鉄の咆哮 08
執事ゾルアネトの襲撃以降、事態は一足飛びに進展していく。
まずゲンゾーさんの調べによって得た確証を元に、王弟デイルカートが捕縛された。
ゾルアネトの他にも幾人かの勇者を雇っていた彼は、実兄である陛下を亡き者とし、案の定自身が王座へ据わろうと考えていたようだ。
このあたりは雇った勇者まかせの計画のせいで早々に露見したのだが、用意周到な王弟にしては随分と杜撰な計画。
なのでボクを含めこの件に触れた人間は一様に、まだなにか裏があるのではと警戒感を持つハメになった。
あとは執事として迎え入れていたゾルアネトだけど、結局本当の名前はわからず仕舞い。
ヤツは裏で随分と汚い仕事をさせていたようで、ゲンゾーさん曰くキリがない程に疑わしい件があるとのこと。
きっとそれらをする過程で、例のジュウを消耗させていったのかもしれない。
「本当に動いていいんですか? まだかなり痛むんじゃ……」
「平気平気。ジッとしてるより動いてた方が気は楽だし、……って痛タタタ」
王城内にあてがわれた、サクラさんの使う居室。
そこのベッドで横になる彼女は、カラカラと笑いながらも元気さを表すように腕を振り回そうとするも、すぐさま痛みに身体をよじらせた。
彼女は引き攣った顔となり、涙目で悶絶する。
「ホラ、思った以上に傷は深いんですから。大人しく寝ていてくださいよ」
「このくらいなんでも……」
「いや無理ですって。しばらくは絶対安静、お医者さんにも厳命されたんですから守って下さいね」
それでも強靭な精神でなんとか痛みを抑え、震える声で強がる。
こんな場面でその強さを発揮せずともいいと思うのだけど、サクラさんにしてみればボクの前で弱気を見せたくはないのかもしれない。
肩というか腕を金属の塊で貫かれたのだ、今くらい甘えて欲しいというのに。
そのサクラさんをなんとかベッドへ横たわらせると、自身の腕へ触れた彼女の髪に意識が向く。
艶やかな黒を湛える彼女の髪は、目に馴染んだ長さと比べれば随分と短い。
ゾルアネトが振るうナイフによって切られたままになっており、左右の長さが著しく違うというのが、余計にボクを心苦しいものとさせていた。
完全に気にしていないと彼女は言うけど、決してそれは本音ではないように思えてならない。
せめてボクにもっと援護が出来ていれば、彼女はこんな痛々しい姿にならずに済んだのではと思うと、不甲斐なさに苛立ちが沸き起こる。
けれどサクラさんは、そんなボクの視線や感情に気付いているのか否か、逸らすように別の話を振るのだった。
「んで、結局悠莉はどうなったのよ。なんでデイルカートと居たのかとかさ」
「……結局、別に何も関係はなかったそうです。裏で繋がっていたりとかもなくて、ユウリさん自身は潔白だったと」
「にしてはあの王弟、随分と悠莉ご執心だったみたいだけど……」
この辺りに関しては、事が終わった後で少々気にはなっていた。
けれども王弟デイルカートを取り調べる中で、ゲンゾーさんが直接聞いた限りでは、別段ユウリさんを配下として使っていたという事実はなかったらしい。
なのにどうしてデイルカートが権威を嵩に彼女を動かしていたかと言えば、聞いてみるとなんのことはない話しだった。
あの陰険で人の心情など蹴り倒すような人物も、人並みに他者へ対する感傷を持つことがあった、ということであったようだ。
「く、下らない……」
「人騒がせなものです。おかげで完全に勘違いしてしまいましたよ、ユウリさんも理由を知って呆気に取られていましたし」
「あの鉄面皮も、流石にそんな話を聞けば呆れるか」
聞いた事情を説明するなり、ベッドの中で布に包まれつつ呆れを満面に出す。
王弟はそういった面に関してのみ、随分と不器用な人間であったのだろう。とはいえ実兄である陛下を襲わせた時点で、それが実を結ぶ可能性は皆無となった。
別に大人しくしていれば、良い展開になったかと言えばそうではないと思うけれど。
ともあれこれで、一通り受けた依頼も完遂した。
あとは適当な理由を付けて王城を離れ、城下で待たせているアルマを迎えに行き、サッサと退散するばかり。
しかしそうしようにもサクラさんは負傷しているため、当面はここで世話になる必要がありそうだ。
それに……、傷を負ったのは身体だけではない。
悪党であったとはいえ、サクラさんは同郷である異界の人間の命を奪った。精神的にも相当に消耗していると考えるのは自然だ。
「あの、これからの事なんですが……」
気丈にしてはいるけれど、持ち直すには長い時間を要するかもしれない。
そう考えたボクは、身体へ負った傷の問題もあるため、サクラさんへ当面の休養を申し出るべく口を開く。
けれど彼女の負傷していない方の手を握り、思い切って発そうとした言葉は、豪快に開かれる扉の音とやたら大きな声によって遮られた。
「よう、邪魔するぜ! ……っと、お邪魔だったか」
「せめてノックの一つでもして欲しいところね。でも大丈夫、何か用?」
入って来たのは、巨躯を簡素な衣服に包んだゲンゾーさんだ。
彼は見舞いのためと思われる花束を掴み、揚々とサクラさんの部屋へ入ってくるのだけれど、すぐさま室内の空気を感じ気まずそうにした。
ただすぐさま首を横へ振るサクラさんは、握られていた手を自然に解くと、招き入れる合図とばかりに苦笑する。
「見舞いがてらで悪いが、正式に依頼の終了を伝えにな」
「ならもうお役御免ね。城内の人たちが不満を抱かない内に、偽貴族はお暇するとしましょうか」
「そうはいくかよ。賊を討伐した人間を追い出したりしようもんなら、ワシが陛下にどやされちまう。せめて傷が塞がるまではここに居てもらうぞ」
「……私としては、城下の適当な宿の方が落ち着くんだけどね」
用件は依頼に関してであったけれど、負傷が癒えるまでは居ていいと言う言葉に、ボクは密かに安堵する。
王都には何人もの医者が居るとはいえ、王城へ務めるのはその中でも最も腕の良いとされる人たち。
サクラさんにはそういった医者に診てもらいたいと考えていただけに、ゲンゾーさんの言葉は渡りに船だった。
「ならもう少しだけお世話になろうかしら。心配で今にも泣きそうな子も居ることだし」
「おやおや、泣いちまうのか坊主?」
「な、泣きませんよ!」
大人しく療養期間を受け入れてくれたサクラさんに安堵するも、彼女はすぐさまからかいの矛先をこちらへ向けてきた。
ゲンゾーさんもそれに便乗してきたため、ボクはすぐさま立ち上がって大声で否定する。
そんな様子にサクラさんはひとしきり笑い、それが身体に響いたのか痛みに身体を折っていた。
「とりあえず、報酬は用意しておいたから帰る時にでも受け取るといい。越境の許可状は、もう受け取っているな?」
「はい。でも急いで発行して貰ったわりに、出立の時期はあまり変わらなそうですが」
「そこら辺はこっちの不手際もあるからよ、代わり報酬額へ色を付けておいた。……口止め料も込みだがな」
王弟デイルカートが陛下の暗殺を目論んだというのは、到底公に出来るものではないらしい。
城内で相当数の人間が知るに至った話は、闇に葬ると言えば聞こえは悪いけれど、その全てを秘匿することにしたようだ。
当然核心に近い部分を知るボクらは、特に口を割ってはならない立場。多分口外すれば後々マズイ立場に追い込まれるはず。
「では報酬を受け取る一足前に、まずこの面倒臭い貴族の立場もお返しするわ」
「そいつはもう少しだけ持っておけ。貴族でもない娘が王城に留まるには理由が要るし、なにより周囲への説明が色々と面倒臭い!」
「少しは本音を隠しなさいよ」
「もっと正直に言えば当分持っていてもらいてぇ。この先も"厄介"な頼みごとをする時に役立つだろうからよ」
「自分から厄介とか言うような依頼を押し付ける前提ってどうなの……」
今回借り受けたこのバランディン子爵家というのは、元々は騎士団が諸々の任務を遂行する際に使う架空の貴族位。
ただ実際にシグレシア王国の北東部にその領土は存在し、専任の役者が現在も貴族家当主としての役割を演じているのだと聞く。
なのでそれを与えられていたサクラさんにとってみれば、いい加減重たくなっていたため返却を試みようとする。
城内の人たちもサクラさんが殿下らの護衛目的で、一時的に位を拝命していたことは察しているとはいえ、延々貴族のお嬢様として扱われるのもなかなかに大変なようだ。
けれどもゲンゾーさんは受け取りを拒否、堂々と面倒事の気配を匂わせていた。
「あくまでも仮の立場だが、こいつも報酬の一部だな。一度領地に行ってみるといい、嘘で塗り固められた土地だが、案外良い場所だぞ」
「こんなに嬉しくない報酬は初めてね。……まぁいいわ、別に本当の貴族になれって言ってるわけでもないし、とりあえず預かっておいてあげる。けれどいずれちゃんと突き返すから」
「そいつは助かる。領主役の役者がそこそこ高齢でよ、形の上だけでも養子を取らなきゃいけなかったんだ」
ならば安心だとばかりに立ち上がるゲンゾーさんは、そそくさと部屋から出て行ってしまう。
たぶんそれは文句を言われる前に撤収しようという意図だったようで、案の定サクラさんは逃げ出す彼に向け、「だから貴族になる気はないっての!」と叫び枕を投げつけていた。
閉じられた扉へぶつかった枕が床へ落ち、再び痛みに苦悶するサクラさんのうめき声が響く。
ボクはそんな彼女を再びベッドへ横たわらせると、すぐ側の棚から換えの包帯を手に取った。
「ほら、包帯を換えますからジッとしててください」
「ったく、あのおっさんいつか殴り倒してやる」
「そのためにも早く怪我を治しましょう。……勝てるかどうかは知りませんけど」
横になったまま腕を晒し、肩に近い位置へ巻かれた包帯を外していく。
生々しい傷痕を覆う、薄らと赤く染まった包帯を外し、消毒をしてから新しい包帯を巻いていった。
サクラさんは消毒の痛みにまたもや涙目となりつつ、ゲンゾーさんへの悪態をつき続ける。
とはいえあの人も今回の件では、延々と後手を踏み続けていたため色々と苦悩しているらしく、ボクの方はあまり責めようという気はどうにも起きなかった。
それに今はなによりも、負傷したサクラさんの方ばかりに意識が向くばかり。
「もう少しここへ留まるのなら、アルマを呼んであげますか? 王城も安全になったことですし」
「そうね……。いい加減寂しがってるだろうし」
「では明日にでも迎えに行ってきます。3週間近く経ちますし、少し背が伸びてたりして」
「流石にそれはないでしょ。でも案外尾の毛は伸びてるかもね」
ボクは新しい包帯を丁寧に留めつつ、城下でずっと待たせ続けているアルマについて口にする。
王城へ滞在する最中、2度ほど様子を見に会いに行ったけれど、その度に泣きつかれていた。
なのでこうして依頼も終わり、安全が確保されたならここで一緒に居てもいいのではないか。
サクラさんもそれには賛成だったようで、一応許可を取ってからという前提だけれど同意してくれる。
ただ彼女はアルマについて話しが及んだことで、「そうだ」と思い出したように小さく呟き、ボクへ一つの頼みごとをしてきた。
「ね、ちょっとお願いがあるんだけど」
「外出許可なら出せませんよ。ボクの裁量ではどうにもなりませんから」
「そんなんじゃないって、傷が塞がるまでは大人しくしてるつもりだし」
突然になにを思い付いたのか、軽く微笑むサクラさん。
なんだか碌でもない話しな気はしつつも、手招きする彼女の顔に近付く。
「ボクに出来る範疇の内容にしてくださいね。あまり難しいことを言われても……」
「問題ないわよ。クルス君って案外器用だし、たぶん上手くいくでしょ」
「……で、何をお願いするんです?」
ちょっとばかり嫌な予感がしつつも、負傷し弱った女性の頼みなど断れようはずがない。
なのでサクラさんの口元へ耳を近づけ、その頼みごととやらを窺う。
けれども彼女が口にした"お願い"は、ボクの緊張を過去にないほど高めるものであった。