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二人でいた部屋

作者: さなぎ

 寝苦しさと悪夢で、目が覚めてしまう。今日も、相変わらずの暑さだ。寝汗が気持ち悪い。すぐ近くの公園から聴こえてくるセミの声が、暑さに拍車をかけてくる。


 上体だけ起こして、部屋を見渡す。昨日と何も変わらない風景が、そこにはある。


 私が住んでいるのは、大学から近いという理由だけで借りている、1DKのアパートの一室だ。夏に大活躍していたエアコンは、つい一昨日、天寿を全うされてしまった。私の安眠を守ってくれるのは、実家から持ってきた扇風機だけだ。


「……何があったし」


 その扇風機様が、ガガガという音を立てながら倒れている。さながら、出来損ないなブレイクダンスみたいだ。蹴り倒したのかな? 相棒を起こして、固定して真正面に座る。


「ワレワレハー」


 とりあえず、童心に戻ってみる。これだけで楽しかったあの頃が、とても懐かしい。辺鄙なところに住んでいるおばあちゃんの家に行った時は、いつもこれをしていた。流石に、高校に上がる頃には、やめていたけど。田舎のお婆ちゃんは元気しているだろうか。


「ダイガクセイダー」


 こんなところ、誰かに見られたら恥ずかしい。まぁ、一人暮らしの私にはそんな心配も必要はないのだけれど。なんだか気分が乗ってきたので、パッと出てきた言葉を扇風機に投げつける。


「タンイガホシイー、オカネガホシイー、ヤスミガホシイー」


 これぞ、大学生の八割が発症する『クレクレ病』だ。遊びに行くお金を稼ぐためにバイトをし、授業をすっぽかしてバイトに行って出席日数が危うくなり、そして、週六というバイトのシフトを自分で出したのにも関わらず、SNSで文句を垂れてしまう、挙句には何でも欲しがってしまう恐ろしい病気なのだ!


「……何言ってんだろ」


 寝起きにも関わらず、よくこんなにも頭が回るものだと、自分でもビックリしてしまう。扇風機の前から離れて、風呂場へと直行する。すぐにでも汗を流したかったからだ。


 蛇口をひねると、すぐに冷水が出てくる。ちょうどいい、と思って、そのまま寝巻きを脱いでさっさと冷水を被る。途中で服とタオルを用意していなかったことに気づくけれど、まぁいいかと思いそのまま汗を流す。


 汗を流し終わると、なるべく床を濡らさないように早足でタンスの中からタオルを出して、全身くまなく拭いていく。裸で歩き回っても迷惑をかけない、これも一人暮らしの特権だ。


 下着と適当な部屋着に着替えてから、テレビをつける。朝の情報番組のオープニングが高らかに鳴って、出演者たちが順に挨拶していく。朝の番組で戦争が起きない、これも特権だ。


 キッチンに行って、トースターで食パンを焼く。その間に、冷蔵庫に入っているパックのアイスコーヒーを注ぐ。焼けた食パンにイチゴジャムを塗って、アイスコーヒー片手に寝室兼自室へと戻る。


 テレビでは淡々とニュースが読まれていく。今日はどこどこでこんな催しがされていてー、だとか、どこどこで殺人事件が起きただとか、なんら代わり映えのしないニュースを読む声が、右耳を通ってそのまま左耳へと素通りしていく。


 パンをかじって、コーヒーを一口。


「にが……」


 そういえば、牛乳を入れるのを忘れていた。うっかりしていた。


「ねぇ、牛乳を……」


 言いそうになった言葉を引っ込めて、テーブルの上にパンとコーヒーを置いて、再びキッチンへと戻る。牛乳をギリギリまで注いで、またテレビの前に戻る。


 番組は、別の企画に変わっていた。全国のご当地グルメを取り上げる、という趣旨のものだ。いつも、これになると横から手が伸びて――。


「……アホらし」


 私の名前は、新垣(にいがき) (りょう)。つい一ヶ月前、彼氏が消失した、絶賛一人暮らし中の女子大生だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大学の食堂は、昼時になると席の取り合いが始まる。大学の食堂は四つあるのだが、その全てが席とり争いが行われている。それは大学の近所の定食屋も同じで、どこに行っても学生の姿しかない。まったくもって暑苦しい。


 今は、前期の学期末テストの真っ只中だから余計だ。普段サボっている学生も来ているため、いつもよりも多く見える。切羽詰って、弁当を広げている脇で、参考書を読んでいる学生も散見される。


「一発ぶん殴れば?」


 脇を通り過ぎて行く学生が、ぎょっとした顔でこちらを見る。あん? という風にガンを飛ばす友達。目を逸らして、そさくさと去っていく、名も知らぬ学生。


 金髪にピアス、服装はパンクスタイルとかいう、ダメージが入った上下真っ黒、メイクで強調されている眼力。初対面ならビビってしまうこと間違いない彼女にメンチを切られたなら、私なら絶対に逃走するね、うん。


「つーかさ、連絡先とか知ってるなら、掛けて呼び出せばいいじゃん」


「もちろん試したよ? でも、やっぱり着信拒否されてた」


「twitterとかLINEは?」


「安定のブロックです……」


 友達――(はやし) ()()は昼食のうどんを完食して、おもむろに立ち上がる。


「うっし、殴り込みだ」


 拳と手のひらを打ち合わせて、唇が弧を描く。態度が気に入らない客がいたからぶん殴った、っていう武勇伝がある彼女がそう言うと洒落になってない。どうどうと宥めて、なんとか席に座らせる。


 つまらなさそうな顔のまま、美久は問いかけてくる。


「結局のところ、アンタはどうしたいのよ、ソイツと。会ってシメるのか、殴るのか、はっ倒すのか、どれなんだよ」


「その選択肢、全部一緒じゃない……」


 三択に見せかけた、ただの一択だった。話しあう、という平和的な選択肢がない。将来、美久の彼氏になる人は苦労するだろう。愛が重たい、じゃなくて、パンチが重たい女だからね。喧嘩なんかした日には、病院送り決定だ。


「っと、もうこんな時間だ。涼、次はどこでテストだっけ?」


「20号館の302だよ。いい加減、自分で覚えなよ」


 はいはい、といい加減な返事を残して、美久はさっさと食器を返却口に持っていく。私は自炊しているので、弁当を片付けて美久を待つ。空いていたらしく、すぐに戻ってきた彼女を伴って教室へと歩く。食堂から教室のある建物まではそう遠くないから、すぐに到着する。


「まぁ、涼の好きなようにするのが一番だろ」


「そりゃそうだけど……」


 教室の前でそんなやり取りをして、指定された席に座る。ノー勉だけど、なんとかなる科目だ。すぐに担当の教授がやって来て、諸注意を言った後、裏向きでテスト用紙を配る。


「それではねぇ、不正をしないようにねぇ、頑張ってねぇ」


 おじいちゃん先生の合図で、一斉に解き始める。基本的な問ばかりで、スラスラとシャーペンが進む。カモな授業なので、早々に終わらせてさっきの言葉を反芻させる。


「好きなように……かぁ」


 結局自分がどうしたいか、なのだ。とは言っても、結論はもう出ているようなものなのだ。あとは行動に移すだけ……なんだけど。


 どこかで帰ってきてほしい、帰ってくるだろうって願ってる自分がいて。


「情に、ほだされてるのかな……」


 出会いは、何気ないものだった。合コンで知り合って、連絡先を交換して、それで一緒に出かけて。


 一緒に暮らした時間は、せいぜい一ヶ月ほどだ。付き合ってたのも、せいぜい一ヶ月……。あれ、よく考えたら良いように使われてただけ?


「今頃か?」


 テスト終わり、美久に考えついたことを言うと、呆れた顔をされた。悩んでた私って……。


「というわけで、部屋の大掃除を行います!」


 次の休日、ゴミ袋片手に私は宣言した。場所は、私の部屋。捨てるのは、過去の思い出。


「よくハイテンションで入られるな」


 眠さを隠そうとしない美久をお供に、部屋の大掃除を開始する。改めて見ると、部屋の3分の1が彼のモノで侵食されていた。じわりじわりと、範囲を広げられていたようだ。


「この食器はどうする?」


「新聞に包んで、置いといてー」


 これも一つの別れ方なのだろう。見るたびに思い出すのなら、捨ててしまえばいい。臭いものにはフタをしろ!! ということだ。


 ポスター、雑誌、クッション、食器、彼が持ち込んだものを分別して、部屋から出していく。

次へ進むための、第一歩だ。


 片付けが終わったのは、夕方だった。自分のモノだけになった部屋が、やけに新鮮に見える。そして、寂しく思える。


「これで一段落ついたな」


 それじゃあ、といつの間にか冷蔵庫からペプシをパクっていた美久が、汗を拭いながら部屋から出て行く。


「はぁ……」


 一人になった部屋で、ため息をこぼす。これで、終わりだ。二人の時間にさよならだ。しばらく蝉しぐれに耳を傾けて、頬を打つ。


 思い出には、もうさよならした。一ヶ月も連絡を寄越さない男なんて、どうでもいい。あとは、どうしたいかだ。


「とりあえず……」


 前向きに生きよう。ポジティブシンキングだ。思い出が邪魔なら、捨ててしまえばいい。女は上書き保存なのだ。過去に縛られてたら、しょうがない。


 伸びをして、夕食の準備をする。一人分だから、手間もかからない。やっぱり、一人暮らしの方が良いや。


はい、途中から「飽き性」が発症しちゃってます。もうちょっとだけ続くんじゃ、と思ってたらそんなに続かなかったです、てへぺろ!

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