不死者の町 04
お師匠様の家周辺の土を片付け終え、来たのと同じ道を辿ってメルツィアーノの市街地へ。
これから王都へ向かうのだから、折角なのでゲンゾーさんたちへ手土産でもと考え、この土地の産物を物色していた時だ。突如として背後から声を掛けられたのは。
振り返ってみれば、そこに居たのはボクと同年代の娘。
いまいち記憶になかったけれど、彼女はこの町で生まれ育ったそうで、ボクとも面識があるとのことだった。
その彼女は金物屋のおじさん経由で、召喚士となったボクが勇者を連れ帰省していると知り、昨日から探していたのだと言う。
町長の娘であるという彼女に半ば強引に引っ張られ、ボクらは家へと招かれる。
そこで彼女の父親、つまりはメルツィアーノの町長と顔を合わせるなり、開口一番こう告げられるのであった。
「魔物の討伐を依頼したい」
町長からされたのは、勇者と召喚士にとってとても聞き慣れた言葉。
基本的には勝手に出歩いて魔物を狩るボクらも、町商人など地元の人間から、魔物の討伐を依頼されることがある。
魔物が持つ素材を入手したい、あるいは危険な魔物を減らして欲しい。そういった理由でされるのだけれど、きっと今回は後者の方だ。
しかしボクはメルツィアーノの出身だからこそ、この依頼に対し疑問を抱く。
「えっと、それって必要なんですか?」
「……どういう意味だね」
「ボクもこの町の出身なのでわかりますけど、この町はそこまで魔物の被害は大きくありませんよね? そりゃ多少畑を踏み荒されるので、一切悩まされていないとは言いませんが」
町長がボクらをジッと見ながら告げた内容に、少しばかり困りつつ返す。
なにせ町の周囲を柵で厳重に囲い、夜は出歩かないというのを徹底しておけば、魔物による被害などほとんどないのだから。
畑を越えてくるため、アンデット達が作物を踏んだりはするけれど、大抵そういったことに強い作物を育てているため被害は然程でもない。
なのでわざわざ、勇者に依頼をしなくてもと思ったのだけれど、町長は大きく息を吐き首を横へ振る。
「お前が町を離れてからの数年で、魔物の発生数は格段に増えた」
「他の地域でも魔物は増えていますが、メルツィアーノはそれ以上、ということですか?」
「他所のことなどは知らん。ともあれ近年は作物への被害も馬鹿にならんし、時折老朽化した柵を突破される時もある」
憮然とした様子で、対面のソファーへ腰かけ足を組む町長。
そのどこか尊大な態度に少しだけ不快感を覚えつつも、気を取り直し話を聞く。
話によれば昨夜お師匠様の家が襲われていた頃、メルツィアーノもまたアンデットに囲まれていたようだ。
そういえば町へ入る時、土を片付ける人たちの人数がやけに多かった気がする。
ということはボクの記憶を遥かに超え、昨今町を襲う魔物の数は増しつつあるらしい。
「勇者にとってはアンデットなど雑魚に過ぎんと聞く。我々ですら倒せるのだ、当然だろうがな」
「……それはそうですが、あれだけの数だとキリがありません。やるなら"黒の聖杯"を狙わないと」
「ならばそうすれば良かろう。魔物を滅ぼそうとせぬ勇者に何の価値がある、嫌だなどと言わんだろうな?」
なにやら随分と悪意を感じる人物だ。
サクラさんを召喚して間もない頃であるけれど、港町であるカルテリオへと向かう道中、一緒であった商人から聞いたことがある。勇者という存在は、所によってはあまり歓迎されないのだと。
人の枠を超えた力を持ち、多くの魔物を屠っていく様から、魔物と同一視し恐れる人間も存在するということだ。
きっとこの町長もそうで、サクラさんら勇者のことを、召喚士が使役する化け物か何かだと思っている。
まさかボクの故郷で最も上に立つ町長がそうであるとは思ってもみず、憤りとも呆れともつかぬ感情が押し寄せる。
一瞬だけサクラさんへ視線を向けると、彼女はチラリと平静そうな目でボクを見ていた。
きっとこれは「耐えなさい」という意味であり、ボクはグッと言葉を飲み込む。
それにしても、黒の聖杯を破壊しろなどと簡単に言ってくれるものだ。
まず見つけることすら一苦労。少し前にカルテリオ近くの森で遭遇したけれど、アレだって直に見たのは初めてだ。
「ここいら一帯の広い土地を、たった2人だけで探すというのは難しいです。これから王都にも向かわねばなりませんし、協会に依頼して勇者を数人派遣してもらっては……」
「臆病風にでも吹かれたか? これと同じ依頼をお前の両親にもしたが、結局は成し得なかった。子であるお前が引き継ぐのが当然であろう」
「それは……」
「流石は親子、よく似ている。どうせあいつらもどこかで野垂れ死んだのではなく、依頼を果たせぬ批判を恐れ、お前を置いて逃げたのだろうさ」
挑発なのか、それともただの侮蔑なのか。
町長がこちらに依頼を受けさせんと発する言葉に、ボクは密かに拳を握りしめる。
以前お師匠様から聞いた話によれば、両親は昔のボク同様に、一部の住人たちとは折り合いが悪かったらしい。
なのにどうしてこの町に居を置いたのかは、お師匠様も知らないそうだけど。
よもやその頃の話を持ち出されるとは思ってもみず、ボクは歯噛みしただ耐えるばかり。
ただ町長のする侮蔑が、今はこの土地を離れているお師匠様に及びかけたところで、遂には我慢の限界を超えた。
目の前の男を殴りつけるべく腰を上げようとしたところで、強く肩を掴まれる感触に気付く。
「……町長さん、この場合報酬は如何ほど頂けるのかしら?」
堪忍袋の緒が切れたボクを抑えるサクラさんは、静かな口調で問う。
さきほどからする町長の言動に対する苛立ちが勝っているのか、普段よりもずっと強固に作られた笑顔の仮面を張り付けたまま。
逆に恐ろしさすら感じさせるその表情に、町長も若干たじろぐ。
「ほ、報酬だと……」
「当然。勇者と召喚士へ依頼をするんですから」
「こいつの両親が失敗した依頼だ! 子が責任を負うのが当然だろう!」
「つまり払う気は無い、と?」
スッと笑顔を引っ込めたサクラさんは、その黒い瞳をギラリと町長へ向ける。
普通の人であっても、このような視線を受ければ言葉を詰まらせてしまうし、横で見ているボクですら恐怖感に背筋が凍る。
特にサクラさんを人ならざる存在と見ているであろう町長にとって、これは酷く恐ろしいものであったようだ。
慌てた様子で金銭での支払いを口にするのだが、町長が告げた額は微々たるもの。
たぶんこの町で2泊もすれば、アッサリ消えてなくなる程度の額でしかなかった。
当然そんなもので納得するはずもなく、サクラさんはその100倍に迫る金額を要求。
町長は一瞬ふざけるなと罵声を浴びせかけるも、「なにかご不満でも?」と一瞥するサクラさんの迫力に負け、大人しく報酬支払いを約束した。
とはいえなにもサクラさんとて、極端に暴利を貪る額を要求してはいない。これはあくまでも常識的な、そして相場の範疇内と言える金額だ。
それにきっと町長もわかっているはず。他地域から勇者を数人呼ぶよりも、ずっと安上がりであると。
「では町長さん、約束をお忘れなく。もしお忘れになられていたら、教えて差し上げるためにまた参りますので」
「さ、さっさと出て行け!」
アッサリと脅し……、もとい交渉を済ませたサクラさんは、立ち上がるなり再び笑顔となって一礼する。
そして罵声を向けてくる町長を無視し、ボクとアルマの手を引きそそくさと町長宅から出るのであった。
「アルマ、あのおじちゃんキライ」
町長宅から出て、開口一番そう告げたのはアルマだ。
ムスリとした表情をし、幼いながらも明確な敵意を感じ取っていたのか、町長を嫌いであると断じていた。
「同感ね。私もあの人は好きになれないかな」
「いっしょ?」
「そう、一緒。アルマと私、それにクルス君もね」
むくれるアルマを抱き上げるサクラさんは、そう言って鼻先をつつく。
そんな接し方に機嫌を良くしたのか、アルマはもう町長のことなど忘れたかのように、笑顔となってサクラさんへ抱き着いていた。
ただ何にせよ助かった。
あのまま町長を殴り飛ばしていたら、ボクの気は多少晴れるかもしれないけど、きっと騎士団へ盛大な苦情が行っていた。
事情を知れば同情的に感じてくれるかもしれないが、形の上では多少の処分はされてしまう。
なのでサクラさんには感謝をしなくてはと考えていると、その彼女はアルマを抱き抱えたまま、ボクへと小さく苦笑し口を開く。
「クルス君がこの町に馴染めなかった理由、なんとなくわかったわ」
「ボクがまだこの町に居た頃の、先代の町長はああじゃなかったんですけどね。でも結果的に出ていって正解だったみたいです」
「この様子だと、クルス君のお師匠様って人も大変そうね」
やれやれと肩を竦めるサクラさんの言葉に、ボクは困った素振りを返すことしかできない。
町長はそれとなく彼女をも侮蔑していた。故郷である町の長がそのような態度に出て、口惜しいやら申し訳ないやら。
サクラさん自身も怒り心頭であったろうに、今はもうそれを気にした様子などなく、ボクの背へ軽く手を触れ宥めてくれようとしていた。
「口惜しいだろうけど、ここは結果を突き付けて言葉を無くさせてやればいい。それで二度とふざけた口を利けなくしてやりましょ」
「は、はい」
「もし報酬を払い渋りでもしたら、尻の毛まで毟り取ってやればいいのよ。あんなおっさんの尻なんて見たくもないけど」
冗談めかしてボクを鼓舞するサクラさんの声に、抱えた怒りが霧散していくのを感じる。
ここであのような輩相手に激怒していても、ただやり場のないものが蓄積していくばかりで、何一つとして良い事などない。
ならばサクラさんの言うように、勇者と召喚士に出来るやり方で手痛いしっぺ返しを食らわせ、住人たちの前ででも報酬を支払わせてやればいい。
そこで逆に嫌味の一つでも言ってやれば、町長の面子も潰れるというものだ。
「一緒にやりましょ。私は相棒として、君に害意を抱く相手とも戦ってあげる」
穏やかな表情となったサクラさんの言葉に、ボクはつい目頭を熱くさせてしまう。
故郷の長から悪意を向けられたからといって、それが何だというのだろうか。
ボクには自身で召喚した勇者が、サクラさんがこう言ってくれるのであれば、それだけで十分ではないか。
目に溜まったモノを隠すべく、慌てて彼女から顔を逸らす。
そして誤魔化しを込めて、サクラさんへと小さく疑問を口にした。
「でも、本当に良かったんですか?」
「なにがよ」
「結局依頼を受ける破目になってしまいましたから。サクラさん、アンデット苦手なのに……」
いくら町長に対し憤っていたとはいえ、昨夜あれだけアンデットを恐れていたのだ、面と向かって戦う事などできるのだろうかと。
するとサクラさんは一瞬だけ固まると、しまったとばかりに口元を引き攣らせた。
「あっ……」
「すっかり忘れてたんですね。わかりました、どちらにせよもう後には引けませんし、必要な装備を物色しに行きましょう」
「装備を物色って、必要な物があるの?」
頬を掻き困った様子を浮かべるサクラさんへと、ボクは軽く息衝き、背を向けたままで大通りの向こうを指さす。
そこにはこの町で唯一となる、小さな武具店が存在した。
到底品揃えには期待できそうもないけれど、あそこで適当な近接武器の類を買う。
なにせアンデット系統の魔物は、痛みを感じることもないため攻撃を受けても勢いを弱めることがない。
弓使いであるサクラさんとは相性が悪いため、そこで丁度良さそうな武器を調達しなくては。ボクとサクラさん2人分の。
「もしかして、クルス君も戦うつもりなの!?」
「サクラさんが戦ってくれるんです、ボクだってやってやりますって。アンデット程度なら多少の戦力にはなれるはず」
こうまで言ってくれるのだ、戦える時には手を貸したい。
サクラさんがアンデットを苦手としている以上、少しでも戦力は大いに越したことはないのだから。
ボクは一転して不安そうにするサクラさんへ背を向けたまま、意気揚々と武具店へ向かうのであった。