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不死者の町 08


 3日後の深夜。ボクとサクラさんは町の入口へと立ち、腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。

 目の前へと立つのは、メルツィアーノへ住む住民たち。そしてその先頭で苦々しい表情を浮かべる町長。



「さぁ、これで信じて頂けたかしら?」


「ほ、本当にアレを破壊したというのか……」


「目の前に在る光景をお疑いに? だとしたら目に異常があるのやもしれません、町長の職など辞して、療養をされるようお勧めしますが」



 苦渋の色を露わとする町長へ、サクラさんは嫌味たっぷりな言葉を放つ。

 流石の町長もこれには顔を赤くするのだが、実際に町の外に在る風景を見せられては何も言えない。

 なにせサクラさんが"黒の聖杯"を破壊してから3日、本当に魔物は一切現れていないのだから。


 あれから毎夜、確認のため監視を行っている。

 普段であれば2日に一度は現れるはずの魔物が、住民たちも見守る中で実際に見られない以上文句のつけようがない。



「では町長、約束の報酬を」


「そ、それは……」


「まさか払えないなどと仰いませんよね? こちらの手元にはありますよ、貴方の署名入りの誓約書が」



 畳みかけるサクラさんの言葉に、動揺し後ずさる町長。

 はぐらかされては困ると、一応念のために町長と報酬に関する覚書を交わしている。こいつがある以上、知らぬ存ぜぬでは済まされない。

 もし突っ撥ねるようなら、ボクらだって出るところに出るくらいの覚悟はあるのだから。


 町長は後ろを振り返り、住民たちへと意味あり気な視線を送る。

 ただ住民たちはその目を逸らし、一切助け舟を出そうとしない辺り、本当のところ町長はあまり好かれていないのかもしれない。



「アレは結局、アンデットなどではなかったのだろう。ならば無効だ! ワシはアンデットを生む物を破壊しろと依頼しただけで……」


「そんな言い訳が通用するとでも?」


「くっ……。わ、わかった。持って行け」



 言い訳を口にはするも、流石にもう逃げられないと観念したのか、肩を落とす町長は大きな麻袋を取り出す。

 サクラさんはそれを受け取り、おおよその確認だけを済ますと、納得したように頷いた。

 ただ彼女はこれだけで満足していないのか、ボクが想像していなかった内容を切り出す。



「確かに頂戴しました。それともう一つ」


「ま、まだ何かあるのか?」


「こちらは報酬よりも重要です。町長には是非とも、この場でして頂きたい事が」



 いったいなにを要求しようというのか。ジッと町長を見据え、静かに呟くサクラさん。

 彼女は緊張に息を呑む町長に向けていた、硬い仮面の笑顔を崩すと、明確な怒気を感じさせる声を吐き出す。



「クルス君とその両親を臆病者呼ばわりしたこと、町から逃げ出したと言ったこと。これら纏めて謝罪してもらいましょうか、今ここで」


「そんなこと、出来る訳が……」



 サクラさんが発した言葉に、ボクもまた驚きに目を見開く。

 ボクなどは町長のしたその言動に心底腹が立っていたけれど、今はなんとかその苛立ちも収め、屈辱に濡れる町長を見て溜飲を下げていた。

 しかしサクラさんは、実のところそうではなかったらしい。


 大勢の住民たちを前に、頭など下げられないと食い下がる町長。

 そんな町長へとサクラさんは無言のまま近づき、平然とその胸ぐらを掴むと、抑揚のない声で告げる。



「それならそれで構わない。ただ……」


「……ただ?」


「お前が発した一字一句、全てを報告させてもらう。メルツィアーノの悪評は広がる、金輪際勇者が誰一人として訪れない程度には」



 サクラさんの発した脅しに、町長は一瞬困惑するもすぐさま青褪める。

 元々ここは勇者が寄りつかない土地だ。ボクらが居を置く、港町カルテリオよりも遥かに。


 しかしだからと言って、勇者がまったく来てくれないというのは死活問題。

 なにせ実際のところこの地を襲う魔物は、あのアンデットモドキだけではない。アレが目立っていたせいで話題に上らないけれど、魔物による被害はどうしたところで常に存在する。

 実際この後で勇者支援協会には報告をするけれど、その内容次第では以後勇者の派遣を渋られるかもしれなかった。


 明確な脅迫だ。とはいえ町長にとってそれはどうしても避けねばならぬ事態。

 すぐさま地面へと膝を着き、深く頭を下げ謝罪を口にしていた。



「どうかしら?」


「本心からとは思えませんけど、別にもういいですよ」



 こちらを振り返るサクラさんの言葉に、軽く肩を竦めて返す。

 どちらかと言えば許したというよりも、もうどうでもいいという感情の方が近いか。


 それよりもボクのために怒り、ここまでしてくれたサクラさんに対し、ありがたいやら申し訳ないやらという気持ちが先に立つ。

 いや、より正確には嬉しいという感情だ。



「それじゃ、行きましょうか。まだ深夜だけど」



 ボクの言葉に頷いたサクラさんは、置いていた荷物を拾い上げて背負う。

 既に町を発つ準備は万端。ここまでの3日で粗方顔見知りへの挨拶も済ましたし、故郷であっても元々あまり良い想い出がなく、名残りを惜しむこともない。

 それにまだ夜が明けるまで時間はあるけれど、あまり留まろうという気はしなかった。

 しばらく行った先には別の町もある。そこで乗合馬車を待てばいい。


 すぐ横で眠そうに目を擦るアルマの手を握ると、先に歩き始めたサクラさんに続く。

 ただふと思い出したことがあり、頭こそ上げているが膝を着いたままな町長に近付き、ボクも念のため釘を刺しておくことにする。



「ボクからも一つだけ」


「ま、まだあるのか」


「そのうちお師匠様がこの町へ帰ってくると思いますけど、下手な嫌がらせはしないことです。……こればかりは、ボクも容赦する気は無いので」



 淡々とそう告げると、脱力する町長を置いて真っ直ぐにサクラさんを追った。



 アルマの手を引き、暗い夜道を延々と歩いていく。

 小一時間ほど進んだだろうか、流石に眠気が限界を迎え歩を止めたアルマを背負うために立ち止まったところで、ようやく一度だけ振り返る。

 ここまで来れば町の明りもごく小さくしか映らず、ランプの明りで狭く灯された街道の上で息をつく。


 これだけの時間一度として振り返らなかったことで、今更ながら故郷への未練の無さを自覚する。

 王国南部の海辺に建つ港町が、その市街中心部にほど近い邸宅がボクらの帰る場所なのだと、今更ながらに実感できた。



「悪かったわね、最後に一騒動起こしちゃってさ」


「いいですよ。むしろあそこでサクラさんが言ってくれてなかったら、後々思い出して鬱憤を溜めていたと思いますし」


「なら私は気が利いていたってことになるのかしら?」


「たぶん。それに……、ボクはとても嬉しかったです」



 アルマを背負うボクへ振り返ったサクラさん。

 彼女のやりすぎたかと言わんばかりな謝罪に、ボクもこの時ばかりは、素直に自身の感情を口にしてみる。

 嘘偽りはない。ボクのことで怒ってくれていたサクラさんに、事実そう思ったのだから。


 それにもしあそこで口を閉ざし報酬だけ受け取り去っていたら、お師匠様への手紙にもなんて書いていいのかわからない。

 お師匠様にとって、ボクの両親は親友でもあったのだ。あそこで黙っていては、後々で閉口されてしまう。



「そ、そう言われると保護者冥利に尽きるわね」


「保護者、ですか。せめて相棒とか言ってくれると、もっと嬉しいんですけど」


「大人みたいな一丁前の発言は、もっと背が伸びてからしなさいな。もしくは鍛えてからね。アンデット相手にあのへっぴり腰な攻撃、正直見てられなかったわよ」



 発した正直な言葉のせいか、ランプで照らされるサクラさんの頬はより赤く染まる。

 彼女はその顔を隠すためだろうか、すぐさま顔を背けると、ボクへのダメ出しを繰り出してきた。


 そんなサクラさんの様子に苦笑していると、彼女は振り返りゲンコツを振り降ろすフリだけをした。

 ボクはそれが実際にはされぬと理解しているため、逃げ出す素振りだけを見せ返す。

 サクラさんはそのやり取りを終えると表情を緩め、再び歩を進めながら口を開いた。



「それにしても、結局君のお師匠様には会えず仕舞いか」


「こればかりは仕方がありませんよ。何処へ行ったかも、いつ帰ってくるかもわかりませんし、いずれまた会いに来るとしましょう」


「今回の件で、帰り辛くなったりしてない?」


「……少しは。でも大丈夫です、そのくらいじゃ折れませんから」



 サクラさん当人も会いたがっているし、ボクもまた師匠へと直に紹介をしておきたい。

 いくら帰り辛くなったとはいえ、ここばかりはなんとか成しておきたかった。


 それにあの様子だと、住人たちから町長は信用を失っている。

 世襲をするようなものではないだけに、次に来た時には別の人間があの椅子へ座っている可能性は高そうだ。

 であれば次に故郷へ顔を出した時、そう無闇な扱いはされないと思う。



「ならまた次回ね。とりあえず次は王都かしら」


「はい。国境越えの申請もありますし、サクラさんの武器がどうなったかも確認しないと」


「そういう事なら急ぎましょ。前回王都へ行った時は、まったく観光もできなかったもの。今回は少し羽を伸ばすわよ」



 意気揚々と、歩をほんの少しだけ速めるサクラさん。

 元々ここへは、近くへ来たからついでに寄っただけに過ぎないのだ。

 カルテリオへ帰る前に王都へと寄り、アルマの両親を追うため越境するための許可を求めなくてはいけない。

 それに王都の工房には、サクラさんの弓を注文しているのだ。こちらも覗いて完成しているかを見ておかないと。



「サクラさん、置いて行かないで下さいよ!」



 ボクはアルマを背負い直し、同じく足を速めていく。

 そして山の向こうが徐々に白み始めていく風景の中、必死にサクラさんを追うのであった。



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