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不死者の町 02


 北方の国との国境付近に広がる平野部と、そこを取り囲む少しばかり高い山々。

 山頂付近は真っ白に染まり、吹き下ろす風は冷たく息は同じ色に濁る。


 そんな寒さを全面に押し出した風景の中を、ボクらはゆっくりと歩いていく。

 小都市メルツィアーノ市街を出て、さほど広くもない道を進み向かうのは、ボクのお師匠様が住む家。

 町周辺の大半を占める畑を通り過ぎた先、少しばかり広い森の中にそこはあった。


 お師匠様が暮らし、ボクが育った家へと向かう道中。

 隣を歩くサクラさんはどこか落ち着かぬ様子で、時折周囲を窺いつつ口を開く。



「ね、ねぇ……。本当に襲い掛かってきたりしないでしょうね?」


「大丈夫ですよ。言ったじゃないですか、"あいつら"は夜間しか出てきません」


「それって夜になったら出るってことじゃない」



 若干の警戒感漂う空気を纏うサクラさんは、珍しく不安気な表情を浮かべる。

 彼女の手は常に弓を握りしめており、逆の手もいざとなれば矢筒へ伸びる位置へ置かれていた。

 サクラさんがこうも警戒感を露わとするには、それなりの理由がある。



「まさか魔物にアンデットまで居るだなんて。死者が動くとか冗談じゃないわ」


「と言っても、ゴーレムみたいに石の魔物が居るくらいですからね。そう考えれば……」


「それはそうだと思うけど、気味の悪さが段違いよ」



 次いでゲンナリとした様子になるサクラさん。

 彼女に限らず、あまり多くは無いけれど他の土地から来た人というのは、大抵がこういった反応を示すと聞く。

 なのでサクラさんがそれと同じ内容を口にしたことが、ボクは少しだけ可笑しく思えた。


 ここ王国最北の小都市メルツィアーノは、別名"不死者の町"という不気味な名を冠して呼ばれることがある。

 大抵は近隣の町に住む住民たちが口にする名なのだけれど、そう呼ばれるのはこの町が在る地域一帯で発生する魔物が、腐った死体(ゾンビ)骸骨の戦士(スケルトン)と呼称される、いわゆるアンデットであるが故。

 そういった不気味さもあって、この町はあまり人が寄りつく土地ではなかった。



「ですが人や家畜にはほぼ被害が無いんですけどね」


「襲ってはこないの?」


「町を襲いはしますけど、周囲を頑丈な柵で覆っておけば乗り越えて来れないので」


「そういえば、町の周囲は木の柵で囲まれていたわね……」



 見れば身の毛もよだち、生理的な嫌悪感を受けるアンデット。

 しかし連中は知能の類が一切ないのか、町や牧場の周囲を柵で囲っておけば、入って来れず足止めを食らうのだ。

 現に視界の端へ映る牧場なども、夜間に家畜を入れておく建物の周囲には、頑丈な木柵を高めに張り巡らせていた。



「朝になると全て土に還ってしまいますからね。少しだけゾンビの呻く声が五月蠅いですけれど、そこさえ気にしなければ」


「土に還るって、陽射しを浴びると消えちゃうってこと?」


「言葉通り、土になってしまうんです。なのでアンデットが発生した翌日は、柵の周囲が土まみれになってしまいます。畑の土とかに使ってますけど」


「てことはさっき食べた野菜も……」



 なんとも複雑そうな表情を浮かべるサクラさんは、水筒の水で口をゆすいでいた。

 これによってこっちは健康を害したりはしないので、別段問題など無いのだけれど。


 ただ口を水でゆすいだ後、サクラさんは訝しげに小首をかしげる。

 なにやら引っかかる点があるようで、ボクがどうしたのかと問うてみるも、気にしないよう返されるばかりであった。



 広大な畑の横を通り、町から離れた場所にある森の中へ足を踏み入れる。

 人の脚や馬車によって踏み固められただけの道は、延々と森の奥へと続いており、柔らかな木漏れ日によって照らされていた。

 この土地は夜間こそアンデットが出るものの、昼間はそういった危険性がまずない。アルマが時折駆け出しても、それなりに安心していられる程だ。



「で、あれがボクの育った家です」


「素敵なもんじゃない。ログハウスとは恐れ入ったわ」


「ろぐは……? ただの丸太小屋ですよ、ちょっと大きいだけの」



 森の中を歩きようやく辿り着いたのは、ボクが幼い頃を過ごした家。

 そして両親が魔物討伐に行ったきり帰ってこず、独りとなってしまったボクを引き取ってくれたお師匠様の家だ。

 数年ぶりに通った道だけれど、あれから多少身体も成長したためか、以前より近く感じられた気がする。


 少々大きいけど取り立てて変哲もない家。けれどもサクラさんの琴線には触れるものがあったらしい。

 どこか嬉しそうに小走りとなって、家の玄関前へと向かった。



「お師匠さま、帰りました。クルスです!」



 大きな木の一枚板で作った扉を叩き、中へと大きく声をかける。

 ただそれを2度3度と繰り返すも、返事らしきものは聞こえて来ず、ボクは怪訝に思い取っ手に手を掛けた。


 扉は抵抗なくスッと開くも、中はひたすらに真っ暗。

 暖房によって暖められた空気もなく、中が無人である事を窺わせた。



「留守かしら?」


「みたいです。しかも片付けもしないまま」



 確実に誰も居ないことを悟り、ガクリと肩を落とす。

 よくよく見れば家の中には、片づけもされず乱雑に置かれた衣類などが放置されたまま。

 とはいえ元々片づけなどしない人だ、この様子から察するに、今日や昨日家を空けたということはなさそうだ。



「いつ戻ってくるか……、はわからないんでしょうね」


「す、すみませんサクラさん。前もって便りを出しておけば……」



 仕方ないとばかりに苦笑するサクラさんへ、ボクは無意識に頭を下げる。

 お師匠様は基本的に出不精ではあるけれど、一旦フラッと外出してしまえば、平気で1週間や2週間は戻ってこないような人だ。

 なのでサクラさんの言うように、次いつお師匠様がこの扉をくぐるか知れたものじゃない。

 ……もっとも事前に手紙を出していたからといって、家を片付けて待っていてくれるような、殊勝な人ではないのだけれど。



 折角尋ねはしたものの、居ない以上はどうしようもない。

 ならば町へ戻ろうかと思うも、散乱した衣類や食器などの山を見てしまうと、このまま放置というのも気が引ける。

 どうせ戻って来たからといって片付けるはずもなし、ボクはお師匠様への恨み言を内で呟きつつ、家の中を片付けることにした。


 サクラさんとアルマも手伝ってくれるようで、揃って落ちた衣服を拾い始める。

 それを若干申し訳なく思っていると、大量の洗濯物を抱えたサクラさんが、不思議そうに呟いた。



「というか前々から思ってたんだけど」


「なんですか?」


「どうしてクルス君はその人のことを"お師匠様"って呼ぶのかなって。義理とは言え一応親御さんなんでしょ?」



 きっと色々と勘繰った末に、あえて今まで聞いてこなかったのだとは思う。

 それでもこれが良い機会だとばかりに、サクラさんは今まで溜まっていた疑問をぶちまけた。


 お師匠様は元々は召喚士であったけれど、相棒の勇者であり恋仲でもあった女性と死に別れて以降、それまで貯めていたお金でここに居を構えた。

 この土地を選んだのは、メルツィアーノを拠点としていたボクの両親と、近しい交流があったため。

 両親亡きあと天涯孤独となったボクを引き取り育ててくれたお師匠様は、確かに親も同然であると言っていい。



「当人の希望なんです。"結婚もしていない独身の自分が、親と呼ばれるのはむず痒くて仕方ない"って」


「……まぁ、気持ちとしてはわかるけど」


「だから自分を師匠と呼べって。実際召喚士としての心構えとか、色々なことを教えてもらったので、その呼び方も間違ってはいませんけど」



 溜まっていた洗濯物を集め、大きな鍋へ沸かした湯に放り込み、灰を放り込んでかき混ぜる。

 そうして汚れを落とした物を冷まし、外のしばらく使われていない物干しへ掛けながら、ボクはサクラさんへ諸々の話をしていった。

 ここいらの話は、これといって秘密にするような内容ではない。なので洗濯がてら話をしていく。



「親代わりとは言っても、家事の類は全部ボクの担当でしたけどね。まるでそういった事が出来ない人なので」


「なんていうか、ちょっと親近感を感じちゃうのが悔しいわね」


「案外サクラさんとは気が合うかもしれません。ボクの勝手な想像ですけど」



 洗濯の後は家の中を掃除。皿を洗い、床を掃き、水拭きをする。

 そうして数時間をかけて掃除を終え、干し終わった洗濯物を取り込んでから、ボクは棚に有った少し古い葉でお茶を淹れた。

 若干香りの飛んでしまったそれを口に含み、どこか懐かしさを感じつつ一息つく。



「さて、一通り片づけも終えましたし……」


「町へ戻る? もう少しで夕方になっちゃうし、宿を取るなら早く戻らないと」


「ここに泊まればいいじゃないですか。一応寝具は人数分ありますし、何だったらソファーで眠っても」



 窓の外を眺めてみれば、太陽は下り微かに茜色へ変わりつつある。

 今から町へ戻ろうとすれば、辿り着くころには夜となってしまうはずで、ならばいっそのことここへ泊まり、明日また活動を再開すればいい。

 そう思ったのだけれど、サクラさんは僅かに引き攣った表情となる。



「この家、周りに柵も何もなかったんだけど……」


「大丈夫ですよ、しっかり戸締りをしておけば。それにここで現れるアンデットは弱いですから、ボクでも簡単に倒せてしまいますし」



 心配などしなくていいと、ボクは笑顔で返す。

 実際ボクのような非力な召喚士であっても、棍棒1本あれば倒せてしまう程度の強さでしかないのだ、アンデットという魔物は。

 勇者の中でも強い部類に入るサクラさんであれば、どうであるかなど言うまでもない。


 ただそんな言葉など気休めにはならぬようで、彼女の肩は強張り言葉を失う。



「ねーサクラ、お顔があおいよ?」



 窓から差し込んでくる、夕刻の赤い陽射し。

 それに照らされていてもなお、アルマにはサクラさんの顔が青褪めて見えたようであった。



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