表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/347

仮初の令嬢 07


 もうこれで何日目だろうか。

 殿下が家臣たちの忠言にも耳を貸さず、酒場の娘を場内へ招き入れるようになってから。

 ゲンゾーさんの予想によれば、そしてボク自身が見聞きした内容から推測するに、彼女は間違いなく悪意を持って殿下に近付いている。

 とはいえそれを当人に伝えた所で信じるはずもなく、ひたすら一時の気の迷いが晴れるよう願いつつ、監視ばかりを続ける日々だった。


 しかしこの日、唐突にそれは終わりを告げる。

 思考と視界に靄がかかり始めた深夜、いい加減今日の進展は諦め眠りに着こうとした時だ。扉の向こうから僅かに人の声が聞こえてきたのは。



「あの、どうかされたんですか?」



 あてがわれた小部屋で休んでいたボクは、外の騒々しさが気になり扉を開ける。

 そこで丁度廊下を歩いていた人へ話しかけてみると、彼は困惑の表情を浮かべつつ状況を口にした。



「詳しくは知らんのだが、城内で小火が起きたらしい」


「小火……、ですか」


「食堂の方だと言ってたか。大方火の不始末だろうさ」



 騎士や文官たちなど、大勢の人間が四六時中詰めている王城には、数か所に食堂が設けられている。

 その内の一か所が燃えたようで、現在王城内の警備をする騎士たちが、消化を行うために駆け回っているようだった。


 まぁそういう事もあるのかもしれない、なにせ大勢の食事を賄うのだから。

 石造りのため燃え広がったりはしないと思うし、多くの騎士たちが消火に奔走しているのであれば、すぐ鎮火するはず。

 しかしそう考えていたボクであったけど、再び人の声はザワザワと増え始めていき、一人の男が通路を走って来たかと思えば、そこへ居たボクらへと叫ぶ。



「おい、今度は1階の食堂だそうだ。騎士だけじゃ手が足りん、お前たちも手伝ってくれ!」



 食堂からの出火だけであるかと思いきや、次いでされたのはもっと下の区画からのもの。

 騎士たちが詰める区画に近いそこで、同時に小火騒ぎが起きるなどというのは、にわかに信じがたい話だった。



「騎士たちは下へ向かった、俺たちはこっちの消火に行くぞ!」



 ともあれ今はそれを考えている場合ではないと、急ぎ火元である食堂へと向かう。

 途中で木桶を回収し近場の中庭へと向かうと、そこでは何人もが協力して水を引き上げ、次々と手渡しているところだった。



 ボクもまた水を受け取ると、小走りで食堂へと向かう。

 そこで既に弱まりつつある火へ水をかけていき、確実に鎮めていく。

 幾度かそれを繰り返し、ようやく人々の狼狽する声が静まり出したところで、額に流れた汗を拭いふとサクラさんのことを想う。

 彼女に与えられた部屋は、王族たちが夜を過ごす区画の少しばかり手前。火の手が上がったとされる場所からは遠いため、火に巻かれているということはないと思うけれど。


 ほんの少しだけ気にはなるけれど、案外騒ぎに気付き木桶を手に加勢しているのかもしれないと考える。

 けれどそん想像を巡らせていたボクへ、不意に大きな声で名を叫ぶ人が。



「坊主! クルスはここに居るか!」


「ゲンゾーさん?」


「おお、どこへ行ったのかと思ったぞ。何をしているのだ?」


「何をって、消化の手伝いです。騎士たちが下の階層へ行ってしまったので、手の空いている人間が……」



 煙の充満した食堂内へ入ってきたのは、簡素ながらも上等な衣服を身に纏ったゲンゾーさん。

 彼はボクの姿を見つけるなり、近寄ってガシリと肩を掴んだ。



「ところでお嬢ちゃんを知らんか。姿が見えんのだ」


「サクラさんでしたら、たぶん自室に居ると思いますよ」


「それが見当たらんから聞いておる。火の手が上がったと聞いてから、ずっと探しておるのだが……」



 ゲンゾーさんによると、王城の1階部分で発生した小火は、もう既に鎮火した後であるとの事。

 それでもやはり突然の出火を不審に思い、人為的な物であると疑ったゲンゾーさんは、サクラさんに協力を求めようとしたらしい。

 しかし居るはずな彼女の姿はなく、もしや騒ぎを聞き付けこちらに加勢しに来たのではと思ったそうだけど、どうやら空振りに終わったようだ。


 こういった場合、いくつかの状況が考えられる。

 一つには事態が大したことないと、野次馬根性を発揮して見物に行ったというもの。けれど流石に今は自重するはず。

 二つ目には、突発的な問題か厄介事に巻き込まれ、自身の判断で動いているという可能性。

 ……こちらであるという予感がしてならない。



「その可能性は高そうだな。あの嬢ちゃんはなまじ実力があるだけに、自分がなんとかしようと考えるだろう」



 ボクの考えに同意するゲンゾーさんと共に食堂を離れ、通路の一角で顔を寄せ合う。

 そこで「今の状況をどう見る」と問う彼に、ボクは小さな声で率直な感想を述べた。



「推測……、というよりもまず間違いないですが、これは誰かが意図的に引き起こした火事だとは」


「そいつは間違いないだろうな。城内で出火なんてのも無いでもないが、そう頻繁に起るもんじゃねぇ。2か所同時となれば当然だ」


「しかも1階の騎士団詰所の近くはともかく、ここは王城内でもそれなりに奥。もし外部の人間が犯人なら、誰かの手引きがないとこんな事は不可能です。その場合真っ先に頭に浮かぶのは……」


「あの娘か。……実のところ、今日は城内の一室に泊まってやがるんだよな」



 ボクのした想像は、ゲンゾーさんにしても否定しようのないものであったらしい。

 しかも殿下によって招き入れられた娘は城に留まっており、おまけに酒場の同僚であるという数人も同じく来ているという。

 何故そんな事を放っておいたのかと問いたくなるも、たぶん殿下が強権を発動したであろうことは想像に難くない。

 一応ゲンゾーさんに確認してみれば、まさに想像通り、殿下が許可をし客間を使っているとのことだった。



「……考えてもみれば、あいつがやったに決まっているじゃねぇか」


「サクラさんはこのことを?」


「知っている、ワシが教えたからな。……ああ、なんでこんな単純なことを失念して」



 ガクリと項垂れ頭を抱えるゲンゾーさんは、自身に対し情けなさそうに息を吐く。

 とはいえゲンゾーさんも、ここ最近この件でずっと動き通し。疲労困憊であるのは間違いなく、既に思考が回らなくなっているようだ。

 そんなゲンゾーさんを責めるというのは、いくら何でも気が引ける。



「案外嬢ちゃんはもう、放火した輩を探しに行ったのかもしれんな。ワシは殿下のもとへ行くが、お前さんも手伝ってくれると助かる。そこいらの連中に頼める内容じゃない」


「わ、わかりました。すぐに行きましょう!」



 なにはともあれ、行動しなくては始まらない。

 自身の頬を強烈に叩いたゲンゾーさんは、気合を込めて顔を上げると、眼光鋭く王城中心部の方向へと視線を向けた。

 ボクも彼の求めに応じ、拳に力を入れる。


 先導するゲンゾーさんのすぐ後ろを着いて、オルニアス殿下の居るという、王家の人間が居住する区画へ向け移動する。

 普通であれば入れぬその場所だけれど、国で要職に就くゲンゾーさんはそのようなことを気にもせず、どんどんと奥へ進んでいった。

 サクラさんが使っている部屋を通り過ぎ、慌ただしく走り回っている騎士たちの横をすり抜け、階段を登り王族の寝所が在る区画へ。



「ん、コレはいったいどういうことだ!?」



 ズンズンと重い足音を鳴らすゲンゾーさん。

 ただ彼は寝所の区画をしばし行った先で、突如としてその歩を止める。

 視線の先には長く広い通路。そして床には数人、横たわりうめき声をあげる人間の姿が。



「お前たち、何が起こったんだ!」


「げ、ゲンゾー様……。賊の襲撃です、殿下が」



 倒れている騎士へ近寄り抱き起すと、彼は苦悶の表情で状況を口にした。

 腕や脚には深い傷を負っており、痛みによって今にも気絶しそうではあったけれど、それでも伝えてきたのは殿下が狙われているということ。


 見れば倒れているのは騎士ばかりではなく、半分ほどは普通の格好をした輩。

 これがきっと騎士の言う賊であり、酒場の娘が殿下に無理を言い城へ招き入れたという人間に違いない。

 その城内へと入り込んだ刺客たちは、襲撃を行った際の戦闘によって倒れ、全員が意識を失っているようであった。



「殿下は何処へ行かれた」


「バランディン家のお嬢様と……、お逃げになりました。奥へと……」



 真っ青な表情で、息も絶え絶えに告げる騎士。

 どうやらこの刺客たちを倒したのはサクラさんであるらしく、さらなる追手が迫っているのに気付いたため、仕方なしに騎士たちを置いて奥へ逃げたようだ。殿下を連れて。


 ただこれによって、あの娘が殿下の命すら狙っている事が明確になった。

 既にサクラさんが対処していることに安堵するも、だからと言って任せ放ってもおけない。

 ボクはゲンゾーさんと顔を見合わせると、後ろから来た騎士たちに倒れた者の手当てを任せ、奥へと向かう事にした。



「ところで坊主、あの嬢ちゃんは人を相手に戦った経験はあるのか?」


「えっと、何度か」



 走り奥へ奥へと向かう中、ゲンゾーさんは小さく疑問を口にする。

 それに対しボクは少しだけ逡巡しつつも、首を縦に振った。


 勇者は基本敵に魔物を相手とし戦う稼業だけれど、やはりその性質というかなんというか、荒事に関わり易い。

 町のゴロツキを懲らしめて欲しいなどという依頼が、稀に勇者支援協会に依頼として飛び込んでくるのだ。

 港町カルテリオへ行った矢先、出くわした奴隷商を拘束したなんてこともあったし、サクラさんもそれなりに人を相手とした経験はある。



「なら手に掛けた経験は……。って、その様子だと無さそうだな」


「……流石にそれはありません。野盗討伐の依頼も何度かは見かけましたけど、極力避けていますので」


「それでか、さっきの連中が全員血も流してなかったのは」



 ただゲンゾーさんの意図する質問は、もう少し踏み込んだものであったらしい。

 彼が問いたいのは、サクラさんがこの世界へ召喚されて以降、"人を殺した"経験があるかというもの。


 魔物の出現以降、戦というものがすっかり失われたこの大陸において、そういった機会は早々あるものではない。

 けれど場合によっては、勇者も野盗やゴロツキを相手にする時、命を奪うという結果に終わることは多々あると聞く。

 けれどもボクはサクラさんの手を汚させまいと、その手の依頼は極力避けてきたのだ。



「だがこっからは、嬢ちゃんに覚悟して貰わにゃならん。お前さんにもな」


「わかっています。たぶん、今はもう悠長なことを言ってられませんから」



 ゲンゾーさんの言葉に、わかっていつつも心臓が跳ねる。

 殿下の命を狙って賊が来ているのだ、無力化などという生易しい考えでは、いざという状況でもっと後手を踏みかねない。

 最初から相手の命を奪うくらいのつもりでいなくては、何も護れやしないのだと。



「上等だ。一応お前さんもこいつを持っていろ」



 そう言って手渡されるのは、幅広な短剣。

 一瞬だけ硬直しそれを眺めるも、ボクはすぐさま歯を食いしばり、ゲンゾーさんの手からそいつを受け取るのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ