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理想高く 01


――――――――――


拝啓 お師匠様


 最近は訓練の忙しさにかまけ、筆を執るのを疎かにしてしまい申し訳ありません。

 今のところ訓練を除けば雑用ばかりですが、騎士団へ入って以降、日々忙しい毎日を過ごしています。


 お師匠様の下を巣立って早3年。ボクが居なくなってもちゃんと家事はしているでしょうか?

 毎日の食事は面倒臭がらずに摂っていますか? 洗濯物も溜め込んだりしてはいないか心配です。


 同期の中には一足先に勇者の召喚を成し遂げた人も居り、焦る気持ちはあります。ですがまずは、より強い勇者を呼び出せる立派な召喚士となるべく、日々精進をし――


――――――――――



 コツン、と。

 簡素な白壁に囲まれた食堂の一角、テーブルへ向かい手紙を綴り続けていたボクの後頭部へ、唐突に何かがぶつかる感触。

 手紙を書く手を止め、何事かと頭を擦りながら後ろを振り返る。

 そこに立っていたのは、ふてぶてしく腰に手を当てこちらを見下ろす、短い赤髪を持つ少女だった。



「……なんだベリンダか、どうしたの?」


「"なんだベリンダか"じゃないわよ。あんたいつまでこんな所で油売ってるつもり?」



 足下へ転がっている消しゴム、ボクの頭を打ったそれを投げた主と思われる少女は、同期の召喚士見習いであるベリンダ。

 食事をしに食堂へ来ていたであろう彼女の片手には、食事を終え空となった食器がトレーに乗せられている。


 ボクがシグレシア王国騎士団の門を叩いたのと同じ日に、召喚士見習いになったのが彼女だ。

 以来よく二人して雑用を言い渡され、齢が近い事もあって暇な時間に世間話に興じる程度には、自然と親しくなっていった。



「またお師匠さんに手紙書いてたの?」


「うん。またって言っても、最近は忙しくてあまり書けてなかったんだけど」


「相変わらずマメねぇ。……ところで、今何時かわかってる?」



 そう言って、クイと親指を背後に向け指すベリンダ。

 いったいどうしたのかと思いつつも、彼女の親指が示す先へある大きな振り子時計へ視線を向ける。

 だがその文字盤を見た瞬間、ボクは無意識に立ち上がり叫んでしまう。



「しまった、訓練に遅れる!」



 食後に手紙を書くのへ夢中になってしまい、いつの間にか時間が経ちすぎていた。

 あともう数分で昼の休憩が終わってしまうが、定刻の鐘が鳴った瞬間に訓練場へ居なければ遅刻扱い。

 普段は温厚であるのに、時間にはやたら厳しい訓練教官の形相を思い浮かべ、ボクは青ざめる。



「手紙だけ片づけて行きなさいよ。あたしは午後から非番だから、食器っくらい片づけといてあげる」


「ごめん! このお礼は必ずするから!」


「言質取ったわよ。この貸しは高いからね」



 高いという貸しは怖いけれど、ここはお言葉に甘えさせてもらう。

 食器の片づけをベリンダに頼み、書きかけの手紙とペンを掴むと、訓練所へ向けて全力で駆け出した。


 食堂を出て長い渡り廊下を走り、一目散に訓練場へ。

 一歩走る毎に上がる心拍数に、身体が悲鳴をあげてしまう。こんな時は元々良いとは言えぬ自身の運動神経と、やたら広い敷地が恨めしい。

 ただ王国の守護を司る騎士団へ所属しているとはいえ、ボクら召喚士は一般の兵士たちと異なり、肉体的な酷使を求められることはほとんどない。

 故に体力の低さは、ボクに限ったことではないのだ。




「ハァ……、ハァ」



 不必要と思える程に長い廊下を全力疾走し、ようやく辿り着いた訓練所で激しく暴れる息を整える。

 ここ数日、春先にしては随分と暖かいせいもあって、訓練の開始前だというのにもう全身が汗だく。

 訓練場で待ち構えていた教官は、ボクの姿を見るなり壁掛けの時計へ視線を移すと、怒ることもなく肩をすくめた。

 どうやらギリギリで間に合ったらしく、教官の仕草にホッと胸を撫で下ろす。



「お前はいつもギリギリだな、クルス」


「す、すみません教官」


「それでも毎度何故か遅刻だけはせんのだが。今日は何をして遅れそうになった?」


「えっと、お師匠様に手紙を書くのに夢中になって……」



 名指しで声を掛けられるなり、荒い息をなんとか抑えビシリと背を伸ばす。

 そうして返した理由を聞くなり、教官はまたかと言わんばかりに呆れ顔を浮かべた。



「お前くらいなものだぞ、師匠や親元から離れても毎週のように手紙を書くやつは。ほとんどの連中は最初の一月で止めてしまうってのに」



 深く嘆息する教官の言葉に、そうなのかもしれない内心で認める。

 最初こそ同期の皆で自分の師事した師匠や、そこでの訓練に関する話をしていたが、それも次第になくなっていった。

 実際教官の言う通り、今となってもまともに師匠宛の手紙を出しているのは、きっとボクくらいしか居ないはず。



「お前は早く師匠離れをした方がいい。もっとも手紙をもらう師匠の方は、喜んでいるとは思うがな」



 教官は怒りつつも目元を緩め、どこか穏やかな空気を発した。

 ボクのお師匠様が手紙を受け取って喜ぶような、そんな殊勝な人であるかは疑わしいけれど、世間一般の認識としてはそうなのかもしれない。


 とはいえそんな事を言い返せるわけもなく、訓練の準備を進める教官の姿を背筋を伸ばしたままで眺める。

 確か今日の訓練は、召喚の儀を行う際に必要となる、内へ秘めた魔力の増幅に重きを置いた内容と聞いている。


 とはいえ度々行われるこのメニュー、ボクは正直苦手としていた。

 細かいコントロールそのものは得意だけれど、他の人よりも魔力の絶対量が少ないと認定されたため、人目が気になってしまうのだ。

 しかし苦手だとも言ってはいられない。尊敬する師匠のようにボクの"勇者"を呼び出すには、どうしてもこれが必要なのだから。





 この世界は現在、人同士の大きな争いこそないものの、一つの大きな問題を抱えていた。

 脆弱な人間の力が及ばぬ存在、"魔物"と呼ばれる異形の生物によって、常に危機へ晒されていることだ。


 魔物の強さはピンからキリまであるものの、並以上の強さを持つ個体は一般の騎士が到底敵う相手ではなく、町や村など場所を問わず現れ荒らし回った。

 各国は大軍を率い駆除に乗り出すも、その効果は微々たるもの。

 人類はこのまま魔物という存在に食い荒らされ、その存在を歴史から消してしまうのかと思われた矢先、一人の研究者が活路を見出した。


 古来より伝承としてのみ伝わっていた儀式を成功させ、異界より戦いに優れた戦士を呼び出すことに成功。

 "ニホンジン"と名乗ったその強力な戦士は、平然と魔物の群れを屠っていき、人々に希望の光を見せたのだ。


 その異界より呼び出される存在、通称"勇者"を呼び出すのが召喚士の役割。

 ボクの師匠も召喚によって呼び出した勇者と、国中いたる所へ魔物討伐のため駆け回ったと聞く。

 残念ながら師匠の勇者は怪我が元でお亡くなりになってしまったらしいが、その名声はこの小さな国のみならず、近隣諸国にまで知れ渡っているそうだ。


 ボクはそんな師匠と、師匠の勇者に憧れて召喚士を志した。

 憧れの師匠に一歩でも近づくためには、訓練が苦手だなんて言っている場合じゃない。

 これを乗り越えていつの日か、世界最高の召喚士と呼ばれ――



「おいクルス、もうヘバったのか! 根性を見せんか!」



 バタリと床に倒れ、頬を着くボクの耳へ教官の怒声が響く。

 幾度かの魔力増幅を行いはしたものの、受け皿となるボク自身の身体が貧弱であるのに変わりはない。

 増幅した魔力に耐え切れず、体力を激しく削り取られたせいで、一歩も歩けなくなるという有様であった。



「そんなことじゃ師匠の足元にも及ばんぞ! さあ早く立たんか!」



 教官は気合を入れんと怒鳴るが、口惜しいことに身体が言うことを聞いてくれない。

 貧弱な坊や、万年召喚士見習い、召喚士見習い随一の童顔と、罵声なのか何なのか判別のつかぬ言葉を、延々教官から浴びせかけられる。


 その怒鳴り声を受けながら、ボクは男としての意地を見せるべく、必至に身体を起こし踏ん張る。

 が、腕を突っ張りなんとか身体を半分だけ起こしたところで、案の定力尽きてしまい倒れ伏す。

 世界最高の召喚士への道は……、非常に険しい。



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