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仮初の令嬢 09


 ゲンゾーさんには人を殺める覚悟をと言われていたボクであったけど、案外その覚悟は不要のモノとなるかもしれない。

 利き手の拳一つを振り回すサクラさんは、向けられる刃物の脅威などもろともせず、刺客たちの胴体を強かに打ち付ける。

 触れた程度の接触に見えるも、そこは常人より遥かに大きな膂力を持つ勇者。アッサリと身体は吹き飛ばされ、賊は廊下の壁へ打ち付けられていった。



「だ、大丈夫なんですか!?」


「なにも問題はないわよ。ほらこの通り、怪我も一切ない」


「そうじゃなくて、相手の確認もしていないのに」



 現れた連中を早々に気絶させたサクラさんへ駆け寄ると、ボクは慌てて連中の姿を確認する。

 なにせ一言も交わすことなく拳を見舞ったのだ、もし勘違いであれば大事。

 ただ見たところ、その格好は王城内で働く者たちが纏うような服装ではなかった。



「問題はないって。こいつらの顔なら一度見てる、アイツが連れてきた連中で間違いないわよ」


「なら良かったです。……てっきり無関係な人を殴り倒したのかと」


「ったく心配性ね。その程度確認してるっての」



 心外だとばかりに、腰へ手を当て不満を口にするサクラさん。

 そういえば勇者といのは存外目も良く、ボクらよりもずっと遠くの対象を捉えるのにも長けている。

 彼女の顔には、薄く透明な水晶のような板が嵌められた、金属製の輪がかかっており、それは視力を矯正するための物であると聞く。

 そいつのおかげか否かは知らないけれど、彼女にしてみれば一気に詰められる程度の距離、判別するには容易であるようだった。



 ともあれ勘違いでないことへ安堵しつつ立ち上がる。

 すると丁度それを見計らったかのように、背後の方からバタバタと足音が響いて来た。

 振り返ってみれば、廊下の向こうから来たのは一人の騎士。軽装の鎧を纏ったその人は、既に抜身となった剣を携え走っている。



「さくら嬢、ご無事でしたか」


「意外と遅かったじゃない。先に始めさせてもらってるわよ」


「今の貴女は貴族のご令嬢、自重して頂けると幸いなのですが」



 駆け寄るなり声をかけて来たのは、王城で近衛の任に就く元勇者の騎士、ユウリさんであった。

 王族の女性たちを警護する立場でもある彼女は、その女性たちを避難させるや否や、賊の捕縛に乗り出したようだ。


 これまで通りの淡々とした喋りを崩さぬユウリさんは、僅かにサクラさんの行動に難色を示す。

 確かに現在のサクラさんは、仮のモノとはいえバランディン子爵家当主の養女、むしろユウリさんによって護られてもおかしくない側。

 サクラさんが怪我でもしようものなら、彼女も責任の一端は問われてしまうせいかもしれない。あまり表情には表れていないけれど。



「悪いわね、大人しく貴族のお嬢様ライフを送る気はないの」


「困ったお方です。せめて他の騎士を同行してもらいたいのですが」


「そうはいかないのよね。ついさっき殿下からも、賊の捕縛命令を頂戴しちゃったもの。私の手で解決しないと」



 一歩も引かぬサクラさんに、揺れぬ表情のまま軽く息をつくユウリさん。

 これ以上の説得は無意味と考えたか、彼女はチラリとボクの方を見ると、せめて最低限の武器くらいはと言い自身の短剣を差し出した。

 なんというか、ちょっとだけ申し訳ない気にさせられる。



「では急いで片を付けましょう。自分も早く済ませて、警護の任に戻らなくてはならないので」


「なんていうか生真面目ね。もっともそうでもないと、騎士として召し上げられたりはしないか」



 硬い口調でそう告げられ、苦笑いしながら彼女の背をポンと叩くサクラさん。

 どうやら同郷の出身であるということを差し引いても、ユウリさんのことを気に行っているらしく、本性を覆い隠すつもりはさらさらないようだ。

 もっともユウリさんの側も案外嫌がってはいないようで、出会ってまだ数日ながら、これが彼女らの基本的なやり取りとなっていた。



 そんな2人は並んで歩き、寝所が在る区画のさらに奥へ足を踏み入れる。

 そこへと入るなり、物陰へ隠れていた賊が飛び出してくるも、瞬く間に叩き伏せられてしまう様は、彼女らが確かに勇者であると示すものだった。


 とはいえ今回殿下が招き入れてしまった刺客は、総勢で10名以上にも上るらしい。

 見た限りでまだ5人ほど、例の娘も含めまだ数人が残っており、ボクは緊張感に息を呑む。



「っと、ここのはずよね、殿下の寝室は」



 そうして辿り着いたのは、立派な構えをした扉の前。

 そこはオルニアス殿下の居室で、賊はきっとここを目標に行動していたのは疑いない。

 まさかまだ賊が留まっているなんてと思いはするけど、周囲は騎士たちが集結しつつあるし、どのみち連中に退路などない。

 中からは人の気配らしき物も感じるし、ここへ立て籠もっているようであった。



「なんていうか意外と杜撰な計画よね。退路とかは用意してなかったのかしら」


「さっきの連中は実力的にも、ゴロツキの域を出ていなかったのですよね? ならば本職の暗殺者ではないでしょうから、逃走ルートの確保に考えが及んでいないのでは」


「てことは、他国から寄越されたって訳じゃなさそうね」



 賊のあまりに行き当たりばったりな行動に、呆れを露わとするサクラさん。

 なにせ殿下をどうこうするのに成功するにせよ失敗するにせよ、その後の逃走経路すら碌に準備していなかったのだから。


 なにやらその点で妙に謎は残るけれど、当人も言うようにそれによってわかったこともある。

 もし他国の謀によって殿下が狙われたのであれば、もっと真面な刺客を差し向けられるはず。

 なのでまだ定かとなっていないけど、おそらく首謀者は国内に居る誰かで、酒場の裏で娘と会っていた男はその配下のはず。

 この件が片付いたら、ゲンゾーさんらによって炙り出しが開始されるはずだ。



「それじゃ行きましょ」


「了解。タイミングはお任せします」



 揃って扉両脇の壁へ背を着けると、指を折って数字を示し突入の息を合わせる。

 これといった打ち合わせもしていないというのに、彼女らはどうにも息が合っているように思えてならない。

 港町カルテリオ協会支部のクラウディアさんともそうだったけど、馬の合う人間というのは居るようだ。


 全ての指を折り、2人は一気に扉を蹴破る。

 サクラさんとユウリさんは武器を手に殿下の寝室へと突っ込むと、すかさず真正面に立っていた賊の1人を斬り捨てた。

 とはいえ実際には剣の腹で打っただけで、大怪我にはなっても致命傷とまではいっていないはず。



「殿下は娘だけ生かせって言ってたけど、出来れば全員捕らえるわよ。少しでも証言は多い方がいいでしょ?」


「では気絶させるだけにしておきますか」



 平然と賊を殴り倒していく両名。

 実際にそういう機会はないけれど、騎士相手でも数十人は平気で対処できるくらい、勇者とこの世界の人間には差が存在する。

 なのでゴロツキに毛が生えた程度の賊では、彼女ら勇者にとっては赤子の手を捻るようなもの。


 そうして数人を剣や拳で叩き伏せていき、数十秒もした時点で寝室の中は静まりかえる。

 ただこれで全てが終わった訳ではなく、彼女らはスッと壁際へ視線を向けると、威圧するように一歩を踏み出した。



「さあ、お嬢ちゃん。これ以上のおイタはお奨めしないわよ」


「もっとも痛い目を見たいのであれば、抵抗して構いませんが」



 強烈な圧をかける彼女らの視線の先に居るのは、壁へ背を突け狼狽する人物の姿が。

 城下の酒場で殿下に近付き、籠絡した末に遂には城内にまで入り込んだ娘だ。


 彼女は手にした短剣を構えつつも、なんとか平静でいようと荒く息をしていた。

 見た限り多少の荒事は経験しているようだけれど、当然勇者を相手とするだけの実力は持っていない。

 当人もそれは重々承知しているようで、睨みつけるように敵意を露わとする。



「なんだい、あのお坊ちゃんの命令で殺しに来たってか? 騙されていたのを知って逆上するなんて、やっぱりただの阿呆ってことかい」


「……上手く本性を隠していたものね。残念だけど殺す訳にはいかない、そのお坊ちゃんの命令で生かしたまま捕らえろってさ」



 本来の性格らしきものを表に出し悪態つく娘へと、嘆息混じりにあるがままを伝えるサクラさん。

 それによってか娘は青褪め、咄嗟にすぐ近くへある窓の取っ手を掴み開け放った。


 おそらくこの場で殺された方が、生きたまま拘束されるよりずっと楽であるはず。

 言うまでもなく王族殺しは大罪。未遂であってもまず極刑は免れぬだろうし、捕まりでもしたら首謀者の名を吐かせるため、拷問くらい平気で行われる。

 殿下の寝室は王城内でも比較的高い場所にあるため、ここから飛び降り命を絶った方がマシと考えるのは、それなりに理解の出来る思考だった。


 ただ娘は窓の外へ身体を放り投げてしまう前に、せめて一矢報いようと考えたらしい。

 そしてそのために好都合であるということか、ボクへ視線を向けニタリと笑む。

 勇者が2人に召喚士が1人。となれば組し易いのはボクであるなど言うまでもなく、奇声と共に短剣を振り上げ、娘はこちらへ斬りかかってきた。



「悪いけど、そっちに手を出すのは見過ごせないのよ!」



 もっともサクラさんはそれを見逃す気などさらさなく、短剣を振るう娘に肉薄すると、脚をしならせ後頭部へ一発お見舞いした。

 なんていうか、これはまた随分とエグい……。


 本気でやった攻撃ではないにしろ、そんな状態で無事でいられるはずはなく、娘は速攻で昏倒。

 白目を剥いて床へ倒れ伏せるのであった。



「必死、でしたね」


「な、なんのことよ。私は別に……」



 倒れた娘に近付き、適当な紐で後ろ手に縛りあげるサクラさんへと、ユウリさんはボソリと率直な感想を呟く。

 たぶんボクへ向かってきた時、躊躇なく蹴りをかましたことを指しているのだと思うけれど、サクラさんは少しだけ慌てた様子で否定を返していた。



「と、ところでこの子もらってもいいかな。私が捕まえたってことにしないと、殿下の立場が無いもの」


「構いません。王族の命を狙ったのです、どちらにせよ裁量はあちらに委ねられると思いますので」



 縛った娘を片腕で担ぎ上げるサクラさんは、ユウリさんへともう一方の手を軽くかざし、申し訳なさそうに告げる。

 ここでサクラさんが捕まえるか、それともユウリさんが捕まえるかで、手柄が云々という少々面倒臭い話に関わるためだ。

 とはいえ実際サクラさんが倒し拘束したので、ユウリさんにしてもそこを求める気はなかったらしく、小さく頷き了承をしてくれる。



「あとは黒幕が誰か、ですね」


「そこいらは騎士に任せましょ。私たちの役割は……、たぶん終わりだろうし」



 面倒臭い依頼はもうこりごりだと言わんばかりに、気絶した娘を抱えたままで器用に脱力するサクラさん。

 確かに黒幕を吐かせるなんて作業まで付き合ってはいられず、そのくらい城の人に任せてしまえばいいというのは同感。

 しかしボクにはどうも、これで無事依頼終了とはならない予感を、ヒシヒシ感じずにはいられないのだった。



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