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四つ足の矜持 03


 冬の寒さもどんどん増していき、年の終わりが見えつつある頃。

 ボクらはネドの町を囲む城壁から出た先の平原で、上着のポケットへ手を突っ込み立っていた。

 視線の先には、小さな身体へ幾本ものベルトを巻き、そこへ小振りな短剣を固定した犬の姿が。



「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」


「……おそらく」



 そんな犬の姿をオドオドしながら眺め、不安そうに問うのはリーヴスだ。

 彼は自身が召喚した勇者……、といってもなぜか犬ではあるけれど、その相棒が戦いへと挑むのを前に緊張し通しだった。


 勇者である犬とリーヴスに初めて会ったのが、昨日のこと。

 まだ子犬であるはずなのに、随分と自信満々である犬が戦いへの意気込みを高めていたため、急遽外で訓練がてら様子を見ることにしたのだった。

 ただ当然のことながら、犬が使える専用の武器などこの町には売っていなかった。というよりも、まずどこの町でも取り扱ってはいない。

 かといって魔物を噛むのも、口に武器を咥えるのも危険。

 そのため町で仕入れたベルトに細工をし、ああして武器を固定することにしたのだった。



「ここいらの魔物は弱いので、様子見には丁度良いと思いますよ」


「そ、そうですよね。……がんばって、まる助!」



 召喚されたばかりの勇者たちが、まず最初に戦うような土地だけに、魔物はあまり強くはない。

 なのでおそらく大丈夫だと告げると、リーヴスは自身へ言い聞かすように頷いて、武装をした相棒の名を呼んだ。


 "まる助"というなんとも珍妙な名前、実のところこの名を付けたのはサクラさんだ。

 リーヴスの求めで、あちらの世界風な名前をと頼まれて付けたのがコレ。

 向こうの世界でサクラさんの家の近所へ住んでいた、同じ種の犬から拝借した名らしいけれど、意外にも付けられた彼自身は気にいっているようだった。



「ひ弱で細いニンゲンのショーカンシよ、そこで見ているといい!」



 小柄な身体から伸びる四肢で、しっかりと地面を踏ん張り、まる助は草原へと踏み出していく。

 まだ生後6か月かそこらだというのに、何故だか妙に自信満々な理由はわからないけれど、これは案外期待が持てるかも。



「ニンゲンの(メス)に抱かれるのも悪くはないが、先においらの実力をみせておくとしようか」



 そう言うと、まる助は駆け出す。

 向かう先に居るのは小さな魔物。ネドの町一帯に生息する魔物の中でも、最も弱い部類に属するものだ。

 そんな魔物へと、身体の横へ据えられた短剣の刃を輝かせるまる助は、草原の草を掻き分け疾走していった。



「サクラさん、まる助はああ言ってますけれど、実際の強さはどうなんでしょうか?」


「流石に見てみないことにはね。この世界に来てから、ある程度人の強さは推し量れるようになったけれど、犬の強さまでは門外漢よ。特にあの子はただの犬じゃないし」


「……ごもっともで」



 魔物の1匹へと向かうまる助を眺めつつ、ボクはサクラさんの隣へと行く。

 そこでまる助の感想を聞くのだけれど、彼女にしてもこればかりはわからないと、肩を竦め首を振るのであった。

 これは確かに聞いたボクが悪い。


 見たところ犬の中でも筋肉質な方だと思うけれど、それでもまだ生後1年にも満たぬ子犬。そこが不安な点ではある。

 一方で勇者として召喚された以上、それなりに実力はあるのではと思わなくはない。

 そんな期待を証明してくれるように、まる助はノソリと動いていた魔物へ接近し、固定した短剣で魔物の身体を切り飛ばした。



「やるじゃない。子供の強がりかと思ったけど、口だけじゃなかったみたいね」



 小さな魔物を短剣で斬り、倒れたそいつへ前足を乗せるまる助。

 開いた口からは小さく赤い舌が垂れ、僅かに弾んだ息遣いと振り回す尾の動きから、上機嫌であるのが手に取るようだ。

 けれど最も弱い魔物は無事倒せたとはいえ、ここまではどんな勇者でも出来る。例え勇者ではない一般の騎士であっても。



「問題は次です。狙うのはウォーラビット、サクラさんのように遠距離から戦う人間であれば苦も無く倒せますが、接近戦を主とする人には最初の障害ですからね」


「あいつを倒せるなら、とりあえずは及第点ってところかしら」



 次いで狙うウォーラビットは、サクラさんが初めて狩った魔物だ。

 一角の鋭い角を持つこの魔物は、見た目はウサギに近いのだけれど体躯が大きく、突進を喰らえば大柄な勇者でも致命傷となりかねない。

 遠くから攻撃できるならばただの雑魚。けれども存外荒い気性もあって、近接武器を用いる勇者たちにとって、一番最初にぶつかる関門でもあった。


 しかしこいつが倒せないのであれば、戦いなどさせず別の役割を勧めた方がいい。

 今のうちに篩にかけてあげるのも、ある種の優しさかもしれなかった。



 まる助はウォーラビットへと向かい、草原の草の中を進んでいく。

 ただ少し進んだところで身を低くし、魔物の様子を窺っているのか立ち止まっていた。



「動き、止まったわね」


「接近に気付かれましたし、間合いを測っているんでしょうか?」


「もしそうなら別にいいんだけど……」



 狙いを定めた魔物は、僅かな物音に反応したのかまる助の居る方向を凝視していた。

 不意を打つには失敗したようで、となればこのまま突進するよりも、慎重を期した方が良いのだとは思う。


 ただサクラさんは顔を顰め、まる助の様子を窺う。

 彼が警戒感から歩を止めたというよりも、何か別の理由があって草むらの中に留まっていると考えたのかもしれない。


 そんなサクラさんの手がスッと自身の懐へ伸びるのを見て、ボクはハッとし再びまる助へと視線を戻す。

 すると丁度草の中に潜む彼へ向け、ウォーラビットが角を振るい突進する光景が目に飛び込んできた。

 咄嗟に声を出そうとするも、それよりもサクラさんの腕が撓る方が早い。

 彼女の右腕から放たれたナイフは、まる助に迫る魔物へと風を切って飛び、狙い違わず頭部を抉る。



「まる助、大丈夫!?」



 そんな咄嗟の事態に、リーヴスは慌てふためき駆け寄る。

 ただ近寄られ頭へ触れられたまる助の方は、僅かな硬直を経てから瞬きをし、リーヴスではなく次いで近寄ったサクラさんへと、文字通り食ってかかった。



「よけーなマネを! あのような弱き獣、おいらにかかればいっしゅんで……」


「冗談はその可愛らしい顔だけにしときなさいな。さっき震えていたの見えてたんだから」


「そ、そんなことは……!」



 自身の腕を甘噛みするまる助へと、サクラさんはビシリと言い放つ。

 まさかとは思うも、彼女ら勇者は常人よりもずっと目が良く、遠くをしっかりと見渡すのにも長けている。

 見ればまる助の丸まっていた尾は解かれ、後ろ足の間へと入り込んでいた。

 なのでサクラさんの言うように、魔物を前に震えていたというのも事実なのだと思う。



「なにも恥じる必要はないのよ。初めて魔物に対峙して一匹を狩っただけで十分」


「おいらは誇り高きケットウだぞ。このてーどの知性なき獣になど負けん!」


「この世界じゃ血統書なんて意味ないんだから。それに第一あなたまだ子供でしょ」



 サクラさんからそう言われ、甘噛みする右腕から口を離し、四つ足で立って俯くまる助。

 言葉が妙に強気なあたりで失念しそうになるけど、なにせまだ生後半年かそこらの子犬。人間に換算すればまだ少年と言える年齢。

 なので凶悪な魔物を前にし、恐怖感を覚えるというのは当然な反応だった。



 サクラさんはまる助へ固定された短剣を取り外すと、ずんぐりとした小さな身体を抱き抱える。

 自身の胸部へ押し付けるように抱っこすると、「放さぬかニンゲンの(メス)」と不満を口にするまる助を無視し、真っ直ぐ町の方へ向け歩き始めた。



「それじゃ、ボクらも戻ろうか」


「でもまだ一匹だけ、しかも一番弱い魔物しか……」


「初日ならこれで十分。無理して怪我なんて負っても洒落にならないし、今日のところは狩った獲物を持ち帰るだけで満足しておこう」


「……わかりました」



 とはいえまだ成果を得た気がしていないのは、まる助だけではなかった。

 外した短剣を拾うリーヴスもまた、周囲を窺い遠くへ見える魔物を指さすと、狩りの継続を望んでいた。


 でもサクラさんによれば、まる助は身体を震わせていたという。

 そんな状態で無理に戦っては、状況判断などに致命的な失敗を犯してしまう可能性も。

 なにせ人よりもずっと小さな身体だ、ほんの少しの負傷でも大きな影響となりかねない。


 リーヴスもすぐさまそれを理解してくれたか、不承不承ながらも頷く。

 まる助を心配しつつも、こういった辺りの欲を持つというのは、召喚士の性が色濃く出ているように思えてならなかった。

 ボクは獲物となる小さな魔物を拾うリーヴスの背を軽く叩き、先を行くサクラさんとまる助を追うのであった。



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