不死者の町 05
ノソリ、ノソリと歩を進め、時折唸るような声を上げる腐った死体。
そして歩くたびに骨が打ち鳴り、力なく右へ左へと首が傾く骸骨の戦士。
だだっ広い平野部に敷かれた畑や道の上を、そいつらアンデットと呼ばれる魔物たちは進んでいく。
毎度毎度集団で現れる連中だけれど、その動きには秩序だったものが一切感じられない。
とはいえそれも当然で、なにせゾンビにしろスケルトンにしろ本来持っていたと思われる脳がなく、そのため思考を要する行動など取れようはずがなかった。
「えっと、本当に大丈夫ですか?」
「あ、当たり前でしょ! この私にかかったら、アンデットの1匹や2匹どうってことないわよ」
そんなアンデットたちがメルツィアーノへ迫る中、ボクとサクラさんは町の入口へ立つ。
ただ腕を組み堂々と立つサクラさんなのだけれど、どこかその声と脚は震え気味。
幼少時に祖父から受けた悪戯が切欠でアンデット嫌いとなった彼女は、町へ迫らんとする魔物を前に緊張し通しであった。
「1匹や2匹だったら、ボクであっても大したことはありませんけどね。たったそれだけの数では済みませんが」
「わかってるわよ。……ああもう、ちょっとクルス君!」
「な、なんですか?」
「ちょっと私の頬を叩いて頂戴、そうすればたぶん覚悟も固まるから」
突然に大きな声を上げたかと思えば、サクラさんは少しばかり腰を屈めてボクの前へ顔を差し出す。
そしてとんでもないことを言い、自身の頬を指さした。
ボクの非力な一発など、たぶんサクラさんには蚊の止まるようなものに違いない。
けれども大した理由なくそれをするというのは抵抗があり、サクラさんの顔を前にどうしたものかと狼狽える。
とはいえずっと差し出され続ける顔を見ないフリもできず、仕方なしに軽く彼女の頬へと掌を当てた。
パチリという極々軽い音。我ながら力の無さ過ぎるそれに、サクラさんは不満気にジトリとした視線を向けてくる。
「……かなり物足りないけど、まぁいいわ。さあクルス君、気合入れていくわよ!」
彼女は物足りないとばかりに、両頬をバシリと強く平手で打つ。
そして自身へも一喝するかのようにボクの名を呼ぶと、地面へ突き刺していた武器を手に取った。
この世界へ召喚されて以降、魔物らと戦い続けてきたという経験のおかげか、いざとなれば肝が据わっている。
「わかりました。今回はボクもやってみせますよ」
「でも無茶はしないようにね。私も慣れない武器だし、いざって時に助けてあげられるとは限らないから」
「り、了解です!」
ボクもまた戦うべく、置いていた金属製の細い棍棒を手にする。
一方サクラさんが持つ武器は、普段から使っている愛用の弓ではなく、メルツィアーノで手に入れた簡素な槍。
弓矢も一応持って来てはいるけれど、今回彼女が主に使う武器はこいつだ。
意を決したボクらは100以上……、いや下手をすれば200体に迫る魔物の群れへと突っ込んでいく。
こちらの接近を察知したアンデットは、ゆったりとした動きで腕を振り上げると、そのまま真っ直ぐ振り降ろしてくる。
ただあまりにも遅いそれだけに、ボクのように貧弱な召喚士でも回避は容易。ほんの少しだけ後ろへ下がって避けると、思い切って棍棒を横薙ぎに振った。
「いけそうです! これならボクにも」
「油断しないの、一撃でも喰らったら大怪我するんだから!」
たったの一発、それだけでスケルトンの骨は砕け、地面へとバラバラに崩れ落ちていく。
やはりアンデットは弱い。そう確信できる状況に、ボクは機嫌よく表情を綻ばせた。
ただ直後にサクラさんが叱咤したように、回避をしくじれば立場は逆転してしまう。
動きは遅くとも、意外に力は強いアンデットだけに、ボクの身体程度であればすぐ弾き飛ばされてしまうのだ。
「やり難いったらないわね。一撃で倒せるのはいいけど、今度は土が邪魔になる!」
一時的とはいえアンデット嫌いを強靭な精神で無視しているのか、引き攣った表情ながらも、槍を四方八方へと降り回し多くの魔物を屠っていくサクラさん。
彼女の周りにはアンデットらが倒された後、すぐさま変質した土が大量に積もっていく。
朝の陽光を浴びただけでなく、こうした物理的な攻撃によってもそうなるのだ。
ただこの光景を前にして、ボクもまたサクラさんが発していた言葉になんとなく納得するものを感じる。
倒れれば土へと還ってしまうアンデット、その存在にこれまで疑問など抱いてこなかったけれど、確かにおかしいように思えてしまう。
地面へ崩れ落ちるや否や、それまで腐肉や骨であった身体が一変、土へと変わっていく光景はあまりにも不自然であると。
「クルス君、やっぱりこいつらおかしいわよ」
「……ボクにもそう思えてきました。こいつら本当にアンデットなんでしょうか」
これはそういう魔物である。そう言われれば否定しようはないのだけれど、それでも不自然さは拭えない。
もしアンデットという魔物が、倒された後でこのように土へ還る特殊な性質を持つのであれば、一度くらいは他所でも話題に上るはず。
でも騎士団へ入り召喚士見習いとなってから、訓練過程で色々な魔物に関する知識も得てきたけれど、こんな話はされたことがなかった。
「このメルツィアーノ以外にも、アンデットが出る地域は僅かですが存在します。でもこんな話は聞いたことがありません」
「考えられる可能性としては、土に変わってしまうのが当然の常識であるってところかしら。でもそうじゃないんでしょ?」
「むしろアンデットを見たことのある人間の方が、圧倒的に少ないと思いますよ」
「となるとこの地方に居るこいつらが特別ってことね」
ここメルツィアーノは他国との国境付近に在る町だけれど、国を跨いで移動するような太い街道が通っている訳ではない。
言ってしまえばただの辺鄙な田舎町。旅人も、行商人も、そして勇者もほとんど寄りつかない土地。
ついでに魔物の被害に困ってはいても、急いで討伐しなくてはいけない程の被害ではなく、一応自分たちで自衛出来る範疇の脅威だった。そして勇者支援協会の支部もない。
つまり特異な性質を持つ魔物に関する話が、外へ情報が伝わり難いということだ。
とはいえそれだけであれば、ただアンデットの亜種であると言ってしまうだけで片付く。
でもどこか妙な違和感を感じられてならず、いったいどうしてと思い棍棒を振り回していると、ふと視界の端である光景を捉えた。
「サクラさん、アレを!」
目に映ったそれを指差し、サクラさんへと伝える。
そいつは今まさに畑の土を押し上げ、新たに生み出されようとしているアンデットの姿。
畑の数か所から頭を出し、ゆっくり這い上がってくるゾンビ。それに軽い体重を細い骨で支え、立ち上がり揺れるスケルトン。
どうやら今夜出現する連中は、まだその数を増やそうとしているらしい。
「……おかしいわね」
襲い掛かるスケルトンを薙ぎ払いながら、サクラさんはその光景に疑問を口にする。
そしてボクもまた、おそらく彼女と同じことを考えていた。
畑の中から生み出されたということは、この町で死に埋められた死体ではない。畑に埋めるなんていう風習は存在しないのだから。
となればやっぱり、この魔物たちは"黒の聖杯"によって召喚されたという事になる。しかし……。
「出現の仕方が違います! 前に見たのはもっとこう……」
「少なくとも地面を掘り起こしては出てこなかったわね。あの時はそう、得体の知れない液体が凝固したみたいだった」
困惑に言葉を詰まらせるボクの代わりに、サクラさんはゾンビへ斬りつけながらも頷き肯定してくれた。
一度だけ見た、"黒の聖杯"から魔物が生まれる瞬間。
それは杯から零れ落ちたドス黒い液体が地面へ溜まり、そこから魔物が生み出されるというものだった。
しかし今見えているのはそれと異なり、新芽が土を押し上げるかのよう。
おまけに肝心な黒の聖杯がどこにも見当たらない。
ならばいったいどういう理由でと思っていると、サクラさんは新たに現れた魔物に、少しばかり違う点を見つけたようだ。
サクラさんの向ける視線の先を見れば、起き上がったばかりなゾンビらの足元へと、なにやら白い粘液状のものがついているのに気付く。
その白い粘液は幾本もの筋となって魔物へ伸びており、途中で1本に纏まり遠くへ伸びていた。
「こいつは何かありそうね。行くわよクルス君、遅れないでついて来なさい!」
「え? ちょ、ちょっと待ってくださいって!」
その奇妙な光景を直感的に打開策と考えたか、サクラさんは一気に数体のアンデットを屠ると、白い粘液が伸びる方向へ駆けていく。
ボクもまた彼女に置いて行かれまいと、目の前に居たスケルトンをなんとか叩き伏せ、素早く駆ける彼女を追うのであった。