不死者の町 03
ガタリ、ガタリと鳴る壁の音に反応し、ビクリと震える身体。
壁の次は窓、窓の次は扉と次々に叩かれる音に、サクラさんは全身へ毛布をかぶりボクの袖を掴む。
なんというか……、かなり意外な光景だ。
「サクラさん、アンデット系ダメなんですね」
「……和風ホラーは大丈夫なのよ、でもゾンビとかはもうダメ。生理的に無理!」
完全に陽も落ち、闇の中に浸ったお師匠様の家で、一夜を明かすことにしたボクら。
この土地では夜間に多く魔物が出るとはいえ、その実毎日という訳ではなく、2日に1度かそこらの頻度。
しかし不運にもと言っていいのか、この日は丁度魔物が出現する日であったようだ。
家の周りを取り囲み、壁や扉を叩くゾンビやスケルトンの群れ。
人や家畜を感知し襲ってくる連中は、大量にこの家へ狙いを定めているようだ。
試しに2階へ上がってちょっとだけ様子を見てみると、暗闇の中でハッキリとはしないけど、その数は100やそこらでは足らなかった。
それだけの数に囲まれているという事実だけで、サクラさんには耐え難いらしい。
「ワフーなんとかってのはよくわかりませんけど、気持ちが悪いのは否定しませんよ。特にゾンビは見た目が酷いですし」
「絶対にうちの爺さんのせいよ。小さかった私に、延々怖い映画を見せて喜んでたんだから……」
「えっと、エイガってのはお芝居のことですっけ。なんていうか、なかなかお茶目なお爺さんですね」
どうやら彼女の祖父から受けた嫌がらせのせいで、こうもアンデットを恐れるようになったらしい。
きっと普段彼女がボクへしているようなからかいを、逆に幼少期に受けていたのかもしれない。
となるとやはり、血は争えないということか。
それでもこの世界へ来て以降、多くの魔物相手に戦い続けてきたサクラさんだ。
毛布を被って震え続ける自身に我慢がならなかったのか、意を決して毛布を跳ねのけると、引き攣った表情のままソファーへ腰を降ろす。
「で、でも確かこっちのゾンビは動きがノロくて、走らないんでしょ? なら向こうより少しはマシ……、なのかしら」
強がりに加え、別の比較対象を用意し"マシ"を探すサクラさん。
彼女の言うように、アンデット系の魔物は総じて俊敏性に欠けているため、取り囲まれていない限り走ればすぐ逃げ出せる。
なのでそこを自ら強調することで、気を沈めようという意図のようだ。
「ゾンビが走るなんて聞いたことがありませんからね。あちらの世界では違うんですか?」
「最近は居るのよ、恐ろしいことに。特にここ数年は」
「はぁ、ここ数年はですか」
「どうしてあんなのを考え着くのか理解できない。最初に考えた作者を殴ってやりたい……」
苦々しく口にするサクラさんは、自身の肩を抱き涙目となって震える。
ただどうやらこの話は、彼女の世界に存在するお芝居、"エイガ"とか呼ばれるものに置ける内容のようだ。
それに対し「なんだ」と思ってしまう反面、気にもなってしまう。
普段は気丈なサクラさんをこれほどまでに恐れさせる、"エイガ"と呼ばれる芝居が、どれだけ恐ろしいのだろうかと。
たぶん無いとは思うけれど、もし機会があれば是非とも鑑賞してみたいところだ。
「ねえクルス、サクラはどうしてブルブルしてるの?」
「アルマ、こういう時は見なかったフリをしてあげるんだよ。人には触れられたくないモノってのがあるんだから」
「……? わかったー」
ソファーへ座ったまま、引き攣った表情でなんとか平静さを装うサクラさん。
そんな彼女の様子を怪訝に思っていたアルマへと、ボクは意趣返しも兼ね、いつもやられているからかいをやり返してみる。
するとサクラさんも今は余裕がないせいか、ちょっとだけ涙の滲んだ目をギラリと向け、震える声で悪態をついた。
「あ、後で覚えてなさいよぉ……」
少々悪ふざけが過ぎたか、背筋へと嫌な予感が奔る。
ともあれ既に言ってしまった以上はやり直せぬと、うって変わって平然としているアルマを連れ2階へ。
次いで変わらず震えているサクラさんに上がってもらうと、ボクは階段の上にある扉を閉め、1階と2階の行き来をできなくした。
大丈夫だとは思うけれど、これで万が一扉が壊されたとしても上がってはこれない。
「さあ、もう遅いですし眠りましょうか。アンデットも朝には居なくなってますし」
「やっぱり無理してでも町に戻ればよかった……」
「今更言っても遅いですって。サクラさんだって一度は了解したんですから」
「それは……、そうだけど」
延々アンデットたちが叩く音を聞いているよりは、サッサと眠ってしまった方が気は楽。
でもサクラさんはそうもいかないようで、今更ながら町の宿への未練を口にしていた。
とはいえ当人がここへ泊まってもいいと言ったため、そこを突くと言葉を詰まらせる。たぶん強がりで言ったのだとは思うけれど。
アルマとサクラさんに一台のベッドを使ってもらい、ボクは床へ毛布を敷く。
そして早速眠ろうとするのだけれど、ベッドから降りてきたサクラさんは、おずおずと小声で声をかけて来た。
「ねぇ、クルス君……」
「どうしました? 大丈夫ですよ、2階へは絶対に上がって来ませんから」
と返すも、サクラさんは首を横へ振った。
小さなランプに灯された彼女の頬は、心なしか赤く見え、一瞬ドキリとさせられる。
いったいどうしたのだろうかと思い次がれる言葉を待っていると、サクラさんは意を決したように、掠れそうな小声で言うのだ。
「と、トイレ行きたいぃ……」
ボクはその言葉に脱力すると同時に、彼女の頬が染まった理由を悟り、少しばかり気恥ずかしくなるのであった。
そして翌朝。早朝に起きて外の井戸で顔を洗っているところで、サクラさんとあいさつを交わす。
ただ直後に笑顔となった彼女によって、ボクは羽交い絞めとされるのであった。
「げ、限界ですサクラさん。もう……」
「あら、もうギブアップ? 昨夜あれだけ嫌がる私を弄んでくれたってのに」
「人聞きの悪いことを言わないで下さいよ! イタイ、イタタタタ!」
仕返しの仕返しという事か。
サクラさんは昨夜の自身へされた対応を根に持っているようで、こちらの関節へ腕を掛け締め上げてくる。
もちろん勇者の力をもって本気でされれば、ボクの腕などいとも簡単に折れてしまう。
なので極々軽く、冗談の範疇で済む程度なのだけど。
それでも身体が悲鳴を上げるのに変わりはなく、なんとか謝罪を口にし許しを請う。
ほんの少しの間それをしていると、彼女はようやく気が済んだのか、ボクのおでこを弱く指で弾き井戸へと向かった。
「それにしても……」
井戸で顔を洗い、サクラさんはチラリと家の方へ視線をやる。
彼女が見るのは家の周囲、その地面へこんもりと盛り上がった土だ。
それは昨夜お師匠様の家を取り囲んでいた、ゾンビやスケルトンといったアンデット系魔物たちの成れの果て。
朝日を浴びれば土へと還ってしまう、言わば死体の死体とも言える痕跡だった。
「本当に土になるのね。……でもさ、死体が土に変わるっておかしくない?」
「そういうものですか? これが普通なので、よくわかりませんが」
「この世界が私らにとって非常識極まりないのは今更だけど、いくら何でもアンデットが陽を浴びたからって、土になるって信じられないのよね」
この状態であれば平気なのか、家の周囲へ積もった土へ近づき、まじまじと観察するサクラさん。
彼女は納得いかないといった様子で首を傾げ、元魔物の土へ指先で触れた。
そうは言われても、ボクなどは物心ついた頃からこの町で育ってきたため、アンデットとはこういうものだとしか受け取れない。
ごく僅かながら、他にもアンデットの出る地域はあるそうなのだけれど、なにせ珍しい魔物であるだけにあまり情報は入ってこなかった。
「というかさ、そもそも大元の死体ってどこから来るのよ。こんなのが頻繁に現れては土に還るんでしょ、そこまで大量の死体、この町の人口を考えたら墓地にあるとは思えないし」
「それは……、黒の聖杯が異界から召喚するのでは? 弱い上に大量に居るとはいえ、流石に繁殖はしないでしょうし」
「アンデットの繁殖とか、あまり想像したくない光景ね……。でもそう考えるのが無難なのかしら」
サクラさんの言葉に、ボクは少しばかり二の句を次ぐのに窮す。
そのようなこと、今まで考えたこともなかった。
アンデット系の魔物は夜間にどこからともなく現れ、夜明けとともに土となり崩れていく。たぶんそれはボクに限らず、この町で生まれ育った人たちが持つ常識だ。
なので黒の聖杯によって生まれるとは考えていても、どうしてそうなるかまでは想像の範疇外。
けれど考えてもみれば、あの土は町周辺の畑へと撒いている。
毎度大量に発生するその土を撒いているというのに、撒く場に困ったという話は聞いたことがない。多少風雨で目減りするとしても。
「ま、何にせよ私はアンデットに関わるのは御免だけどね。……想像するだけで鳥肌が」
「なら早く出発しましょうか。お師匠様もいつ帰ってくるかわかりませんし、王都へも行かなくちゃいけないですから」
不可解に思える状況への疑問も振り払い、サクラさんは身を震わせる。
よほどアンデットに関わるのが嫌なようで、一刻も早くこの地を離れたがっているようだ。
ただ彼女は、折角の帰郷なのにもう良いのかと聞き返す。
「構いませんよ。言ったじゃないですか、同年代とは折り合いが悪かったんで、顔を合わせに行く相手もそうは居ませんし」
と、自ら口にしてどこか切なさを感じてしまう言葉を軽く言い放つ。
ならばいいかと呟くサクラさんは、すぐさま帰り支度をするべく家の中へ入っていく。
そんな彼女の後ろ姿を見送り、ボクは土の片づけだけはしておこうかと、納屋から箒を取り出すのであった。