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鉄の咆哮 07


 混乱に右往左往する文官たちの横を駆け抜け、同じく謁見室へ向かうべく走る騎士たちを追い越し。

 サクラさんとその脇へ抱えられたボクは、揃って大きな扉の前へと辿り着いた。

 地面へ放られるなり迷うことなくそこを押し開け、直後に目へ飛び込んできたのは、謁見室に備えられた大きなガラスを突き破って飛び込む黒い影。


 舞い散るガラスが落下していく中、サクラさんは迷うことなく床を蹴る。

 スカートの下へ下げていた短剣を取り出し、王へ向け飛び降りてくる黒い影へと迫り、手にした短剣を振るった。



「なんとか間に合ったわね。案外遅かったけど、トイレにでも行って遅くなった?」


「き、キサマ……」



 黒衣の男が振り降ろす大振りなナイフを、振り上げた短剣で弾く。

 そして男と陛下との間へ立ち、短剣を構えたサクラさんは少しばかり挑発的な言葉を発した。


 サクラさんへはここへ運ばれる最中、大雑把にではあるけれど、ゲンゾーさんから知らされた内容を伝えてある。

 なのであの黒衣の賊、つまり執事ゾルアネトが勇者であろうことは知っていた。

 けれど彼女はそれが確実な物であるかを確認するように、なおも挑発を口にしていく。



「大人しく執事だけしてれば良かったてのに、欲をかいて変なアルバイトに精を出したのが運の尽きね。……アレ、順番は逆だったっけ?」



 サクラさんが飄々とそう告げるなり、男は自身の頭へ被っていた布を取り払う。

 案の定その下にあったのは、執事であるゾルアネトの顔。

 脱いだのはとっくに素性がバレているというのに加え、戦うのに邪魔であるという理由かもしれない。

 本当の名前は謎だけれど、ヤツが元勇者であることは確定のようだ。



「糞が。邪魔しなけりゃ放っておいてやったのによ」


「ああ、結局そっちが本性なわけ。道理で品の無い気配が漏れてたはずね」


「……王より先にお前をブッ殺してやるよ。いやその前にひん剥くか」



 カラカラと笑うサクラさんへと、随分と物騒な物言いをするゾルアネト。

 その様子は、ユウリさんとやり合っていた時に見せていたそれよりも、なお攻撃的な表情。

 粗野や粗暴であり、かつどこか猟奇的な空気を含んだそれは、決して堅気の人間が発する雰囲気ではなかった。


 そこからは互いに言葉も不要とばかりに、両者ともに接近し刃を交える。

 ボクは動揺する陛下の側へ行き、避難するように告げると、少々無礼ながらも腕を掴み扉へと向かった。

 当然ゾルアネトは阻止しようとするも、サクラさんが立ち塞がり斬り合う中、なんとか陛下を外の騎士たちへ預ける。



「上等よクルス君。さて、肝心の陛下は逃がしたわよ。すぐ逃げ帰ろうってのなら、骨の一本でも折って拘束するだけで勘弁してあげる」


「舐めるんじゃねぇぞ小娘。テメェを潰してから追えば十分だ」


「潰すだなんて、いったいどうやって? 見たところ貴方よりも私の方が、この世界では力に恵まれているようね。無理なことは口にしない方が賢明に思えるけど」



 肩を竦め挑発的に告げるサクラさんだが、なにも彼女の言葉は嘘を言ってはいないはず。

 ゾルアネトが強力な元勇者であるのは確か。けれども素早い動きの中でやり合うも、一歩二歩サクラさんの方が優勢であるように思えた。

 大の男と細身の女性。普通に考えれば後者が不利だけれど、この世界へ召喚されたことで得た能力は、サクラさんの方に軍配が上がるようだった。


 当人もそれは知っているであろうに、ゾルアネトは不敵な笑みを浮かべたまま突進する。

 サクラさんもそれに対し警戒しつつも、短剣を持ち迎え撃つのだけれど、ゾルアネトが懐へ手を入れた直後、ボクは聞いたことのない音を耳にした。


 ドン。ダン。あるいはガンだろうか。

 そんな聞いたことのない重い音が、謁見室の中へと強く響く。



「……冗談でしょ」



 響く大きな音がしたかと思うと、サクラさんは接近するのを止め一気に後退。

 彼女はヤツから少し離れた所で膝を着くと、引き攣った表情を浮かべ小さく悪態ついた。


 いったいどうしたのかと思うも、よくよく見ればサクラさんのスカートへ、僅かに血の跡が滲んでいるのが見える。

 いつの間に負傷したのかと思うと同時に、すぐさま先ほどの音が原因であると思い至る。

 そしてゾルアネトへ視線を向ければ、ヤツは不敵な笑みを浮かべ、手には黒い塊が握られていた。



「銃なんて、この世界では作れないんじゃなかったの……」


「作るのは確かに不可能さ、どういう訳か火薬の製造に成功しねぇからよ。だがここで作ることは無理でも、持ち込むのは可能だ」


「てことは警察……、は無さそうね。もしかして人には言えない稼業かしら」


「ちょっと前に他の組の連中をぶっ殺したばかりでよ、逃げてる途中に気が付いたらこの世界だ。良い銃だろぉ、ロシアのマフィア連中から仕入れた逸品さ」



 ニタニタとし、ボクにとっては意味の解らない自慢を垂れ流す。

 ヤツは手にした"ジュウ"とかいう武器を撫で愉快気にするのだけれど、たぶんアレが以前にサクラさんとオルニアス殿下が話していた武器なのだろう。

 この世界では製造不可能な代物だけれど、向こうの世界でも禁制品であるというそれを持っていたヤツは、所持したままでこの世界へ呼び出されたらしい。


 話す様子からすると、素性からして相当なはみ出し者。

 なるほどだから王弟デイルカートに拾われ、暗殺などという稼業に身をやつしているわけか。


 その"ジュウ"を手にしたヤツは、これで優位に立ったとばかりに仕掛けていく。

 サクラさんは脚の傷が軽傷で済んでいるのか、すぐさま立ち上がり短剣で迎え撃つ。

 しかし黒い鉄の矛先が向けられ、サクラさんがそれに反応して回避を行う隙に、大振りなナイフを振るい襲い掛かった。



「おいおい、どうしたよ。さっきまでの威勢はどこへいったんだ、おじょーちゃんよぉ」


「馴れ馴れしい口を利く……。玩具を手にしたからって、少し浮かれすぎじゃない!?」



 辛うじてナイフの一撃を回避。

 しかし完全にとは言えず、ヤツの振るった刃はサクラさんの長い髪を捉え、束となって大きな房を斬り飛ばした。


 その光景に叫ぶことすら出来ず、ボクは息を詰まらせ目を見開く。

 ただ当人は意外にも冷静で、視線をやらず随分と短くなった髪を撫で、冷え冷えとした視線でゾルアネトを一瞥した。



「おお怖い。髪をぶった切られりゃ流石にキレるかよ」


「別にそこはいいわ、そのうち切ろうと思ってたし。けど物騒な玩具を持った途端にはしゃぐ大人は、正直見ちゃいられない」


「寂しいこと言わねぇでよ、その玩具で一緒に遊ぼうぜ!」



 とても、とても鋭い目つきをするサクラさん。

 彼女は言葉の上では気にしていない風を装っているけれど、間違いなく頭へ血が上りまくっているその様子に、底冷えするような恐怖を感じてしまう。


 しかしゾルアネトの方は気付いていないのか否か、むしろ嬉々として攻撃を仕掛けていった。

 再度切り結び、ヤツが"ジュウ"とかいう黒い塊を突き出し、またもや大きな音が。

 ただ今度は上手く避けたのか、サクラさんはグッと身体を跳ねて回避すると、再度少しだけ距離を取る。



「まったく、こうも物騒なヤツまで召喚されるなんてね。……あんた、相棒の召喚士はどうしたの」


「あの糞五月蠅い男なら、とっくの昔に土の中だ。グチグチと小言ばかり言いやがるからよ、こっちの世界でもコイツが上手く使えるか試してやったのさ」


「そう……。あんたが心底悪党だってのは理解したわ。召喚士の人も可哀想に」



 続々と謁見室へ集結しつつある騎士たちに囲まれながら、サクラさんは大きく息を吐く。

 騎士のひとりから弓を借り受けると、彼女は自身の得意分野である遠距離からの攻撃手段へと切り替えた。

 しかしあのジュウとかいう代物がどういう仕組みかは知らないけれど、弓矢と同じく遠距離で使う物なのはわかる。

 それに矢よりもずっと早く高い威力であるのは、壁に穿たれた穴を見れば一目瞭然だった。


 ならばいったいどう戦うのかと思いきや、意外にもサクラさんは弓を手にしたまま、短剣で斬り込んでいった。

 それがどんな意図なのかはわからないけれど、何度か接近を試みる中で、サクラさんに一つの狙いが存在したのに気付く。

 それがわかったのは、計3度目となる大きな音を耳にした時。

 サクラさんが回避をした直後から、ヤツに焦燥めいた様子が見られ、ジュウを引っ込めナイフを前に出したから。



「ああ、やっぱりそうなんだ。アンタの持ってる銃、そろそろ弾切れなんじゃないの?」


「そ、それは……」


「アンタ自身が言ったのよ、持ち込むことは出来ても作るのは不可能だって。私は実物を持ったことないけど、金属で出来た弾なんだからそう軽くもないはず。逃走の最中に、大量に持ち運んでるはずもない」



 してやったりとばかりに、今度はニタリとやり返すサクラさん。

 彼女の言う意味の全てを理解は出来ないけれど、たぶんこういうことだろうか。

 ゾルアネトがこちらの世界へ来て何年経つかは知らないけど、その間に飛び道具であるジュウの、矢に相当する物をすっかり消費してしまっていたのだと。


 これが勝機と捉えたサクラさんは、弓を構え勢いよく射る。

 とはいえそれはすぐさま躱され、硬い床へ突き刺さるだけ。いくらスキルの影響で多少軌道の修正ができるとはいえ、このあたりはヤツも流石に勇者といったところか。


 しかしサクラさんは何故か、矢の本数を気にすることなく次々と射ていく。

 当然早々に矢は尽きてしまい、騎士から預かった矢筒はすぐに空に。彼女にしては珍しく軽率な行動に、ボクはどうにも違和感を感じてならなかった。

 というよりもまず間違いなく、サクラさんは意図してそうやっている。



「阿呆かテメェは! 死にやがれ!」



 空となった矢筒と弓を放り、腰の短剣へ手を伸ばす。

 ただその動きはとても隙の大きなもので、ゾルアネトが見逃すはずもなく、大きく跳躍し武器を取ろうとするサクラさんへと襲い掛かった。


 でもきっと、これは誘いの一手。

 それを証明するかのように、サクラさんはもう片方の手を上着の下へ滑り込ませ、いつの間に隠していたのか矢の一本を掴んだ。



「そっくりそのまま……、お返しする!」



 矢を上着から取り出すなり、その動きのまま投げ放つ。

 軌道の修正、勢いの加速。サクラさんに宿ったスキルの力は、ただ投げただけの矢を、強力な一撃へと変質させていった。

 だがヤツもまた手にしたジュウを向け、おそらく最後となる一発を吐き出させる。


 大きく床を蹴り飛来する動きが災いし、矢は回避行動が取れぬゾルアネトの胸を穿つ。

 しかし一方でサクラさんもまた、投げる動きによって身体の自由は阻害され、轟音の鳴ると同時に大きく身体を仰け反らせた。



「さ、サクラさん!」



 サクラさんが床へ倒れ、ゾルアネトが落下したところでボクはハッとする。

 退避していた壁際から離れ、床へ倒れ込んだサクラさんのもとへ。

 そこで無事かを確認するべく触れようとするのだけど、伸ばした手は逆に彼女によって掴まれた。



「ゴメン、そこ触らないで……。絶対、死ぬほど痛いから」


「ぶ、無事……、なんですよね」


「なんとかね。……流石に避けきれなかったけど、上々なんじゃない。腕一本で済んだんだからさ」



 触れようとした先であるサクラさんの左肩は、よく見れば真っ赤に染まっている。

 彼女は逆の手でこちらを制止し、青い顔のままで精一杯空元気を表に出していた。

 ヤツに致命傷を与えるのには成功したけれど、代わりに彼女は肩から腕を大きく負傷してしまったらしい。



「クルス君、あいつはどうなった?」


「大丈夫ですよ。ちゃんと仕留められましたから」



 不安気に身体を起そうとするサクラさんを制し、ボクは代わりに視線を向ける。

 そこには身体を床へ横たえ、目を見開いたままで絶命し、騎士たちによって囲まれるゾルアネトの姿が。

 矢は狙い違わず心臓を貫いており、ここから蘇生するのはまず無理だと思わせた。

 しかしそんな状態だというのに、いやむしろだからこそか、サクラさんは青い顔のままで静かに目を伏せ呟く。



「大丈夫……、か。そうだよね、喜ばないと」



 無理やりに、震える口元を綻ばせる。

 ボクにはそれが一時的な逃避であるように思え、これ以上どう言葉をかけたものかわからなかった。



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