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仮初の令嬢 02


 豪奢な卓の上へと置かれた軽食の数々。

 小振りなサンドイッチや、手間のかかる細工が施された菓子に、一目で高級とわかる茶器に満たされた飲み物。

 ゲンゾーさんに案内された部屋へ入って少ししたところで、それらは一斉に運ばれてきた。


 王城の厨房で作られた品々だとは思うのだけれど、たぶんこの一式だけで相当な額となるはず。

 ゲンゾーさんがこの国の要職に就いており、すぐさま用意させるだけの権力を有しているのだと、今更ながらに信じる他ない。



「好きなだけ食うといい。嬢ちゃんも遠慮せずにな」



 その軽食……、と言うには大量のそれが置かれた卓を挟み、ゲンゾーさんはニコニコとした笑顔を浮かべる。

 アルマなどは我先にと菓子へ手を伸ばし、遠慮することなく口へ運び、美味しそうに頬張っていた。


 ただこのもてなしっぷりを見ると、どうしても思ってしまうのだ。彼は何か厄介なことを目論んでいるのではないかと。

 サクラさんもボクと同じ想像をしているのか、少しばかり躊躇しつつ茶へと手を伸ばす。



「で、いったいどんな悪巧みを考えているのかしら」


「悪巧みだなどとは人聞きの悪い」


「そう考えるのが当然でしょ? ただ一緒に食事がしたいだけなら、こんな小奇麗な応接室じゃなくて、どこか町の酒場にでも連れて行くはず」



 一口飲んだ茶を卓へ置き、サクラさんはジトリとゲンゾーさんを眺めつつ問い詰めた。

 確かにこの人物であれば、離れていた間の話を聞くというだけの用であれば、そこいらの酒場にでも連れて行かれるはず。

 快活で豪胆で、おおよそ食事作法などの類を好まぬ人であるだけに、王城の一室でこうも優雅な茶会を開くとは思えなかった。



「そう言われちゃ返す言葉もねぇな。確かにお前さんの言うところの、"悪巧み"を仕掛けてはいるがよ」


「ではサッサと本題へ移って頂戴。話を聞かない限り、ここを出しては貰えないんでしょ?」


「便所に行く時以外はな」


「なら尚更早く話すことをお奨めするわ。用を足しに行くフリをして逃げ出す前に」



 丁々発止とやり合う両者。

 ゲンゾーさんは件の悪巧みとやらの存在を隠そうともせず、サクラさんの促す言葉へ苦笑いを浮かべていた。

 そしてソファーへと浅く腰掛け、一転神妙な表情となって一つの提案を口にする。



「さくらの嬢ちゃんよ、ほんの少しの間だけでいいんだが、貴族ってもんをやる気はねぇか?」


「絶対にヤダ」



 重く、張り詰めた空気が一瞬にして応接間を支配する。

 そんな空気の中で発された、ゲンゾーさんの不可解な要請。

 ただそれがいったいどういう意図の物かと考える間もなく、サクラさんの至極簡潔な言葉が空気を弛緩させた。



「そ、即答かよ……」


「当然でしょ。なにをトチ狂ったこと言ってるの、認知がくるにはちょっと早いわよ」


「ワシをそこまでおっさん呼ばわりするのは、お嬢ちゃんくらいなもんだぞ……」



 嘆息するサクラさんの言葉に、ゲンゾーさんはガクリと肩を落とす。

 まさか事情の説明すらさせてもらえず、間髪入れず要請を蹴り飛ばされてしまうとまでは想定していなかったようだ。


 ただ貴族にとは言うものの、あれだって別にそうホイホイ人に与えられる称号ではない。

 どうやら期間限定であるらしいけれど、そんな立場を一介の勇者に与えようというのだから、酷く込み入った事情があるというのは想像がつく。

 きっとそれは、またもや面倒な事態に違いない。



「実を言うとこれには深い訳があってだな。聞きたいか?」


「別に聞きたくはないわね。それにたぶん聞いちゃうと後戻り出来なくなると思うから、止めてくれると助かるんだけど」


「そうかそうかそんなに興味があるか、なら話してやるしかあるまい。実を言うとだな、この王城では現在――」


「いや、だから止めなさいって!」



 とはいえゲンゾーさんもまた、このくらいで諦める気は毛頭ないようだ。

 身を乗り出してするサクラさんの抗議などどこ吹く風、実力行使とばかりに制止を振り切って、どんどんと事情を口にしていく。


 話しぶりからするとおそらくこれは、王城内で起きている何がしかの騒動に関するもの。

 権謀術数渦巻くなどと言われる、王城内部のゴタゴタを聞かされようものなら、それこそ逃げ出すことは儘ならない。

 間違いなく、碌な内容ではないのだから。



 大声によって構築された制止の壁を軽々と飛び越え、ゲンゾーさんは事情を語り続ける。

 その結果としてサクラさんへ求められたのは、王城内のゴタゴタ解決への協力どころな話ではなく、もっと中枢部分に関わるものだったのだ。



「つまりこういうことよね。私にそのトチ狂った人をなんとかしろと」


「間違っちゃいねぇが、もう少し言い様ってもんがあるだろうがよ。一応はこの国の次期国王だぞ」


「これは失礼。……とは言っても実のところ、そこら辺の話は詳しくないのよね。クルス君もあまり話題にしないし」



 ゲンゾーさんが話したのはこの国の王族の一人、次代の王とされる人物が少々問題を抱えているということ。

 王位継承権の第一位に当たるその殿下が、城下の酒場で働く娘に入れ込んでしまったようで、王を含めお偉方を悩ませているのだという。


 いったいどうしてそんな立場の人がと思うも、どうやら度々城を抜け出しては町に繰り出していたらしい。

 もっとも代々の王がそういった経験を多少なりとしているそうで、今代も社会経験の一環としてある程度見逃されていたようだ。

 それが結局、このような事態へと発展したのだけれど。


 ゲンゾーさんを含む側近らも、その件で国王陛下から相談されていたようで、対策をいくつか考えていたのだと言う。

 だが考えた対策を実行に移す駒が居なくて悩んでいたところに、ボクらが何も知らずノコノコと姿を現した。

 彼はこちらの姿を見た瞬間に思ったそうだ、"良い鴨が来た"と。



「なんだ小僧、王族周りの話しはまるで説明してねぇのか?」


「拠点を王都に構えないと最初に決めたので、そこまで必須の知識ではないかなと……。追々話す機会もあると思いましたし」



 サクラさんの言葉に首を傾げるゲンゾーさんは、こちらを見るなり怪訝そうに問うた。


 この国に生まれ育った人間であれば、王族に関わる知識は多少なりと持っている。

 しかし他国人どころか異界の人間であり、召喚後に受けるはずであった最低限の訓練や教養習得機会すら得られなかったサクラさんは、そこいらの知識が丸々ないのだ。

 それに立場上は騎士団に属しているとしても、そういった人たちに接する機会もそうあるものではないため、結局講義も後回しになっていた。



「そんなことより、どうして私なのよ。他にもっと適任が居るんじゃないの? ていうか最初に言ってた貴族になるって意味もまだわからないし」



 ともあれそこら辺は、後で話せばいい。

 サクラさんもそう考えたようで、ゲンゾーさんが何故自身へその話を持ちかけたのかと問い詰める。

 殿下と酒場の娘を引き離すだけであれば、別にサクラさんが間に入る必要はないのだから。



「あの坊主……、じゃない殿下だがよ、実は勇者って存在に並々ならぬ関心を持ってるのさ」


「勇者に? つまりおっさんに対しても興味を?」


「だから言い様ってのが……。まぁいい、つまりはそういうこった」



 つい先ほど自身がした注意をうっかり失念し、殿下を坊主呼ばわりするゲンゾーさん。

 彼によれば継承権一位の殿下は勇者に、というよりも勇者が持つ知識や技術といったものに強い関心が在るようで、可能な限り色々な相手と会いたがっているという。


 ただ立場上のこともあるけど、勇者たち自身もそこまで暇ではないため、そう頻繁に会えてはいないとのこと。

 逆に王城へ出入りする機会の多いゲンゾーさんは、好奇心を前面に押し出してくる殿下の相手を度々させられているのだそうな。



「具体的なところを言えば、勇者っていう優位を利用し殿下を籠絡してもらいたい。結果酒場の娘と引き離せれば、お偉方的には万々歳って話だ」


「ホント、おっさんたちが持ちこんでくる話は毎度碌でもないわね……」


「我ながらそう思うぞ。いやはや困ったもんだ」



 ガハハと笑うゲンゾーさんの声に、ボクとサクラさんはゲンナリ肩を落とす。

 言わんとしている事は理解できる。普通に綺麗な娘よりも、綺麗でなおかつ関心ある勇者であるというのは大きな強み。

 親交があるため頼み易いという理由も含め、きっとサクラさんはうってつけなのだとは思う。


 でもちょっとばかり、問題となる点がないでもない。



「でもサクラさんが相手でいいんですか? わざわざ酒場の娘と引き剥がすってことは、つまり相手の……」


「娘の地位が理由で引き剥がそうとしているのに、代わりが一介の勇者である嬢ちゃんでは不足があるって言いたいんだろ?」



 ちょっとばかり言い辛いことを、ゲンゾーさんはアッサリと口にする。

 殿下とその娘が相思相愛であるかは知らないけれど、国の中枢にいる人間たちが引き離そうとする辺り、理由としてはこれが一番ありそうだった。

 もしこれが有力な貴族のご令嬢などであれば、こんな話にはならないはず。これはこれでまた別の問題は発生するのかもしれないけれど。



「都合良く言葉を濁しても、殿下をその娘と引き離す一番の理由は、その娘が貴族じゃないからだ」


「なら私は論外じゃない」


「だから最初に言ったろう、"貴族にならねぇか"ってよ。地位がないってんなら、そこに置いちまえばいいのさ」



 ニタリと笑むゲンゾーさんに、サクラさんは言わんとしている事を察したか、またもや深く肩を落とす。

 きっとゲンゾーさんはこの後で、きっとこう言いだすに違いない。どこかの貴族家へと仮の養女にするとでも。


 案の定ほぼ同じ言葉を吐かれ、サクラさんもまた冗談ではないと返す。

 そんな一時的に与えられた立場でいいのかと思うも、ゲンゾーさんによれば建前上地位が伴っていれば、とりあえずは問題ないとのこと。

 あまりに適当ではあるけれど、案外その建前こそが最も重要なのかもしれない。


 ともあれ個人的には、サクラさんが男を籠絡するような真似をするのを見てはいられないし、単純に厄介極まるというのもあるため、ボクもまた拒否するべく口を開きかける。

 しかしゲンゾーさんはこちらが拒絶すると前もってわかっていたようで、チラリと卓の上へ視線をやり、独り言のように小さく呟くのだ。



「実を言うとその菓子、王都でも最高級の店で王族用に作らせている物でな。材料も贅を尽くしているせいで、普通には買えんのだ。値を付ければ大体このくらいか」



 そう言って彼は指を折り、卓に置かれた菓子の金額を示す。

 まさかと思い、ボクは菓子にしてはかなり高いと思える額を口にするも、ゲンゾーさんは大きく首を横へ振った。

 そして正解として伝えられたのは、想像していたよりも桁が2つも多いもの。


 硬直するボクとサクラさんの横で、アルマはさきほどから熱心に菓子へ手を伸ばしている。

 口の周りと手をベタベタにした幼い少女は、件の異様に高額な菓子を、ほぼ全て平らげた後であった。



「は、払わないわよ! 第一そっちが食べるように言ったんじゃないの」


「はて、そうだったか? ワシもそれなりに齢なせいか、最近特に物忘れがなぁ」


「このおっさん、都合の良い時だけ……」



 なんとも小賢しい手段だとは思う。

 おそらくゲンゾーさん自身、こんな事を理由に頼めるとは思っていないだろうけれど。


 彼は菓子云々は置いておくとして、別途報酬は寄越すと確約してきた。

 ただ今回の報酬は、温泉地への招待や武器工房への口利きなどというものではなく、越境申請に関する口利きをするというもの。

 元々それが目的であったし、普通にやっていれば最低3ヶ月はかかるだけに、一瞬悪くはないと思えてしまう。



「毎度こっちの足元を見るのが上手いわね」


「褒め言葉だなそりゃ。ワシの得意分野だ」


「一切褒めてないわよ! ……ああもう、受ければいいんでしょ受ければ! 報酬とは別に貸し一つだからね」


「おうよ、菓子だけにな」



 アルマの両親を追うのであれば、可能な限り早い方がいい。

 サクラさんはそう考えたのか、ある程度の金銭面での報酬も条件に、渋々ながらも了解をする。

 ただボクにはどうも冗談を言い笑うゲンゾーさんが、まだなにか重要なことを隠しているのではないかと、疑念を持たずにはいられないのだった。



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