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仮初の令嬢 04


 国王陛下の肝いり、という名目で行われる見合いは、場内に点在する中庭の一つで行われることになった。

 互いに従者を1人ずつという以外は、完全に人払いをしたそこでサクラさんと向かい合うのは、酒場の娘に入れ込んでしまったという件の殿下。

 2人は小さな庭の一角に置かれた卓を挟み、穏やかな表情を浮かべ談笑していた。



「では手にペンを持たずとも、文字が紙へ刻まれていくと? 俄には信じられぬが、なんと素晴らしい」


「厳密には違いますが、そう考えて頂いて間違いないかと。手をインクで汚す心配はありませんわね」


「やはり異界の技術は興味深い。出来ることならば、我が国でも取り入れたいものだが……」



 最初に顔を合わせてから暫し、サクラさんと殿下がする話題は、勇者らの故郷である"ニホン"という土地に関するものへと至る。

 それも当然か。なにせオルニアス殿下は元々勇者が持つ知識や技術に対し、並々ならぬ関心を持っていた。

 見合い相手として現れたのが、黒髪という勇者としての特徴を持つ相手であれば、そこに話題が及ぶというものだ。



「現状こちらで同じ物を作るのは難しいと思いますが、いずれはこちらの世界でも、そういった機器を生み出せるやもしれません」


「早くそうなればと願う限りだ。毎夜仕事を終えた文官たちを見る度、疲労の色が濃いのは手に取るようにわかる。貴女の言う"ぱそこん"とやらがあれば、彼らの労も幾分か軽減できるであろうに」



 ただどうやらこの殿下、勇者に関心があるとは聞くのも、それは純粋に個人的な興味からくるものではないらしい。

 結局は国を豊かにしたいという想いから、そして多くの家臣たちを想えばこそという、なかなかに意外なものだった。

 正直もっと直情的というか、そういった事を顧みず色恋にうつつを抜かしていると思っていたのに。



「……殿下はお優しいのですね」


「い、いや。決してそのような事は……。まだ王位の継承候補でしかない身には、出来る事などたかが知れている。この身に出来ることと言えば、それくらいしかないだけだ」



 穏やかな笑みを浮かべるサクラさんの言葉に、殿下は少しばかり頬を赤くする。

 これはなかなか良い食い付き方ではないかと思う反面、ボクにはその反応がちょっとだけ面白くなく、つい眉間に皺を寄せてしまう。


 ただボクのすぐ隣へと立つ、殿下の従者である騎士の怪訝そうな視線を受け、急ぎ表情を弛緩させた。

 いけないいけない。今のボクはサクラさんの従者なのだ。



 気を取り直し、直立して見合いの状況を見守る。

 ただサクラさんと殿下が交わす話題はと言えば、変わらず勇者の持つ知識や向こうの文化について。

 とりわけ殿下が気にしていたのは、あちらの世界における軍事に関する内容であったらしい。



「ところで……、サクラ嬢は勇者でもあられるが、あちらの武具については詳しいのだろうか」


「申し訳ありません殿下。私はあちらで荒事とは無縁の生活を送って参りました、故に武具の類に触ったのも、こちらへ召喚されてから初めてなもので」



 オルニアス演歌の問いに対し、サクラさんはとんでもないといった様子で、大きく首を横へ振る。

 でもこれは大嘘だ。確か彼女は祖父が持っていたという、"カタナ"とかいう武器の手入れをした経験があると言っていた。

 とはいえこう言っておく方が、色々と無難なのかもしれないけど。



「そうか……。いや実はな、向こう世界へ存在するという、とある武器について聞きたい事があったのだ」


「あまり詳しくは存じませんが、私でお答えできる範疇であればなんなりと」


「では聞いてみるとしよう。サクラ嬢は"銃"という武器をご存知か?」



 殿下が告げたそれは、ボクの聞いたことのないもの。

 剣や槍、弓矢などは向こうの世界にも同じ物があるそうだけど、それらとは別の強力な武器が、あちらの世界には存在すると聞く。

 ただそれがどういった物かまでは知らず、殿下の言う"ジュウ"とかいう代物も、その類であるようだった。



「は、はい。一応存じてはいます。警さ……、あちらの世界で治安維持の職務を担う人間が、腰へ下げていますので」


「では製造法などは?」


「……おおよその仕組みは想像がつきますが、どう作るかまでは」



 どうやらその"ジュウ"という代物、相当に強力な武器であるらしく、この世界へ召喚された多くの勇者たちが製造を試みるらしい。

 ただどういう訳か、必要となる特定の物質の製造がまるで上手くいかないようで、何十年もずっと暗礁に乗り上げたままであるという。


 殿下はそれさえあれば一般の騎士たちも、少しは魔物に太刀打ちできるのではと考えたようだ。

 しかしもし解決策を持っていればという頼みの綱は、サクラさんによって易々と断ち切られる。



「なかなか上手くはいかぬものだ。今度こそはと思ったのだが」


「申し訳ありません。お役に立てず」


「なに、貴女のせいではない。……っと、そろそろ頃合いだな。とても有意義な時間であった、これで失礼をするが、子爵によろしくお伝え願いたい」



 頭を下げるサクラさんへと、殿下は気にしないよう告げ立ち上がる。

 空を見上げ陽の傾きを確認すると、見合いはここまでと打ち切り、身を翻して場内へ戻っていってしまった。

 そういえばゲンゾーさん曰く、殿下はサクラさんが養女となった子爵家の正体について、知らないとの事だ。

 まだ王位継承権の保有者というだけでは、知らされる段階にないらしい。


 深く頭を下げ、殿下とその後ろへ続く従者の騎士を見送り、ボクはサクラさんへと近づく。

 人目が無くなったためか、腰へ手を当て深く息をつく彼女を見上げると、率直な感想を口にした。



「見合いって言うか、ただの世間話でしたね」


「こっちのことはまるで眼中にないわね。ただ単に、勇者と話す機会があったから便乗したってだけみたい。……ちょっとだけ口惜しい」



 眉間に皺を寄せるサクラさんは、正直な感情を吐露する。

 籠絡への自信を口にしていた彼女だけれど、想像していた以上に殿下はサクラさんのことを、消化するべき見合いの相手程度にしか思っていなかったようだ。

 つまり酒場の娘への入れ込みようが、半端で済んではいない証明と言える。



 上手くいかなかった無念さは感じるけれど、いつまでもここで項垂れてもおれず、ボクらは城内へと戻る。

 ヒールの高い靴で存外器用に歩くサクラさんは、早くこの鬱陶しいドレスを脱ぎたいと、廊下を歩きつつ愚痴を溢す。



「思ったんですけど、一応協力だけはしても良かったのでは? そうすればもっと接触する機会もあったでしょうし」


「銃のこと?」


「は、はい。もしかしてサクラさんなら、いくらか作り方を知ってるんじゃないかと」


「流石に買い被り過ぎ。知らないって言ったのは本当よ、流石に門外漢すぎるもの。第一知りもしないのに下手に希望を持たせたりしたら、後々で印象的には逆効果」



 サクラさんは知識の幅がそれなりにあるため、幾らかの協力は出来るのではと考えた。

 しかし彼女にしてみれば、そのジュウとかいう代物ばかりは知識の範疇外で、自身の手には負えないと匙を投げる。

 サクラさんによると、それはあまりにも強力に過ぎる武器であるが故に、あちらの世界では王国における騎士のような立場へ就く人間しか、所持が許されぬ代物であったらしい。

 となれば当然、一般庶民が簡単に作れるわけもない。



「どういう訳か火薬の製造が難航してるみたいね。……ともあれ、まだ暫くは王城へ逗留する破目になるんだし、接触の機会はあるはず。また仕掛けるわよ」


「なんだか乗り気ですね。もしかして殿下のことを……」


「まさか。顔は悪くないけど、まったく私の好みじゃないもの」



 サクラさんの意欲的な言動にドキリとさせられるも、別段殿下へ恋慕したという訳ではないみたいだ。

 彼女にしてみれば、あまりにも手ごたえが無さ過ぎるため、敗北感を強く感じたのが原因のようだった。



「わかりました。アルマもクレメンテさんに預かって貰っていることですし、ノンビリいきましょう」


「なら早速部屋へ戻って対策会議ね。次に顔を合わせたら、少しくらいは気を惹いてみせるから」



 グッと拳を握るサクラさん。その様子はまるで、戦いへ赴く直前のよう。

 あながち戦いというのも間違っていないのだろうかと、妙な納得をしつつ場内の通路を歩く。

 ただ纏うドレスに似合わぬ力強い意欲を露わとするサクラさんとボクは、丁度角を曲がった所で、とある人物と出くわした。



「さくら嬢、殿下との見合いはもうお済みに?」



 偶然出くわした相手は、この城で仕える騎士の女性。

 近衛騎士という役職を拝命している彼女は、王族の女性を警護するために編成された、女性ばかりな騎士隊の隊長も務める人物だ。


 ただその彼女をよく見ると、一点特徴的な部分が存在することに多くの人は気付く。

 短めに整えられた彼女の髪は漆黒。つまりサクラさんや他の勇者たちと同じ、あちらの世界から来たニホンジンの特徴を持っていた。



「丁度さっきね。悠莉(ゆうり)は見回り?」


「いえ、先ほどまで王女殿下たちの茶会に同席をしていました。今日はもう終わりなので、自室へ戻ろうかと」



 親しげに近寄るサクラさんへと、ユウリと呼ばれた彼女は淡々と返す。

 言うまでもなく彼女はこの世界へと召喚された人間で、元々はサクラさんと同じく勇者であったと聞く。

 それなりに活躍していたそうだけど、相棒である召喚士の怪我を切欠に引退、以後は騎士となったそうだった。


 勇者とこちらの世界に居る人間との間に成された子は、黒髪を持つこともあると聞く。ボクなどはそれが現れなかったけれど。

 ただこうまで真っ黒で艶やかな髪とはいかないようで、それこそが彼女をあちらの人であると証明するものだった。



「……出来れば私としては、もう少し親しげに話してくれると嬉しいんだけど」


「そうはいきません。貴女様がバランディン子爵家のご令嬢である以上、一介の騎士に過ぎぬ自分がそのような振る舞いは」


「貴女は知ってるはずでしょ。……その、色々と事情を」


「だとしてもです。それに自分はこちらの方が気楽ですので、お気になさらず」



 ユウリさんとサクラさんは同郷の人間同士であり、詳しくは知らないけれど齢も比較的近いらしい。

 だというのにユウリさんの口調は非常に固く、その対応にサクラさんは少しばかり肩を落とす。


 近衛兼王族の女性たちを護衛する隊の隊長という立場に加え、元が勇者であるという理由からか、彼女はサクラさんの目的も承知していた。

 そしてバランディン子爵家が、騎士団が任務で使う架空の貴族家であるということも。

 しかしこれは元来の生真面目な性格故なのだろうか、彼女は貴族と騎士という立場を崩そうとはしなかった。

 おまけにサクラさん以上の鉄面皮であり、表情がまず変わることがない。正直美人と言われる類の人なだけに、勿体ない気がしてならないのだけど。



「ところで、成果の方は如何でしたか?」


「まるでダメ。でもまだ機会はあるもの、なんとかしてみせるわ」


「では自分も陰ながら応援を。……そろそろ失礼を致します」



 そう言って深く頭を下げると、ユウリさんは機敏な動作で去っていく。

 サクラさんを見てみれば、若干寂しそうな素振りをしているあたり、同郷の人間と上手く疎通が出来なかったのを残念がっているようだ。



「彼女と上手くやるのも、今後の課題かしら」


「そうみたいですね。案外殿下より難敵かもしれませんよ」



 ボクはサクラさんと顔を見合わせ苦笑すると、自室へ戻る通路を再び歩くのであった。



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