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仮初の令嬢 06


 結局ゲンゾーさんから聞いた話は、その全てをサクラさんへと伝えることにした。

 後々でなぜ教えなかったのかと怒られるのが怖いというのもあるけど、彼女にも知っておいてもらった方が、咄嗟の時に役立つのではと考えたため。


 ともあれそれを聞いても、サクラさんは普段通りの表情を崩すことなく殿下と接している。

 この辺りは流石、普段から余所行きの鉄仮面を被っているだけはあり、旅の劇団一座でも即戦力になるのではと思わせるものがあった。


 ただこの時ばかりは、さしものサクラさんも若干の緊張を滲ませている。……いや、緊張というよりも困惑だろうか。



「そうでしたか、やはり酒場でのお仕事というのは大変なのですね」


「別にそんなことはないですよ。わたしはいつも通り、酒と料理を運ぶだけだし」



 なにやらヒリつくような空気の中、サクラさんは城内に存在する中庭の一つで、卓と茶器を挟み相手と言葉を交わす。


 運良く時間が合えばオルニアス殿下と、もしくは場内へ居た他の貴族らと過ごす茶の時間であるけれど、この日相手としていたのはそれらの人たちではない。

 サクラさんの前へ座っているのは、普通ならば絶対にこの場へ居るはずがない酒場の娘。

 ゲンゾーさんが何者かによって放たれた刺客と明言された、殿下が意中とするその人だった。



「私も元々は勇者、酒場はよく利用していましたよ」


「じゃあわたしが居る店にも来たことあるかもしんないですね。気付いていなかっただけかも」



 別に親し気であるとは思わないけれど、両者は一見して穏やかな表情で言葉を交わす。


 どうしてこの場に彼女が居るのか。本来であれば立場上、このような場所へ来れる人物ではない。

 王城の入り口を越えるだけなら、そう難しくはないのだ。人を納得させられるだけの理由を提示できれば、門くらいはくぐれるのだから。

 しかしこの中庭は、王城へ住まう人間やそこで働く人間たちしか立ち入れぬ場所。

 城下の酒場で働く娘が入れるはずもなく、となると当然彼女をここへ連れてきた人間が存在した。


 言うまでもなくそれは彼女に夢中となった殿下なのだけど、実はこうして彼女を城内へ招いたのは、今回が初めてではない。

 これでもう3日連続。今は側近に連れて行かれ執務室に戻っているけれど、殿下が自身で城内を案内し連れ回していた。



「でも本当に来れて良かった。オルニウスが案内してくれなかったら、ここへ来るのはもっと先になっていたわ」


「……ええ、そうね。余程の理由がないと、足を踏み入れるのが叶わぬ場所だもの」



 静かに、どこか挑発的な言葉を発する娘。それに対しサクラさんもまた、意味深な言葉で同意を口にした。

 酒場の娘はきっと、あえて殿下のことを名前で呼び捨てにした。これはおそらく、殿下の見合い相手であったサクラさんへの牽制だ。


 バチバチと火花散るような空気に、サクラさんの従者という扱いのボクだけでなく、お茶を淹れてくれたメイドたちも腰が引け気味。

 あまりの気まずさにそのメイドたちが後ずさるのを見ると、ボクはあまりこの状況を見過ごしてもおれず、ソッと間へ入ることにした。



「お二方、素直にお茶を楽しまれては? あまり張り詰めた空気を発していますと、周囲に迷惑を掛けるどころか、殿下の悪評にも繋がりますので」



 張りついた笑顔を浮かべ、言葉の深い部分で刃を振るい合うサクラさんたち。

 嫌々ながらそんな彼女らが囲む卓の前に立つと、ボクはポット内の濃くなった茶へ湯を足しながら釘を刺した。



「それにお客人、殿下を名で呼び捨てるのはお控え下さい。貴女と殿下の関係は承知していますが、今はまだ城下へ住まう一市民に過ぎぬのですから」


「……わ、わかったわ。殿下に迷惑はかけない、それでいいんでしょ」


「結構です。"余計なことをせず大人しく"して頂けるなら、こちらも殿下のお客様へ相応のおもてなしを致しますので」



 小さな声でした警告に言葉を詰まらせる彼女へと、さらに追い打ちをかける。

 一時的に場の空気は重くなるも、多分これによって多少緩和していくはず。



「そ、それじゃあわたしはこれで失礼するわ。お茶も飲んだし」


「殿下がまだ戻られていませんが?」


「大丈夫よ! オルニウ……、殿下に案内されてもう覚えたもの」



 少々居辛くなってしまったのか、温かい茶を一気に煽り立ち上がる娘。

 彼女は茶器を少しだけ乱暴に置くと、その足で中庭を跡にしていった。


 刺客であるにしては、どうにも揺さぶりに弱く見える娘が去り、ボクとサクラさんは顔を見合わせ肩を竦める。

 ともあれこの場に居なくなった以上、ここで長閑に茶会を続ける理由も失われ、メイドたちへ断りを入れこの場はお開きとした。

 後の片づけを彼女らに任せ、ボクらは中庭から建物の中へ戻り自室への廊下を歩く。



「それにしても意外と言うわよね、クルス君も」


「なんていうか、メイドたちが可哀想でしたからね。……あんな空気が悪い中に居させるのは」



 幾人かとすれ違い、人目がなくなったところで、軽く噴き出しながら呟くサクラさん。

 確かに普段のボクであれば、ああいった状況に目を逸らし嵐が過ぎ去るのを待っていたはず。

 でもボクだけであればともかく、自身と同年代か少し下くらいな見習いらしきメイドたちを、あの場に立たせ続けるのは不憫でならなかった。



「流石、メイド経験者は違うわね。気持ちがわかってあげられる」


「せ、折角忘れかけてたのに!」


「私は忘れないわよ。いまだあの可愛い姿が目に焼き付いて離れないもの」



 サクラさんにしてみれば、メイドと言えばこれを思い出してしまうらしい。

 貴族の屋敷へと潜入した時にしていた、メイドの格好をしたボク。その情けない姿は、いまだもって彼女にとって良いからかいの種だ。



「嗚呼、愛しいミリスちゃんの姿を今一度この目に映したい」


「冗談じゃありません、もう金輪際あんな格好はしませんから。それに宿の人に頼んで、服も処分してもらいましたしね」


「ん? あの服なら、その後で私が回しゅ……。っと」



 全てが終わった後、記念にと渡されてしまったメイド服だが、厳重に梱包しそのまま燃やしてもらうように頼んでおいた。

 なのでアレがこの世に残っているはずはないのだけれど、サクラさんはなにやら唐突に嫌なことを口走りかける。

 それについて問い詰めようとするのだけれど、口を開きかけたところで、彼女の腕がボクの前へと差し入れられた。


 いったいどうしたのかと思えば、腕の向こうに伸びる通路から、一人の人物が歩いてくるのが見える。

 ゆっくりとした歩調で迫るその影は、窓から差し込む光へ照らされ顔を露わとした。



「オルニアス殿下、執務はお済みに?」


「今しがたな。やれやれ、まさかあれだけの量が机に積み上がっているとは、思いもしなかった」



 通路の奥から現れたのは、酒場の娘を案内しようとするも、側近たちに捕まり執務室へ放り込まれたオルニアス殿下。

 彼は凝り固まった肩を回しつつ近寄り、一礼し声をかけるサクラさんに苦笑を漏らした。



「ではこれに懲りられたなら、以後ご自身のお役目に専念されるのがよろしいかと」


「……それは彼女のことを言っているのかな?」


「そう受け取って頂いても構いませんわ」



 笑顔のままで頭を上げたサクラさんは、意外なことに殿下へ痛烈な一発をお見舞いする。

 どうやら不穏な空気は中庭だけに留まらず、このヒンヤリとした廊下でも行われるようだ。

 殿下の気を惹くことが目的であるはずなのに、こんな言動を発してしまう辺り、サクラさんも実は苛立ちを募らせていたのだろうか。


 ゴクリと息を呑むボクと、笑顔のままであるサクラさん。そして渋い表情を浮かべ、実のところ痛い所を突かれたのか、しばし押し黙る殿下。

 ただサクラさんはちょっとばかり演技めいた調子で、再度頭を下げ謝罪の言葉発する。



「あくまでも末端の一貴族として、それに国を護る勇者としての立場から、つい差し出がましいことを申し上げてしまいました」


「肝に銘じておく。だがこちらも一つだけ言わせてもらえれば……」



 実際謝っているかどうかは怪しいけれど、たぶんこれは多くの家臣たちが抱えている想い。

 素性の知れぬ相手にうつつを抜かし、執務を放り出しその者を城内へ連れ込み遊んでいる。現在の殿下に対する評価は、そういったものだ。

 たぶん裏では陛下や重臣たちに、同じことを幾度となく言われているのだと思うけれど。


 しかしだからこそか、殿下の意志もなかなかに固い。

 サクラさんの辛辣な言葉を受け入れつつも、堂々と言い返そうとする。



「私と彼女を引き離そうとしているようだが、残念ながら君たちの目論み通りにいってやる気はない」


「……殿下にとって、それが良い選択とは思えませんが?」


「臣下たちからどう言われているかなど知っている。だが私はこれからも彼女を城へ招き入れる、意図するところはわかるであろう」



 きっとこれは、殿下にとってはある種の決意表明なのだと思う。

 あえてあの娘をここへ呼び寄せ衆目へ晒すことによって、彼女こそが自身の想い人であると宣言しているも同然。

 つまりは余計な手出しは無用と、周囲の人間へ示している。



「ゲンゾー様などは心配しておられますよ。あまり我を通され続けては、殿下に対する陛下の心証も悪くなっていくのではと」


「さては君たちを使っているのはヤツか。なるほど勇者同士だ、繋がりがあってもおかしくはない」



 ここまで長く王城で仕えているゲンゾーさんによれば、これは正直良い傾向ではないという。

 立場上はある程度の我儘が通るけれど、殿下はあくまでも現時点では王位の継承候補でしかない。

 このようなことを繰り返し、陰ながら暗愚呼ばわりされようものなら、陛下の意向で序列は下げられかねなかった。

 もっとも、当人からすればそれは好都合なのかもしれないけれど。



「アレも随分と心配性な男だな。君たちから言っておいてくれ、"もう子供ではないのだから放っておけ"とな」


「……承知いたしました。一字一句違わず、お伝えしておきます」


「では頼んだぞ。私は彼女の下へ戻らねばならぬ」



 殿下はそう言って横をすり抜けると、真っ直ぐ中庭の方へ向かった。

 もうこちらに用はない、これ以上は不敬であると言わんばかりの態度で。


 そんな殿下の背が見えなくなったところで、サクラさんはチラリとボクを見やる。

 まさか苛立ちがこっちへ向いてしまうのではと警戒したのだけれど、彼女はその予想に反して微笑むと、手をボクの頭へ柔らかに置き呟いた。



「クルス君、私は一つ君に謝らなきゃいけないのかもね」


「えっと、何をですか?」


「延々君を子ども扱いしてきたけど、今回ばかりは撤回するわ」


「それはどういう……」



 いったいどうしたのかと思うも、彼女は細い指を立てボクの頭をわしゃわしゃと掻き乱す。

 そしてちょっとだけ、ボクの気持ちを浮足立たせる言葉を発してくれるのだった。



「あの馬鹿王子より、クルス君の方がよっぽど大人だってこと」



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