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仮初の令嬢 05


 最初の時点から、この依頼に対し少しだけ妙な予感はしていた。

 酒場の娘に恋慕したオルニアス殿下を引き離すという、色恋と政治上の理由が絡んだものとは、また別の理由が存在するのではと。


 それはサクラさんが落とそう(・・・・)としている殿下からではなく、この件を依頼してきたゲンゾーさんから。

 彼はきっと何か重大なことを隠している。薄々そう思っていたのだけれど、この疑念を口に出してしまうには、予感などという抽象的なものでは根拠に乏しい。

 しかしこの夜も城を抜け出す殿下を尾行したボクは、そう断じてもいいのではという光景に出くわすのであった。



「ああ、手はず通りさ。今日も上機嫌になって帰ってったよ」


「しくじって貰っては困る。今のところは順調に進んでいる、お前が下手を打たん限りは」


「こっちに抜かりはないさ。あんたはノンビリ構えてりゃいい」



 酒場の裏手に伸びる、細い路地。

 この日も殿下と会っていた酒場の娘は、逢引きを終えるなり一度酒場を出て、暗闇へ溶け込むように路地裏へ入っていった。

 そこで会っているのは1人の男。ボクの居る位置からは、その姿がよく見えないのだけれど。


 どうして王城へ戻る殿下ではなく、娘の方を追ったかと言えば、彼女が何やら妙な素振りを見せていたため。

 殿下が酒場を出ていくなり、娘が酒場内へ居たフードを被る男となにやら意味深な目配せをしたのに気付き、不審に思ったためであった。



「あいつ、完全にあたししか見えてないって感じね。そう心配することはないわよ」


「油断をするな。ヤツ自身は愚鈍であっても、側近までそうとは限らん」



 その娘が今まさにしている会話は、殿下を嘲笑する言葉で満たされ、好き合っている者に対してするものとは思えない。

 殿下と会っている時の娘は、快活ながらも穏やかさを併せ持つ、いかにも酒場の看板娘といった雰囲気だった。

 しかし今の空気はまるで逆で、どこか下劣さすら滲み出ている。


 普通であれば、実のところオルニアス殿下とは本気でなく、こちらが本命の相手であると考えるところ。

 ただどうも相手の男がする言動から察するに、なにやら共犯的な気配というものを感じてならない。



「アンタも大概心――ね、あん――のお坊ちゃん、ちょっと気があるフリし――」



 賑わう大通りの喧騒が漏れ、静まり返った路地裏へと入り込んでくる。

 それによって酒場の娘がする言葉は聞き取り難くなり、ボクはもう少し近づけないかと接近を試みた。


 しかし一歩踏み出そうとしたところで、突如として身体へかかる強い抵抗。

 口元へはゴツゴツとした何かが覆い、胴体は丸太のような物で締め付けられ、身体を持ち上げられ後ろへと引きずり込まれていく。

 いったい何がと思考は混乱するも、それに答えを出してくれる相手は無く、勢いよく路地の角を曲がった先へと運ばれていった。


 その曲がった先で放り出され、ボクは地面へと膝を着く。

 すると頭上からは小さな、けれどもハッキリとした声が降り注いできた。



「まったく、思い切りが良いのも考えものだぞ坊主」


「……げ、ゲンゾーさん?」


「大人しく殿下の監視だけに留めておけばいいだろうによ、余計なことに勘付きやがって。お前さんはもっと慎重だと思っていたんだが……」



 ボクを拘束し引っ張り込んだ相手を見上げてみれば、そこに居たのはこの件を依頼してきた張本人。

 王城へ居る時とは異なり、ごく簡素な衣服に身を包んだ大男は、ボクを見下ろし呆れた様子で息を吐いていた。



「どうしてここへ……」


「静かに。……坊主と同じく監視のためだ、ただし殿下ではなくあの小娘をだがな」



 自身の口元へ指を当て、声を抑えるよう告げるゲンゾーさん。

 彼はソッと背後を振り返って路地の奥へ視線をやると、ここへ来た目的がボクと同じであると告げた。

 ただしどういう訳か、その対象は殿下ではなく酒場の娘。



「大方坊主も、あいつを怪しんで追ってきたんだろ」


「そ、そうです。殿下が帰った後、男と辺に目配せをしていたから」


「妙な所で勘が働きやがる。さくらの嬢ちゃんもそうだし、やっぱ召喚士ってのは相棒に似るもんかね」


「その辺りはよくわかりませんけど……。でもゲンゾーさんがあの人を監視しているってことは」



 やれやれと腰へ手を当て、なにやら感慨深そうに呟くゲンゾーさん。

 ただボクはそれよりも、彼がここへ来て酒場の娘を監視していたという事実が気になって仕方がない。

 ボクの発した言葉に、一転して神妙な表情へと変わるゲンゾーさんは、手招きし路地の角へと移動する。

 そこでソッと奥を覗き、まだ会話を続けていた酒場の娘と男を指す。



「お前さんらにした依頼はあくまでも建前上の物だ。本命はこっちだな」


「彼女が? どういうことでしょうか」


「あの娘と殿下を別れさせるのは、なにも地位が違いすぎるからだけじゃねぇ。殿下を護るためだ」



 いまいちよくわからない説明に、ボクは首を傾げる。

 ただゲンゾーさんは後で話すと言ってくれたため、とりあえずこの場は声を潜め、路地で会話をする2人を観察することにした。


 しばし遠巻きに見ていると、用事は終わったのか彼女らは解散。

 娘は裏口から酒場へ入り、男はこちらとは反対側の路地へと去っていったところで、ボクはようやく深く深呼吸をした。

 そこで王城へ戻ろうと告げるゲンゾーさんに理由を問うてみると、彼は歩きながらここへ来ていた理由を教えてくれる。



「有り体に言っちまえば、あの娘は何処ぞやの輩によって放たれた刺客だ」


「刺客? ということは殿下の命を……」


「命を狙っているかまでは定かじゃない。だが碌な目的ではないだろうよ」



 道中ゲンゾーさんが小声で話してくれたのは、あまりにキナ臭い内容。

 元々はゲンゾーさん以下主だった重臣たちは、酒場の娘に対し王族の地位狙いの娘としか考えていなかったらしい。

 ただそこで追い払ってしまっては、殿下の執務に対する意欲を削ぐのではと考えたため、一時の気の迷いとして観察するに留めたのだそうだ。


 しかし一応素性や素行を調べていくにつれ、どうも不審な点があるのに気付く。

 出身も親族も謎なうえ、おそらく本名も偽装された物と判明。そして酒場で働く娘にしては、少しばかり金遣いが荒い。

 裏で密かに娼婦をしているのかと思うも、そういった形跡もなく、徐々にゲンゾーさんたちは疑念を深めていったそうだ。



「実のところ騎士団には優秀な諜報屋が居てな。早々素性なんぞ隠し通せるもんじゃない、……相手の男の方はまだだがよ」


「それでわかったんですか、殿下を狙っていると」


「狙うってのが、どういったモノを指すのかはまだ不明だがな。だがさっき坊主も聞いていたろう、何がしかの悪意があって近づいたのは間違いない」



 続けた調査の末に至った結論は、娘が殿下に害を及ぼす存在であるということ。

 直接殿下に危害を加えようとしているのか、それとも地位を狙って接近したのかはまだ不明。

 ただ今日のボクのように、陰ながら殿下を監視している存在については気取られているため、今のところ目立った行動を起していないのだろうという予測だ。


 なら当人に知らせてはと聞いてみるも、ゲンゾーさんは大きく首を横へ振る。

 どのみち言ったところで信じやしないとのことで、やはり恋は盲目ということなのだろうか。



「今のところこの話を知っているのは陛下と、ワシを含む一部の重臣たち、あとは騎士団の諜報員数名といったところか」


「近衛のユウリさんとかも、サクラさんが殿下に近付いているのは知ってますが?」


「あの娘が知っているのは、表向きの理由までだな。今話したところまでは流石に教えちゃいない」



 王城で女性の王族たちを警護する騎士、元勇者であるユウリさんなどは、ここまでを知らされてはいないようだ。

 となるとこの件は相当に秘匿された内容であり、本来ボクなどが触れていいものではなく、下手に勘付いて探ろうとした自身の不用心を呪う。



「捕まえたりは?」


「悪事を目論んでいる証拠がない。今拘束したのでは、陛下が親馬鹿を拗らせたなどと言われかねんぞ」


「そいつは……、困りましたね」


「それにワシらはあの娘が主犯ではなく、背後に誰かが居ると考えている。そいつを炙り出すためにも、もう少し泳がせておきたいところだな」



 ならば念の為捕まえてはと考えるも、やはり体面なども考えるとそうはいかないようだ。

 今の時点で出来るのは、予想通りであれば裏に居る誰かを探り、監視を強め殿下を護るという事くらい。



「とはいえお前さんたちがやる事に変わりはない。これまで通り、嬢ちゃんには殿下の気を惹いてもらいたい。あの娘を諦めさせるのに成功すりゃ、憂いの大部分は断てるんだからよ」


「望み薄だと思いますけどね。殿下はサクラさんを勇者として以上には見ていませんし、たぶんあの娘と別れさせるために寄越したんだって気付いてるはずです」


「だが今は他に手の打ちようはない。嬢ちゃんの色気と平たい胸に、殿下が籠絡されるのへ賭けるしかねぇのさ」


「……それ、サクラさんに聞かれたら殴られますよ」



 王城が近づき、人通りが少なくなったためか、カラカラと笑うゲンゾーさん。

 彼のする酷く恐ろしい言葉を聞き、ボクは一瞬背筋を寒くさせるのだけれど、怒る当人は王城で今頃夢の中だ。


 サクラさんはどうやらもう暫くの間、ここで慣れぬドレスへ袖を通さねばならぬらしい。

 あの綺麗な姿を見られるのは眼福と思う反面、王城内でも一部しか知らぬ騒動に関わる破目となってしまった。

 せめて王城へ来るのをあと数日ズラしていればと思い、ボクは重く脱力するのであった。



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