森の仲間 きつつき少年と物の怪
森の奥、見つけられるもの。
夜は大抵ふくろう兄さんの室穴にお邪魔するけど、たまにひとりで居たくなる。そんな夜の話。
蒸した土の匂いと黒々とした木々。夜の森の中、夜目を利かせながら木々の間を低空飛行で縫っていく。人間の住む所みたいに光々とした明かりはひとつもないけど、夜露に濡れた木の葉と、それに反射する月の光がとても綺麗なんだ。途中、蝙蝠とぶつかって喧嘩になったり、ならなかったり。
森の中を飛び続けると、松の木に囲まれた少し開けた土地に出る。そこが目的地。
池って呼ぶには大きくて、湖って呼ぶには少し小さい水溜り。沼って呼んだら丁度いいかも。沼なのに澄んだ水の綺麗な場所。そこがぼくのお気に入り。
「けらの子か」
沼の中から聞こえてくる声は、高くもなければ低くもない。艶のある、雅を纏った美しい声。
その声の正体は、沼の長。真っ白な体躯を持つ、黒目が愛らしい大蛇。
蛇を模した彼女は、多分精霊とかそういう物の怪の類じゃないかな。だって1度もぼくを食べようとしないから。捕食関係にあるはずなのにさ。
「きたよ」
挨拶がてら声をかける。いつもより素っ気ないのは気分の問題。
「まあた、むくれた面をしおって。久しぶりじゃな」
呆れた声音をしながらも目尻を下げて言葉を返してくれる、彼女はそんな蛇。
彼女の名前を僕は知らないんだ。初めて会った時に尋ねたら、名なぞあってないようなものだ、って。だから勝手に"ばん様"って呼んでる。由来は蛇花。蛇の姿をしてて、雰囲気には華がある。蛇花のこと、人間たちは曼珠沙華って呼ぶでしょ。だから頭文字を取って、曼様。本人にそれを伝えたら、ニヤって笑って許してくれた。
真夜中、この池に来てすること。
「ねえ、ばん様」
「あい、なんじゃ?」
ただ、呼んでみる。そうすると静かな瞳を向けて、会首を傾げながら返事をくれる。それだけでぼくは満足なんだ。なんでだろうね。
「なんでもない」
そう返すと、ばん様は可笑しそうに笑う。そしてそんなばん様にぼくは安心する。
ただ、これだけ。
これだけのやり取りのために、真夜中度々ぼくはここに来る。
そんな夜の話。
つまらなかったかな?
ばん様のこと、また今度話すね。でも今は時間がないから、また今度。次はもっと面白いこと話すから楽しみにしててよ。じゃあまた。今夜は坊とお散歩。いいでしょー。いってくるね。
きつつき少年は、素直で誠実だけどつんつんしてる思春期の少年だと思うの。