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四つ足の矜持 01


――――――――――


 拝啓 お師匠様


 メルツィアーノでお師匠様と会えなかったボクらは、その後王都へと向かいました。

 そこで少々厄介事に巻き込まれはしたものの、一応その件は無事解決。王都でその他諸々の所用を済ませ、ようやくカルテリオへの帰路に着けたのです。


 港町での生活から離れて長くなるため、いい加減魚介の類が恋しくて堪りません。

 これもボクがカルテリオでの暮らしに慣れていた証明と思えば、あながち悪いものではないのかもしれませんが。

 ボク以上に欲求が顕著なサクラさんの要望により、急ぎ移動をするのですが、流石にまだ春も遠く寒さは厳しいため、道中の町で休憩がてら寄ることに。

 しかしそこでボクらは、過去にないほどの困惑を体験するハメになったのです。


――――――――――



 思いのほか長くなった、王都エトラニアへの滞在。

 そこから離れたボクらは、乗合馬車を利用し街道を南下、愛しの我が家が待つ港町カルテリオへの帰路に着いた。


 ただなんとか傷が塞がったとはいえ、サクラさんは怪我明けであるため寒さの中で無理も出来ず、道中の町へ立ち寄ることになった。

 王国中南部の都市"ネド"は、ボクがサクラさんを召喚した騎士団施設の存在する土地。

 そのネドを取り囲む城壁が目前に見えたところで、馬車の窓から身体を反るように頭を覗かせるサクラさんは、ようやくかと伸びをする。



「ここへ来るのも4度目ね。よくよく縁のある場所だこと」


「王都と南部を繋ぐ要所ですから。近隣の魔物もそこまで強くはありませんし、街道の起伏も少ないので比較的交通量は多いんです」



 ノンビリとした調子で、窓の外へ出した頭を戻し告げるサクラさんへと話す。

 とはいえ街道を通るのはもっぱら行商人で、一般の人たちはまず利用したりしない。

 いくら主要な街道が、弱い魔物の生息域へと整備されているとはいえ、どうしたって最低限の危険はあるため、仕事で方々を行き来する人間以外にはまず通らないからだ。


 そんな話をし「へぇ」と呟くサクラさんの髪は、窓から吹き込む冷たい風になびく。

 ただ見慣れたものと違い、今現在彼女の持つそれは随分と短くなっている。

 背まで伸びていた艶やかな黒髪は、肩口までの長さへ切り揃えられ、印象を受ける随分と変えてしまっていた。



「そんなに気になる?」


「……と、当然じゃないですか。あんなに長くて綺麗だったのに」


「あら、褒めてくれるとは光栄ね。でもあまり気に病まなくてもいいって、アルマの尾にある毛と同じ、時間が経てばまた伸びてくるんだから」



 ボクの向けていた視線に気づいたのか、クスリと笑むサクラさんは自身の短くなった髪へ触れ、もう片方の手で馬車に揺れ眠るアルマを撫でつつ、気楽な様子を露わとした。

 当人は「頭が軽くなった」と陽気に言っていたけれど、凶刃に裂かれた光景を目の当たりにし、尚且つ鋏で切らされたボクとしては堪ったものじゃない。


 怪我で動けず王城へ居た時、サクラさん自身に頼まれ切ったのだけれど、その最中はこれまで感じたことのない程に強い心労に苛まれた。

 もっと短くしても構わないと促されたのだけれど、こればかりは全力で拒否。

 失敗などしては目も当てられないし、なにより最初にサクラさんを見た時と同じ、あの姿のままで居て欲しいと切に望んでしまったから。



「髪はいずれ戻るとして、目下切実なのは腕の方ね……」


「もう傷も塞がりましたし、弓を持ってもいいとは思います。けれど、くれぐれも慎重にお願いしますね」


「思っていた以上に弦が堅いから、早く特訓に入りたいところなんだけど……。もう暫くはお預けを喰らう訳ね」



 サクラさんにしてみれば、髪はむしろ身軽になって良かったというくらいの感覚。

 けれども実のところ、それよりももっと切実な問題がある。


 随分前にゲンゾーさんから受けた依頼の報酬として、王都にある武具工房に弓の作成を依頼しており、つい先日出来上がったそれを受け取った。

 しかし勇者向けで強力に作られたその弓は、常人には到底引くことが出来ない代物。

 どころか勇者にとってもなかなかに手強く、怪我明けであるサクラさんには扱えなかったのだ。

 怪我をしたのは利き腕ではないけれど、それでも弓を支える以上相応の負荷がかかってしまう。


 そういえばお師匠様が、召喚士を引退後は薬師として身を立てているのを思い出す。

 お師匠様の作る薬はなかなかに評判が良いらしく、ボクにも同じことが出来れば、サクラさんの傷を癒せたのにと思うばかり。



「これも追々、ね。やっぱりまだ暫くは療養生活か」


「ノンビリやりましょう。幸いにも懐は温かいことですし」


「そこが唯一の救いね。いっそ療養がてらまた温泉にでも行けばよかったかしら」



 王都の近郊には、とある勇者が建造した温泉街が存在する。

 一度だけ行ったそこは、ボクにとってあまり思い出したくもない記憶がある場所だけれど、サクラさんたち勇者には非常に好ましい町。

 傷にも良いと聞くことだし、薬をこの手で作れないのであれば、そちらへ寄るというのもありだったかもしれない。

 もっとも引き返すには既に遅く、ネドの町はもう目の前なのだけれど。



 揺れる乗合馬車は、そのまま町の北門をくぐって市街地へと進んでいく。

 何度となく訪れてはいるけれど、ボク自身は召喚士見習い時期にずっと居た町であるためか、どこか懐かしい気がしてならない。


 中心部の一角で止まった乗合馬車から降り、そのまま勇者支援協会のネド支部へ。

 まるで変わった様子の無いスイングドアを押し開け入ると、カウンターにはこれまた変わらぬ様子の、暇そうにしている職員のおじさんが立っていた。



「……お前ら、そんなにこの町を離れ難いのか?」


「今回も道中で立ち寄っただけですよ。いや別にここが嫌いってことではないんですが」


「ここまでフラフラ移動する勇者と召喚士、昨今では珍しいぞ。大抵の連中はほとんど動かんというのに」



 協会へ足を踏み入れるなり、少しだけの親しみを込めつつも、おじさんは呆れ混じりな嘆息をもって迎えてくれる。

 ボクらはそのおじさんの前へ行くと、とりあえず一泊分の宿を取った。

 明日にはすぐここを発つつもりではいるけれど、もしサクラさんの痛みがぶり返しでもしたら、もう少し留まることになる。



 ともあれ一晩の宿を確保したことで安堵し、ボクは協会内をそれとなく眺める。

 ボクがサクラさんを召喚した時には、極少数だけでほとんど勇者たちは居なかった。

 次いで来た時には、未熟な召喚士見習いたちも一斉に勇者を呼び出した後で、どうにも強そうに見えない勇者たちが、大勢ここを埋めていた。

 しかし今は……。



「また少なくなったろう。今居るのは2組だけだからな」



 ガランとした協会。そこに居るのはおじさんとボクらだけ。

 前回には聞こえていた一定の喧騒もなく、本当に人が集う場なのかと疑いかねない静寂が建物を支配していた。



「召喚が一段落したんですか?」


「というよりも、召喚士の見習いが底を着いた。今も訓練施設は動いているが、昨日今日入ったような新米どもが居るだけだな」


「そいつはまた、酷い有様ですね……」



 まさかここまでとは思っておらず、ボクは眉間に皺を寄せる。

 王城に居る時にはそこまで気にも留めていなかったけれど、この世界は徐々に魔物の数を増やしつつあるというのが現状。

 勇者はまだまだ足りず、本当ならまだ召喚をするはずの無い見習いたちまで駆り出されている。

 しかしいい加減それも限界を迎え、今は供給停止の状態となっているようだった。


 とはいえ一応召喚された勇者と召喚士も僅かながら居るようで、おじさんはここへボクらが来たのを好機と考えたらしい。

 思い出したように自身の膝を叩くと、とある"頼みごと"を口にしかけた。



「ところでお前ら、もし暇してるなら――」


「ごめんなさいね、私たち明日には帰らなきゃいけないの」


「その通りです。それも可及的速やかに」



 だがおじさんが全てを言い終わらぬ前に、ボクとサクラさんは拒絶の言葉を発した。

 まさか最後まで言わせてももらえないとは思わなかったか、おじさんは呆気に取られ身体を固める。

 ただほんの数秒そうしていたかと思うと、深く息をついて今度はその理由を訪ねてきたため、またもや揃って言い訳を口にする。



「この展開で今まで散々痛い目をみてきたのよね。正直今は本調子じゃないし、今回ばかりは逃げようかと」


「たぶん協会からの依頼ですよね。聞いてしまったらもう逃げられない気がして……」



 大抵の発生源は王都に居るゲンゾーさんだけれど、こういった場合はまず間違いなく、厄介事が舞い降りてくる。

 そんな空気に慣れ察するようになってしまっては、避けようという考えに至るのも当然ではないだろうか。


 なので速攻で拒絶するのだけれど、おじさんは話だけでも聞いてくれと、どこか懇願するように告げる。



「今ここに泊まっている小僧がな、召喚した勇者の事で悩んでるんだ。ちと話しを聞いてやってはくれんか」


「それって、私たちである必要あるの? むしろいろんな勇者を見てきたそっちの方が……」


「こっちも過去にない状況に戸惑ってるんだ。その勇者ってのが、相当に風変わりでな」



 おじさんはどうしたものかと本気で苦悩しているようで、頭へ手を当て幾度目かとなる溜息をもらす。


 風変わりな勇者と言えば、思い出すのはカルテリオに居るオリバーあたりだろうか。

 サクラさんら勇者が暮らしていた世界には、当然のように幾つかの国が存在し、勇者たちは皆その中の"ニホン"という国の生まれであった。

 とはいえ極稀ながら、そのニホンへと滞在していた他国人が召喚される例もあり、オリバーはその非常に少ない実例。

 外見的にはどちらかと言えば、こちらの人間に近い。


 おじさんの言う風変わりな勇者が、オリバーのような人である可能性は高そうだ。

 だとすれば少しくらい相談に乗れるかと思い、ここまで聞かされて断るのもしのびないというのもあって、ボクはサクラさんに受けてはどうかと告げる。



「仕方ないわね。まぁ相談に乗る程度なら、そこまで時間もかからないだろうし」


「助かる。今は上の階で塞ぎ込んでるはずだ、ちょっと呼んでくるから待っててくれ」



 安堵の表情を露わとするおじさんは、そのまま上階へと向かっていく。

 協会内があまりに静まり返っているため、てっきり今は無人なのかと思っていたけれど、どうやらその問題が原因で沈黙していただけのようだ。



「でも相談に乗る程度で良かったわ。どこそこの魔物を討伐しろだの、領主の息子と見合いしろだの言われたら流石に逃げてたし」


「いくらなんでも、そう度々同じようなことは起きませんって。この前のが特別なんですよ」


「それもそうか。流石に度々厄介な話が舞い込んだりはしないわよね」



 向き合って笑顔となり、揃って笑うボクとサクラさん。

 ……たぶん考えている事は同じなはず。彼女もまた嫌な予感がして堪らないのだ。

 なのでこうでもして気を紛らわせないと、叫んでこの場から逃げ出そうとしかねない。けれども幼いアルマの前でそんな情けない真似もし辛い。


 そしてそのアルマは、無理やりに笑うボクらを不思議そうに見上げているのであった。



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