糧 04
初めて魔物を狩ってから、数日が経過。
その間ボクたちは驕ることなく、対象を一種に絞りウォーラビットを狩り続けていた。
早朝から出てすぐ2羽のウォーラビットを狩り、いったん戻ってから昼前にまた赴くという、一日二往復のパターンが出来上がる。
時期的に生息数が多いというのもあって、これで安定していると言えば安定している。
肉や毛皮などがそこそこの額で売れるため、なかなかに実入りは悪くない。
宿代の分には十分だし、少しずつではあるが防具購入のためお金が貯まってはきた。
ただ目下問題があるとすれば、逆にウォーラビットがあまりにも安全に狩れているという点。
つまり新米勇者であるサクラさんにしても、既にこいつらは"ぬるい"相手なのだ。これでは強くなれようはずもない。
どうやらサクラさんも、自分の実力が向上してるという自覚が得られないようなので、そろそろもう少し上を狙ってもいいのかもしれない。
「という訳なので、対象をもうちょっと手強い魔物に切り替えようと思います」
「……何がという訳なのかは知らないけど、別に異論はないかな。正直あれじゃ自分の実力とかも全然わかんないし」
連日通る早朝の田園風景。そこを歩いていく中、今日の行動について話をする。
やはり現状を維持したままで良いとは思っていなかったようで、サクラさんはすぐさま同意してくれた。
コッソリ近づいて的を射るだけという、今の狩猟なのか的当てなのかわからぬ狩りでは、自身の実力を掴みきれないのだろう。
実際こんなノンビリしたのが続いてしまえば、急に強力な魔物が現れた時など逆に危険だ。
「それで、次は何を狙うの?」
「この近辺となると、ランプサーペントあたりが無難でしょうか。サイズもぐっと小さくなるので、狙いは難しくなりますけど」
名を挙げたランプサーペントは、警戒心が強く臆病という少々変わった魔物だ。
だがその臆病さ故に、街道を行き来する行商人らへ度々襲い掛かり、牙に持つ毒で年に数人の犠牲者を出すため、この辺りでは比較的恐れられていた。
少しの物音でさえ襲い掛かってくるので、静かに接近する技能が要求される。
おまけにウォーラビットよりも小さく素早いため、弓の技術が高くなくては当てるのも困難。
加えてウォーラビットなどの魔物と比較すれば小さいとはいえ、普通の蛇と比べればずっと大型だ。仮に毒がなかったとしても、噛まれれば十分に致命傷となりえた。
「蛇かぁ……」
「苦手ですか?」
「正直爬虫類系って得意じゃないけど、まぁしょうがないか」
標的の変更に乗り気であったサクラさんだが、対象が蛇となると少しばかり腰が引けていた。
どうやらああいった生物へ、多少の苦手意識を持っているようだ。
だがそのような苦手意識を持ち続けている場合ではないと理解しているのか、割り切って戦おうとはしてくれるようだが。
「実入りの方はどうなの。ウォーラビットと比べて」
「多いですよ。アレのように食用にはなりませんけど、その代わり肉や皮から油が採れます。それがそこそこの額になりますから」
ランプサーペントの名前は、それから採れるものに由来する。
身や皮から採れる油は、他の獣脂などよりもずっとゆっくり燃焼し、どこか甘い香りすら漂わせる。
これは照明用の高級な燃料として、王侯貴族や富裕層の商人らから高い需要があった。
狩るのに少々労は要するけど、買い取り時の額もウォーラビットとは大きく違い、サイズ次第だけれど桁が一つ違ってくる。
もちろんサクラさんの技量向上というのが主たる目的だが、より良い装備を揃えるためにお金が欲しいというのも理由の一つだ。
「よっし、それを聞いてやる気出てきた。実は協会の隣にある店で、髪を纏めるのに丁度いい綺麗な布を見つけたんだよね」
「あの、サクラさん。まずは防具を優先するんじゃ……」
「わかってるって。もちろんその後、最後に手を出すって話よ」
それらを全て、得られるであろう金銭に関する事も含めて話すと、サクラさんは少しばかり欲が首をもたげたらしい。
ただ防具を優先してくれるのには異論なく、それらが全て揃ってからという話であるようだ。
長く艶やかなサクラさんの黒髪は、すごく綺麗で好きなのだけれど、弓を使うという点では難しそう。
なので良い具合に纏められる品を欲していたようだった。
……後で帰ってから、一人で見に行ってみるとしよう。売りきれてもいけないし。
早速件のランプサーペントを探し、これまでよりもう少し町から離れ街道沿いを進んでいく。
草原の所々に小川が流れる中、ゆっくりと周囲を見渡し探してから数分、意外にもそいつはあっさりと見つかった。
「気を付けてください。ウォーラビットより目鼻が利きます」
「了解。慎重に行くとしましょ……」
草原の少し高い草の間から覗くと、一匹のランプサーペントが陽射しを受けジッとしている。
好機だ。日光浴をしている今であれば、比較的簡単に近付ける。
いくらサクラさんの技量を上げるためとはいえ、最初くらいは楽に仕留めたいものだ。
ゆっくりと、厚底のブーツで湿った土を踏みしめ進む。
草を掻き分ける音すら潜め、これまでの獲物より狙い辛いそれへと、なんとか当てられるであろう距離へ。
今のところ、ランプサーペントはサクラさんへ気付く様子はない。
そのまま手にした矢を弓へ番え、呼吸浅く狙いを済ませた彼女は、意を決し矢を放った。
最初の1匹となるランプサーペント。
流石に一射目くらいは外すかと思われたそれを、意外にと言っては失礼だけれど、サクラさんは寸分の狂いもなく射止めることに成功した。
ボク自身は召喚士であるため必要ないのだけど、一応は騎士団員の端くれ、多少なりと弓の訓練を受けたことが在る。
ただかなり苦手な部類であり、弓の訓練を請け負った教官からは、才能一切なしという不名誉な評価を頂戴したものだ。
そんなボクだからこそハッキリと言える。サクラさんの技量は、初心者とは到底思えないものであると。
「なんというか、もうボクが同行する意味を見いだせなくなってきました」
「そんなこと言わないでよ。私だって驚いてるんだから」
「でもこれを見ると……。いやもちろん嬉しいんですよ?」
時刻は昼を少し過ぎた辺り。ここ最近であれば一旦町に戻り、再度狩りへ出ている頃だ。
ただ今回は少しばかり町から離れたのに加え、獲物の大きさも小さくなったこともあり、戻ることなく延々狩りを続けていた。
成果は出ている。というよりも出過ぎていると言っていい。
ボクが背負うリュックの中には、仕留めた後に血抜きを済ませたランプサーペントが納められている。
その数なんと9匹。大量も大量、大豊作だ。
「なんだかもう教えることなんて無い気がして。サクラさんなら、ボクなんか居なくても上手くやっていける気がします」
「クルス君、もしかして拗ねてる?」
「……少しだけ」
討伐し回収した数も凄いのだが、何よりも驚異的なのはその命中率。
ここまで9匹のランプサーペントを討つのに要した矢は、たったの9本。つまり頭部への一撃により、全てを仕留めているということになる。
それがボクという召喚士の、役割そのものへの疑問として自身へ跳ね返ってきていた。
ただサクラさんの言うように拗ねかけていたボクも、これが尋常でないことなのはわかる。
弓を握ってまだたった数日。正直適性や才能といった、目に見えない抽象的な概念とは異なるように思えてならない。
そしてそれはサクラさんもまた同じなようで、彼女はどうにも困ったような表情で、ソッと自身の手を見下ろし呟く。
「でもねぇ……」
「どうかしましたか?」
「最後の方で仕留めた3匹、実を言うとワザと狙いをズラしたのよ」
最初、サクラさんが言わんとしている意味が理解できなかった。
現に彼女は寸分の狂いもなく、ランプサーペントの頭部を射抜いたではないか。
彼女はいかにも納得いかないといった様子で、気味の悪そうに自身の弓や狩った獲物を矯めつ眇めつする。
「最初からずっと思ってたんだけどさ、弓なんて握ったことのないド素人の私が、こんな正確に当てられるなんておかしいでしょ」
「それは……、確かに」
弓などというものは、武器の中でもかなり扱いが難しい部類に入る。
そもそもまず弓を引くという段階からして初心者には難しい。例え強い力を持つ勇者であるとしても。
そこから狙いを定め、対象までの距離を正確に把握し、適切な距離を飛ばし当てる。それがどれだけ難しいかは容易に想像がつく。
他の武器を扱う人たちには失礼な物言いではあるが、剣や槍などは近づいて振り回せば、動かぬ相手であれば一応は当たるのだ。
対して弓は、近づいてしまえば射程という強みが消え、それどころか隙だらけという代物。
そんな難しいはずである弓を、サクラさんは一夜漬けの練習をしただけで使いこなし、実際に狩りへ出てからは一度たりとて急所を外していない。
「それはまぁそうなんですけど……。勇者の持って生まれた才能とかではでは」
「ワザと外した矢の軌道が、途中で変わって急所に当たる。それが勇者の才能? しかも3回続けて」
ボクらとは異なる世界の住人だ。そういった特別な才能があってもおかしくはない。
そう考え苦し紛れに返したのだが、サクラさんから発せられたのは、そのようなことを打ち消す内容。
おそらくサクラさんは、あまりにおかしいと感じたがために、あえて試してみたのだと思う。
一度弓を離れた以上、矢は勢いそのまま放物線を描き飛んでいく。
多少風の影響で逸れたりはするけれど、早々運よく当たりはしないし、まして急所になど続けて起きることではない。
「明らかに外れたコースを飛んでった矢が、ゆっくり方向を変えて魔物に飛んでいくのよね。なにがどうなってるんだか」
「どうしてそんな」
「私に聞かれたって解んないわよ。そういうのはキミの方が詳しいんじゃないの?」
そのような事を言われても、ボクにだってサッパリだ。
この世界に関する全てを知っているだなど、さらさら言うつもりはないし、きっとまだ知らない事の方が多いかもしれない。
矢が勝手に対象へ向けて飛んでいく。そんな技術があるならば、是非とも教えてもらいたい。
きっと多くの兵士たちが、垂涎の眼差しを向けてくるに違いないから。
ただそこまで考えたところで、これまでは特に意識をしていなかった、一つの可能性をふと思い出す。
「ひょっとしてなんですけど、それがサクラさんの特殊なスキルの一つなのかも」
「スキル?」
「全ての勇者にではないんですけど、稀に特別な能力を持つ人が居る。……と、教官が言っていました」
異界の住人である、"ニホンジン"という人たちをこの世界に呼ぶのは、彼ら彼女らが常人よりも遥かに強い力を持つがため。
召喚された勇者の全ては例外なく、程度の違いはあれど非常に高い身体能力を持つ。
ただその強力な勇者たちの中で、稀に特殊な能力に開花、あるいは持って召喚される者が混じる。
スキルと呼称されるその力は個々で異なる上、必ず戦いに役立つモノであるとは限らない。
しかしそれらを持つ勇者は、そのほとんどが何がしかの形で名を残していると、召喚士見習いだったボクらへ教官が話してくれたのを思い出す。
そのスキルを、サクラさんが持っている可能性があると考えたボクは、内から一気に興奮が沸き起こるのを感じる。
「す、スゴイですよ! まさかサクラさんにスキルが発現するだなんて」
「て言われてもね……。私としては、むしろ気味が悪いくらいなんだけど。それに矢の軌道が少し変わるだけって、ちょっとショボ過ぎないかな」
「そんな事はありませんって! 歴史に名を残してきた勇者は、人と違う能力を持っている場合が多かったんです。きっとサクラさんも!」
「わかった、わかったから落ち着きなさいって」
興奮に声を大きくなるボクへと、サクラさんは困った顔をし宥めてくる。
歴史に名を残すような勇者にスキルを持つ人が多いのは事実。でもそれがあれば無条件で活躍できるという訳ではない。
スキルを得た彼らが、個々で異なる能力を生かす形で活動したからだ。
スキルを持ち名を遺した勇者の中には、魔物を討伐することではなく、商売を成功させて有名となった人もいる。
逆に言えば、まだその正体が確定していないものの、サクラさんの矢の軌道を曲げる能力も使い道があるはず。
ただこれは弓手である彼女にとって、とても強力な武器となるのに疑いはなかった。
「とりあえず、当面はこれの正体を見極めることにしましょ。もしかして別の要因で、偶然そうなってるだけかもしれないし」
「そ、そうですね。ではしばらくの間、このことは秘密ということで」
「そうね、正直奇異の目で見られるのは御免だし」
こんなのが知られれば、美味しい想いをしようと有象無象が寄ってこないとも限らない。
それだけはなんとしても阻止せねばと、ボクは密かに警戒心を滾らせるのであった。