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鉄の咆哮 02


 王城内の一角に設けられている、いくつか存在する中庭の一つ。

 そこへ居るのはボクとサクラさん。それに直立し警護をする数人の騎士たちに加え、3人ほどの子供たちがここで遊んでいた。

 大きい子はボクより何歳か年下で、小さい子はたぶんアルマよりも幼いといった程度の齢。

 とはいえ王城の中庭で遊んでいる以上普通の子供であるはずはなく、全員が王族に名を連ね、王位の継承権を持つ子供たちだ。


 その子供たちだけれど、周囲の大人が抱える緊張感が伝播しているのだろうか。

 普段であれば無邪気に遊んでいるはずなのに、この時ばかりは流石に大人しく、人目を気にするように草むらへ腰を落としていた。



「バランディン子爵令嬢、お父様は大丈夫なのでしょうか?」


「ご心配ありません殿下。陛下には大勢の騎士たちが付いております、誰も指一本として触れることは叶いませんわ」



 そんなピリピリとした緊張感のせいか、子供たちの中で最も大きな少年は、サクラさんへおずおずと心配そうに尋ねる。

 サクラさんが殿下と呼んだその少年は、件のオルニアス殿下ではなくその弟のひとり。

 今こうして共に居るのは、城内のどこに刺客が潜んでいるとも限らないため、次に狙われるのがこの子供たちではないかと警戒したため。


 ただ逆にここまで監視をしていた、オルニアス殿下に関しては狙われる心配をしなくてもいいかもしれない。

 というのも彼は例の一件以降、自らの意志で王位の継承権を放棄したからだ。

 理由としては、抜け出した城下で賊によって容易に籠絡され、城内にまで引き入れてしまった責任を取って。

 元々自身に王としての資質がないと感じていたため、結果的に当人としては気の楽になるものであったらしい。



「その通りだ。得体も知れぬとはいえ賊の1人や2人、その者が駆除するであろう」



 サクラさんの言葉を聞いてもな、尚も不安がる幼い殿下。

 安心させるべくボクも口を開こうとするのだけれど、言葉を次いだのはボクやサクラさんではなく、建物の側から聞こえてきた声。

 いったい誰だろうと振り返ってみると、そこに立っていたのは壮年の男。

 ただ尊大な口振りで言葉を発したその男が誰か、ボクはすぐさま気が付く。



「デイルカート様……」



 中庭へと現れたのは、現国王陛下の弟に当たる人物。

 細面ながらも整った容姿を持ち、締まった体形と相まって年齢相応には見えぬ若々しさ。

 ただ随分と神経質そうな色を湛えた双眸をギラつかせ、彼はサクラさんのことを一瞥した。



「そのために位を与えたのだ、肉の盾くらいには役立ってくれよう。そうだな?」


「……仰る通りです」


「だそうだ。お前たちは要らぬ心配などせず遊んでおればいい」



 酷くぞんざいな言葉を、サクラさんへ向ける王弟デイルカート。

 この人物はサクラさんが何のために王城へ来て、貴族のお嬢様という称号を一時的に賜っているかを知っている。

 確かに現在の彼女は、身を挺して王族の子供たちを護るというのも役割の一つ。

 王弟はそのことを指して言っているのだけれど、物言いが随分とこちらを軽んじていると思えてならず、ボクは沸き立つ苛立ちを胸の奥へ隠した。



「王弟殿下の仰るように、私は今現在貴族という扱いを受けておりますが、その本質は殿下たちをお守りすること。ですのでご安心ください」


「わ、わかった……」



 一方のサクラさんは顔へ張りついた鉄仮面の笑顔を崩さず、王弟デイルカートへ一礼すると、すぐ横へ居た王族の子供たちへと穏やかに告げる。

 それによってようやく納得をしたか、少年は軽く頷きつつ自身の妹たちのもとへと戻った。


 再び中庭の芝生へ座り、兄妹で遊び始める王族の子供たち。

 そんな様子を見守らんと眺めていると、どういう意図かボクの隣へ移動した王弟は、厭味ったらしく口を開く。



「上手く兄上へ取り入ったものだな」


「……おっしゃる意味がわかりかねます」


「食い詰めた勇者と召喚士が、よくぞここまで世渡りをしたものだと褒めているのだ。大方ゲンゾーのヤツに泣きついたのだろうが」



 この人物は鼻で笑い、ボクとサクラさんがここへ来た切欠を邪推する。

 おそらく王都で活動する勇者としてはやっていけず、王城で仕事がないかと求めて来たところを、運良く拾われたと思っているようだ。


 王城へ来たところでゲンゾーさんに出くわし、この依頼を振られたという部分のみは正解。

 しかしそれ以外の箇所、勇者として上手くいってなかったという点は完全な間違いだし、別にこちらから泣きついてもいない。

 なので王弟という立場ではあるけれど、実のところ詳しい部分については知らされていないようだ。

 案外知らないからこそ、カマを掛けているのかもしれないけれど。



「折角頂いたお役目、誠心誠意お仕えしようとは思っております」


「白々しい。……捕らえた賊を殺したのは勇者であると聞く、まさかあの女ではなかろうな」


「ご冗談を。もし我々がオルニアス殿下のお命を狙った者であれば、最初にお会いした時点で害しておりますし、わざわざ賊を始末などせず協力させます」


「それすら疑いの目が向かぬための策やもしれん」



 ジトリとした高い湿度や、あるいはある種の粘度すら感じさせる気配。

 ボクは上着の下で冷たい汗をかきながら、王弟の発す纏わりつくような言葉に対し、早く終われと念じるばかりだった。


 王弟デイルカート。この人物については、王城内で過ごす内に何度か噂を聞いた。

 ただそのどれもが決して良い内容ではなく、むしろ聞いている側が心配になるほど辛辣な評価ばかり。

 あまりにも性格が悪く、側仕えのメイドや文官などが次々と止めていくことで有名なのだ。


 一方で執務の能力などは、非常に優秀であるとも聞く。

 しかしそれを補って余りあるほどに人格面は破綻しているというのが、臣下たちの共通認識であるらしい。

 王弟の下へ配属された人間は一様に、絶望的な表情をすることで有名だとは、城内の食堂で働く人間の言だった。

 こうして話をするのは初めてだけど、その評価は納得のいくものがある。



「まあいい、いずれハッキリとすることだ。もし仮にお前たちがそうであった場合は……」


「オルニアス殿下ご自身が信用すると仰って下さいました。我々もそのお言葉を裏切らぬよう在りたいところです」



 念押しするように圧を強める王弟デイルカート。

 ボクはそれに負けじと表情を平静に保ち、澄ました調子で決して無いと言い返した。


 そんなこちらの反応が不快であったのか、それとも単にちょっかいを出すのに飽きたのか。

 王弟は軽く鼻を鳴らすと、踵を返し城内へ戻ろうとする。

 ただ丁度そこへやって来たユウリさんは礼をすると、彼を探しに来たであろう言葉を発する。



「殿下、小国連合からの使者がお待ちです。お急ぎを」


「わかっておる! お前も来い」


「承知いたしました」



 やはり少しだけボクとのやり取りで苛立っていたのか、軽く声を荒げユウリさんを引き連れ行ってしまう。

 建物内の暗がりへ消えていく姿に、ボクは安堵に胸を撫で下ろしつつも、少しだけ妙にも思う。

 確か彼女は王族の女性たちを警護する隊の隊長であったはず、同じ王族とは言え王弟と行動を共にするのは、なにか違和感があるけれど……。


 もっとも案外なにかの理由で人手が足りず、彼女が代わりに来ただけかもしれない。

 そう思って自身を納得させていると、すぐ隣へサクラさんが立つ気配に気づく。



「悪かったわね、面倒臭い役割をさせちゃって」


「構いませんよ、この程度なら。それよりも、そっちはいいんですか?」



 サクラさんは若干申し訳なさそうに、ボクの労をねぎらう。

 王弟のような気質を持つ人間を相手とするのは、たぶんサクラさんの方が適任なのだとは思う。

 けれどああいった役回りを彼女ばかりに押し付けるのも気が引け、たまにくらいはボクが代わっておくのも悪くはない。



「大丈夫よ、そろそろ子供たちはお勉強の時間だってさ。それにおっさんも来たことだし」



 そう言って視線を向ける先に居たのは、おそらく儀礼用と思われる豪奢な鎧を纏ったゲンゾーさんの姿。

 彼はボクらの姿を見るなり、軽く手を振りながら中庭へと入ってくる。


 そのゲンゾーさんと軽い世間話がてら、今しがたの出来事を伝える。

 すると彼は困ったように渋い顔をし、手招きし顔を寄せると、小さな声でボクとサクラさんへ問うた。



「お前たちはどう感じた、王弟殿下について」


「……正直、噂通りだなと。非常に評判が悪いのも頷けます」


「あれでも能力は確かなんだがな。性格の方は極端に悪いがよ」



 ゲンゾーさんはそう言い、自身の口元へ人差し指を当てた。

 ある程度近い位置に居て接する機会が多い彼にしても、臣下たちと同じ感想を抱くあたり、王弟デイルカートの人間性は相当に破綻気味であるらしい。

 そんな相手と日々顔を合わせねばならないなど、さぞ気苦労も多いはず。

 彼が相棒の召喚士であるクレメンテさんと、港町カルテリオへ長く逗留していた理由がわかろうというものだ。


 そうしてひとしきり小さな笑いを漏らすゲンゾーさん。

 しかし彼はあるところでそれを納めると、一転して張り詰めた様子へと変わり、なお小さな声で呟くのだった。



「今のところ、あの男が今回の首謀者である可能性が最も高い」


「……って、ハウロネア殿下の暗殺を指示したのが、あの人ってこと?」


「ワシはそう見とる。そうするだけの理由もあるからな」



 同じく空気を一変させ、発言の意図を確認するサクラさんへと、周囲へ視線をやるゲンゾーさんは小さく頷いた。

 これが確実なものであるとはまだ言えない。しかしゲンゾーさんがこうまで断言するというのは、ボクらに一層の緊張をもたらすに十分な言葉であった。



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