不死者の町 06
目の前へ現れた"それ"は、大きさにして一抱えほどの真っ白な塊だった。
繭、なのだろうか。絹を思わせる純白の表面は艶やかで、雲の隙間から差す月明かりを受け輝いている。
見たこともないそいつの姿に、ボクはただ立ちつくし困惑を露わとするばかり。
「たぶんだけど、こいつは菌糸類の類ね」
「キノコとかのですか? でもこんなの、今まで見たことは……」
「となるとただのキノコってことはないんでしょ。なにせアンデットから伸びた線の先に有ったんだから」
畑の土中から出現したアンデットの足元からは、白い粘液状の筋が遠くへ伸びていた。
不審に思い辿って行きつき見つけたのが、この白い物体なのだけれど、サクラさんの言うようにただの白いキノコであるとは思えない。
となるとこいつは、魔物に関わるものと考えるのが普通。
でもいったいどういう代物なのかと思っていると、真っ白なそいつは一瞬だけ淡い光を放ったかと思うと、根元から白い粘液を伸ばし始めた。
「な、なんですかこれ!」
ボクの股下をくぐって伸びるその筋に驚き、飛び跳ねてサクラさんの背後へ逃げる。
我ながらかなり情けない反応だとは思うけど、彼女の後ろへ隠れつつ様子を見ると、伸びた白い粘液は真っ直ぐ町の方へ向かっていた。
そして少しばかり離れた場所に在る、畑へと達した所で止まる。
「普通の菌糸が増殖する速度ではないわね。ということは」
「と、ということは?」
「見てればわかるんじゃない? たぶん想像した通りのことが起きるだろうけど」
ボクが情けない姿で隠れていることなど気にもせず、サクラさんは伸びた粘液の先を凝視する。
彼女に倣いボクもそちらを注視すると、粘液が達した畑の上で、なにやら不可解な現象が起き始めているのに気付く。
ついさっき白い塊がしてたのと同じく、一瞬地面が淡く発光したかと思えば、直後にボコリと土が盛り上がる。
土を割って現れたのは、メルツィアーノやお師匠様の家を襲ってきたゾンビ。
そいつは立ち上がるなり、何事も無かったかのようにゆっくりと町の方向へと歩いていった。
まさかと思い再度白い塊へ向いてみると、粘液状の筋は何度となく現れ畑の方向へ。
畑へ達し、発光し、アンデットを生み出す。これを延々と繰り返していく。
「クルス君、火を頂戴」
「え? あ、はい!」
突然に発したサクラさんの言葉に、慌てつつも背負った背嚢から火打ち石を取り出す。
小さな布を拾った木枝に巻き付け、それに常に携行している油を垂らし、火打ち石で火を点けサクラさんへ。
彼女は迷うことなく火を白い塊へ放ると、そいつはまったく抵抗なく燃え炎上していく。
見れば炎は粘液の筋へと伸び、丁度生み出されかけていたスケルトンへと達する。
骨がただ焼かれただけで倒れるなどということはないはずなのに、スケルトンは火に巻かれた瞬間に動きを止め、半身を土に埋もれたまま倒れていった。
「決まりね。たぶんあいつらはアンデットなんかじゃない、こいつが操っているただの土くれよ」
「てことはつまり、魔物ってのは……」
「ええ、黒の聖杯が生み出した魔物の本体はこっち、こいつを叩けばアンデットの発生は止まる!」
ニヤリと確信を得た表情で、サクラさんは燃えていく白い塊を指さす。
てっきり黒の聖杯によって、直接アンデットが生み出されたと思っていたけれど、おそらく本当の魔物はこちら側。
こいつが吐き出す菌糸によって、畑の土が形作られていただけなのだと。
もしそうであれば、諸々納得のいく部分がでてくる。
倒した途端に土へ変わってしまったり、畑へその土を撒いても一向に増えたりしない点などだ。なにせ材料として土が消費されていたのだから。
朝日を浴びて消滅してしまうのも、きっとこいつそのものが陽光に弱いため。
ゾンビやスケルトン、というよりも土で形作られた代物が、これだけ大量に居るというのに、黒の聖杯を見かけなかった理由もだ。
なにせ本体は離れた場所で、こちらの知らぬ存在を生み出していたのだから。
「そうとわかれば善は急げよ。クルス君、火矢が大量に要るから用意して」
「大量にですか?」
「あんな100体超えの土を生み出してたんだから、魔物がこれ1体とは思えない。おそらくこの辺り一帯、至る所に居るはず」
「……わかりました。すぐ準備します」
サクラさんの言葉へ頷き、ボクはすぐ背嚢から諸々の道具を取り出していく。
黒の聖杯を破壊する云々というのは、実際見つかるかどうかもわからない話しなのでひとまず先送りだ。
今はまずここいら一帯にあると思われる、白いキノコ状の魔物を燃やしていかなくては。
さきほどと同じように、油を含ませた布を用意し、それを矢筒から取り出した矢に1本ずつ巻き付けていく。
既にサクラさんは槍を置き、腰へ据えていた弓を手に握り、ジッと遠くを観察している。
そして一瞬ピクリと目元を引き締めたかと思うと、矢を手に取り地面で燃やしている木枝から火を移す。
「1……、2……。ここから見えるだけでも5つ、届くかしら?」
そう呟きつつ、彼女は火矢を引き高く射放った。
大きな、とても大きな放物線を描き飛ぶ赤い軌跡は、遠くで地面へと達するなり強い光を発する。
夜間であるのに加えサクラさんほど目が良いわけではないけれど、……たぶん当たったのだと思う。
相変わらず勇者の身体能力は、常軌を逸したものがある。
いくらスキルの恩恵があるとはいえ、こんな暗い中で対象を探し、正確に命中させるのだから。
勇者たちの高い能力はどうやら、元来あちらの世界で持っていたものというより、召喚をされることで得たものであるという話は聞く。
どういう理屈かは知らないけれど、それをちゃんと扱えているのだから大したものだ。
「次を頂戴、この調子でいくよ」
「は、はい!」
「連中がアンデットじゃないならこっちのもんよ。よくも私をビビらせてくれたわね……」
小さく舌なめずりし、不敵な笑みを浮かべるサクラさん。
なにやら逆恨みめいた感情が漏れ出ている気もするけれど、そうと知った以上はもう怖いもの無し。
彼女は意気揚々新しい火矢を引き絞ると、次なる標的へ向け大きく射放つのであった。
その後サクラさんは次々と、火矢を用いて白く巨大なキノコと言える魔物を燃やしていく。
あんな魔物、見たことも聞いたこともないけれど、実際目の前にあったのだから信じる他ない。
町へと向かっているアンデット、……もとい菌糸によって操られた土ゴーレムの方は、元々そこまでの脅威ではないため放っておいてよさそうだ。
ただ大本である黒の聖杯を破壊しなくては、きっとこの事態は繰り返される。
なのでこの広大な平野で、どうにかして探し出せればと思っていたのだけれど、ボクは白いキノコ型魔物を狩っていく最中、ふとある事に気が付いた。
「サクラさん、さっき燃やした場所なんですけど、魔物が復活していませんか?」
ふと何気なしに振り返った先、遠い場所へと白いそいつが鎮座していた。
ただあの場所はついさっき、サクラさんが火矢を射て魔物を討った場所なはずなのに。
「見間違いじゃないの。これだけだだっ広いんだから」
「たぶん間違いではないと思います。ほら、燃えた痕跡が」
気のせいではないかと告げるサクラさんだけど、おそらくこれは正しい。
ボクが指差した先にあるのは、少しだけ焼け焦げた地面の跡。
夜明けが近づき、うっすらと明るくなってきた中で見えるそれは、サクラさんの放つ火矢によって、魔物が燃やされた痕跡であった。
「それじゃ、まったく同じ場所に魔物が現れたってこと?」
「おそらくは。欠片でも残っていて、それを元に再生したのかもしれません。もしくは」
「こっちが余所を向いている間に、あそこへ黒の聖杯が現れたって可能性ね。……試してみる価値はありそう」
ボクとサクラさんは互いに顔を見合わせ、頭へ浮かんだ可能性に頷き合う。
言葉には出さないまでも、互いに考えている事など明らか。
すぐさまサクラさんは新たに現れた白いキノコの魔物を捨て置き、周囲をグルリと見回す。
そして火矢で倒し燃えた個所を幾つか確認すると、ジッとそちらを凝視した。
「……見つけた」
スッと上げたサクラさんの指が差す方向を見てみれば、そこには今まさに姿を現さんとしていた白いキノコ型の魔物が。
そしてそいつの背後で浮かぶ、小さな杯の姿が。
"黒の聖杯"を見るのはこれで2度目。ただ今そのことよりも、これでほぼ確信を持って言えることがある。
「どういう理由かは知らないけど、同じ場所にあの魔物を召喚するってことね」
「なら今の内に破壊を……」
「そうはいかないみたいよ。もう消えた」
破壊しなくてはいけないのは、魔物そのものではなく聖杯の方。
ならばこれ以上数を戻される前に破壊をと思うも、魔物を召喚した直後、すぐさま黒の聖杯は姿を掻き消していた。
どうやら現れているのは一瞬だけ。姿が消えるだけなのか失われるのかは知らないけれど、魔物を召喚する時だけしか現れないらしい。
「でもどこに出現するかの見当はついた。次は多分、あっち!」
サクラさんは火の点いていない矢を掴み、番えて引き絞る。
そして次に姿を現した黒の聖杯へ向け射るのだけれど、矢が達するほんの僅か前にそれは掻き消え、無情にも矢は地面へ刺さった。
「これはまた随分とシビアなタイミングね……。クルス君、大変だと思うけど君は走ってアレを燃やしていって。私は聖杯が現れた隙を狙う」
出現から魔物を召喚、そして消えるまでほんの短い時間でしかないとなれば、丁度現れる瞬間を狙うしかない。
ボクはサクラさんの言葉へ頷くなり、白い菌糸型の魔物を燃やして回るべく、燃える木枝を手に走りだすのであった。