出口へ向かおうとする。
ただ振り返ったところでサクラさんの腕が伸び、胴体を掴まれ持ち上げられてしまう。
走るのを阻止され抱き上げられてしまい、空中でジタバタと犬かき的に足を動かす様子は、妙に可愛らしいものがあった。
「もう、わかったから。それじゃあ……、まずこの町の近隣に出る魔物全種を倒してみせなさい。たぶん10種くらい居ると思うけど」
「そいつらぜんぶ倒したら、おいらを勇者と認めてくれるのか女よ!?」
「私にそんな権限はないって。でもその代わり、君が使える武器を作ってくれそうな、鍛冶師を紹介してあげる」
鼻息も荒く足を掻くまる助の意気込みに、さしものサクラさんも止めるのは気が引けたようだ。
抱えたままで嘆息すると、ひとつ条件を提示した。
その言葉にまる助は空中で保持された状態で振り返り、黒い目を輝かせる。
しかし当人も言っているように、彼が勇者としてやっていくのにお墨付きを与えられるほど、ボクらは経験を積んではいない。
なので出来るのはその手助け、まる助が勇者として戦うための武具入手に関するものだった。
「あの人ならそれなりに腕も良いし、たぶん変わり種な武器も作ってくれる。……はず」
きっとサクラさんが考えているのは、ボクらが居を置く港町カルテリオの鍛冶師である、フェルナンドのことだと思う。
彼は現在、カルテリオに住む勇者が増えたこともあって、今頃多忙な日々を過ごしているはず。
とはいえ以前にはカタナという異界の剣も作ったことのある彼だ、案外物珍しさもあって引き受けてくれるかもしれない。
「でも紹介するだけよ。流石に犬用の武器を制作した経験はないだろうし、確実に受けてくれるとは限らないんだから」
「かまわん! おいらのカッコイイ尻尾を見せて、作らせて下さいと言わせてみせるぞ」
ヘッヘッヘッと荒い息遣いで舌を出し、とんでもなく器用に話すまる助。
その自信がどこから来るのかと思わなくはないけど、彼にしてみればこれは、小さな希望を掴みかけたも同然の状況だ。
まるで骨が目の前へぶら下がっているかのように。
床へとまる助を放してやると、彼はトテトテと自身の相棒であるリーヴスのもとへ。
そこで嬉しそうに抱っこをせがみ持ち上げてもらうと、なお尻尾の動きを激しくしていた。
「……正直あんな子犬を戦わせるのは忍びないんだけど」
「妥協案としては良いのでは? ここいらの魔物を全て倒せる実力があるなら、場所さえ選べばやっていけますよ」
「だといいんだけど。とりあえず、今のうちに手紙だけでも出しておこうかしらね」
自身が見せた意志の弱さに対してか、それとも可愛らしい姿へ強く出れないことへか。嘆息するサクラさんはそう言ってカウンターへと向かう。
そこで食器を磨いていたおじさんにペンを借りると、カルテリオへ向けて出す手紙を綴り始めていた。
きっとこれが達成できるか否かに関わらず、鍛冶師のフェルナンドへ話だけは通しておこうということだ。
そんなサクラさんの様子に気付かず、まる助とリーヴスは喜んで抱き合う。
「頑張ろうまる助、応援してるからね」
「安心して任せるといい。おいらは誓うぞ、この丸まったシッポにかけてな!」
抱き合いクルクルと回る2人と、それへ釣られはしゃぐアルマ。
微笑ましい光景に頬が緩むのだけれど、同時にボクは妙な不安感を覚えてならないのであった。