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鉄の咆哮 05


 城の下層へ位置する、騎士団が管理する区画。

 そこは騎士や召喚士たちが利用する各種窓口のみならず、王都の警備担当となる騎士らが暮らすための場所でもあり、寝床や食堂などが整備されていた。

 ただ朝の食事時を過ぎ昼にもまだ間がある時間帯となれば、騎士たちの姿もほとんど見かけない。

 城内や城下へ巡回に出ているため、非番の騎士を除きほとんどが出ているためだった。


 そんな騎士団の区画へ、ボクはひとりでやって来た。

 そもそも王城へ来た本来の目的は、他国への越境申請手続きを行うため。

 ゲンゾーさんの口利きによって、思いのほか早くその手続きは済んだため、発行された許可状を受け取りに来たのだ。



「でもまだ暫くはお預けか」



 騎士団本部の窓口で許可証を受け取り、早速サクラさんへ報告をするために戻ろうとする。

 ただこれを受け取ったからといって、すぐさま国境越えとはいかない。

 なにせまだ王城でのゴタゴタが片付いていないし、自宅のあるカルテリオにも一旦戻っておきたいからだ。



「要した日数的には、結局あまり変わらない気がする……」



 下手をすれば数か月待たされるという越境許可申請。

 ゲンゾーさんのおかげで随分と短縮はしたけれど、それでもこうして拘束されている以上、あまり変わらないように思えてならない。。


 とはいえ許可証が無ければ、現在城下で人に預かってもらっているアルマを連れ、他国へ行くことも儘ならないのだ。

 そう思えば一歩前進と言えなくもなく、ボクは自身をなんとか納得させ、貰った許可証を懐へ仕舞い込む。



 そそくさと騎士団の区画から出るべく、元来た道を辿っていく。

 しかしどこで道を間違えたのだろうか、目の前に広がる景色は来た時と大きく違い、どんどん奥へ奥へと進んでいるような気がしてくる。


 増築に増築を重ねた場所だそうで、少々わかり難い構造となってしまっているらしく、このまま自力で帰ろうとしても余計に迷うだけ。

 そこで誰かに道を聞こうと考え、ふと聞こえてきた声の方向へ向かうのだけれど、そこへ居た人の姿を見るなり、ボクはすぐさま物陰へと隠れた。



「なぜお前はあのような早朝に地下牢へ居た。いったい何を探っている」



 入り組んだ廊下を彷徨うボクが目にし聞こえてきたのは、近衛であるユウリさんの姿。そしてどこぞやで聞いたような声。

 密かに隠れた物陰からソッと覗いてみると、そこへはユウリさんと共に、男の姿があった。


 よくよく見てみれば、その男は先日会ったゾルアネトとかいう執事。

 中肉中背という特徴の無い体躯だけれど、色の強い茶をした髪色に加え、地下牢がどうこう言っているのでたぶん間違いないはず。


 ただ執事はあの時の様子とは違い、非常に鋭い目つき……、というよりもガラの悪い視線でユウリさんを見据えている。

 その雰囲気としては執事というよりも、どこかチンピラや野盗のような気配すら感じさせた。

 前に会った時に見せていた、丁寧な素振りとは大きく違う様子を怪訝に思うも、一方で対峙するユウリさんは平然としたままだ。



「地下牢での件は、陛下より騎士団に捜査の指示が下された。近衛の出番など無い!」


「異なことを仰られる。確かに近衛は騎士団から外れた集団、なれど城内での治安維持を統率する役目であることは、執事殿もご存知なはずでは?」


「騎士団だけで十分だと言っている! お前は引っ込んでいろ」


「……執事殿は騎士団のなんなのですか? まさか騎士たちが近衛の行動に憤っているとでも?」



 恫喝めいた声を上げる執事だが、ユウリさんも撒けてはいない。

 サクラさんとは別方向の性質ながら、まったく崩れぬ鉄仮面を被り、ゾルアネトとかいう執事の言葉を躱していく。


 彼女の属する近衛隊は、基本的には騎士たちが昇格するという形ではあるけれど、組織としては独立したものだ。

 なので騎士団への命令権などは持たないのだけれど、それでも王城内に関してだけ言えば、特別な権限を有していると聞く。

 つまりユウリさんが地下牢を探っていることそのものは、別におかしな話ではない。

 一方でゾルアネト執事は騎士団区画の担当とはいえ、立場的には騎士団に属している訳ではないため、どうにもおかしいという気がしてならなかった。


 それになんとなくだけど、ゾルアネト執事の発すガラの悪い気配、どこかで見たような気がする……。



「ともあれあまり首を突っ込まぬ事だ。痛い目を見たくないならな」


「そうまで仰るのは、貴方の素性が理由ですか?」


「……言っている意味がわからんが、それは脅しかね」



 ビクリと身体が跳ねるような、濃い緊張感。

 双方ともに武器を携行してはいないけれど、相手の首筋へ刃を這わせかねない戦意に、ボクは背筋を粟立たせた。

 執事があのような空気を発しているのも驚愕だけれど、ユウリさんが発している殺意にも似た気配に、膝が震えそうになる。


 彼女が告げた言葉の意味はわからないけれど、これは非常に危険だ。

 ここで意を決して飛び出し止めた方がいいだろうかと考えるも、その役割は別方向から現れた人物によって担われた。



「物騒な空気を撒き散らして、いったいなにを揉めているのかしら」



 とても耳へ馴染んだ声。それがボクにとって最も安堵できる彼女の声であることは、顔を見るまでもなく明らかだった。

 廊下の奥の方へと視線をやると、当然のようにそこにはサクラさんの姿が。

 どうしてここへ来たのかは知らないけれど、なんにせよ救いであるのは確か。ボクなどではあの一触即発の空気、収めるなんてとてもじゃないけれど無理。



「人が来る前に止めておいた方が無難だと思うわよ。騒ぎになるのはお互いに困るでしょ?」


「口を出さないで頂きたいものですな。貴女様は当城のお客人、言ってしまえば部外者」


「そうはいかないわ。こんな張り詰めた空気の中で横を素通りなんて出来ないし、なによりメイドたちが見たら腰を抜かしてしまうもの」



 飄々と、執事の強い声をいなすサクラさん。

 彼女はスッと2人の前へ立つと、とりあえずこの場は矛を収めるよう、穏やかに諌める。

 ユウリさんなどはすぐに了解し、一歩下がって口を閉ざす。

 反面執事はまだ不満があるようで、立場に似合わぬ攻撃的な気配を表に出しつつも、サクラんに宥められようやく引いてくれた。


 顔を背ける両者。ただサクラさんはふと何かに勘付いたのか、眉を上げほんの少しだけれど、ジッとゾルアネト執事へ視線を這わせる。



「なんですかな、バランディン家のお嬢様。この身におかしな点でも?」


「……いいえ、きっと気のせいね。ところで執事さんには、もう少し丁寧な言動を心がけることをお奨めしますわ」


「……ご忠告痛み入ります。では失礼を」



 舌打ちすらしかねない勢いで、サクラさんとユウリさんをギロリと睨みつけ背を向ける執事。

 荒々しい足音を響かせ、感情の赴くままに去っていくその姿に呆気に取られる。

 本当にあの人は、先日会った人と同一人物なのかという疑問が、つい口を衝きそうになってしまう程に。


 執事が去ったのを確認すると、ユウリさんは丁寧に頭を下げた。

 仲裁に入ってくれたサクラさんへの謝罪を込めてなのだけれど、彼女は終始平然としながらも、やはりこの状況を厄介に思っていたらしい。



「別に構わないわよ。止めた理由はさっき言った通りだもの」


「ですが助かりました。てっきりこのまま延々足止めを食らうものかと」


「そんな大層な事じゃないって。さっきからずっと見てるのに、止めようともしない2人にくらべたら全然」



 礼を口にするユウリさんに対し、サクラさんは謙遜を口にするのだけれど、最後に発した言葉にボクはビクリとした。

 間違いなくボクが陰から覗いているのに気付いており、観念してすぐさま出て行こうとするのだけれど、一歩物陰から足を踏み出したところで硬直する。

 2人というのはどういう事なのだろうか。ボクとあともう1人、いったい誰がと思っていると、その主はアッサリと姿を現す。



「やれやれ、お嬢ちゃん勘の方も鍛えられてきたんじゃねぇか?」



 ボクが居たのとは別方向の廊下から、ノソリと姿を現したのはゲンゾーさんだ。

 彼はいつの間にここへ来ていたのか、そしていったいどうやってあの巨漢を隠していたのか、廊下へ出てくるなり大きく笑い存在感を発揮していた。



「おっさ……、じゃなくてゲンゾー様、見ていたのなら助けてあげられては?」


「いやなに、随分と面白い状況だったからよ、ついつい待ったを掛けるのが遅れちまった」


「出刃亀も程々にして下さい。……あとクルス君も、早く出てきなさいな」



 呆れた様子を露わとするサクラさんは、物のついでとばかりにボクの名を呼ぶ。

 こうなれば流石に出ていく他なく、観念して姿を晒したところで、ユウリさんは軽く会釈をしてきた。

 この様子から察するに彼女もとっくに気付いていたようで、なにやら気恥ずかしさを感じてしまう。



 ただユウリさんは他に用があるとのことで、すぐさま近衛としての仕事に戻っていく。

 残されたボクは少しばかり居心地の悪さを感じるも、そのようなことを気にしてもいないゲンゾーさんは、サクラさんと神妙なやり取りを始めていた。



「で、おっさんの見解はどうなのよ」


「悠莉の嬢ちゃんがどうかって話か? 個人的には違うだろうよ、ただの直感だがな」



 てっきり最初に小言が飛び出すものかと思いきや、2人はすぐさま本題へと入る。

 いつから見ていたのかは知らないけれど、ゲンゾーさんが口にしたのは、ユウリさんが賊や騎士を殺害した人間とは違うのではという予想だった。

 執事も言っていたように、早朝に地下牢へ居たことで疑いを持ちはしたものの、彼にはそれが信じられぬということだ。



「朝っぱらから地下牢に居たって言うが、案外普通に犯人捜しをしていただけかもしれないぜ。仕事熱心な娘だからよ」


「そう言われればそうかもしれないけど……」


「だがさっきも言ったように、あくまでもワシの勘だ。それも最近衰え気味な」


「現状これといった手掛かりも無いし、その直感を信じるしかないか……」



 ゲンゾーさんの気楽に発してくる言葉に、サクラさんは眉を顰め小さく呻る。

 今のところユウリさんがどうであるという根拠に乏しく、これをもって判断をするのは流石に憚られる状況なので、静観する他なかった。

 ただ彼の言葉によってかサクラさんは一つ思い出したことがあるようで、「直感と言えば」と呟くと、ゲンゾーさんへ向き直ると顰めた声でとある頼みを口にした。



「源三さん、少し頼みごとをしても構わないでしょうか?」


「どうしたよ改まって。嬢ちゃんがそんな丁寧な口を利くなんて、最初に会った頃以来じゃねぇか」


「立場を、というよりも貴方の権力に期待してのお願いですもの。ちょっとは腰を低くするってものですよ」


「たまには殊勝にお願いされるのも悪くねぇかもな。で、何を頼みたいってんだ?」



 なにやらニヤリと笑み、ボクの与り知らぬ悪巧みらしき言葉を交わす。

 そして何でも言えとばかりに胸を叩くゲンゾーさんへ、サクラさんは少々難しいお願いをするのだった。



「あの人について、調べて欲しいことが」



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