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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <上>
22/124

Act.19 余波と歪み <3>

言い渡された言葉。

それは、襲の作戦参加を知らせるものであった。


「我々は学園の先輩として、新入生である彼らの安全を確保する義務があります。私は私用で七高ここを離れなければなりませんが、これは国立詞素大学の意向です。

人手が足りない今、新入部員にも早速働いてもらうことになるかと思いますので宜しくお願いします」


「了解しました」


自分も新入生なんですが…。

危うく零しそうになったセリフを、襲は頷く振りをして慌てて飲み込んだ。

確かに、まだ新入生ですらない自分にその仕事が割り振られたことに少なからず驚いてはいた。だが一方で、もしかしたらと予想はしていた。それが功を奏して、なんとか二つ返事で返答を返すことに成功したかたちだった。


それより気掛かりだったのは新入部員(厳密に言えば新入会員)と言う言葉だ。つまりそれは、自分以外にも誰かが入会しているということなのではないだろうか?

だが、それ以上は深く考えても無駄だろうと、襲は意味のない思考を廃棄した。

詳しい話は作戦内容を聞く際にでも尋ねればいい。襲は冷静にそう判断して、正面にある誰も座っていない座席を一瞥してから視線を戻す。


本人にもこころよ受諾じゅだくされ、この話は無事に一つの区切りを迎えたかと思われたが――。

当の本人が了承しても、サークルメンバー全員が納得できたわけではなかったようであった。


「ち、ちょっと待てよ!付属中学で基礎教育を終えているならまだしも、雨宮は普通校から来たんだろう?

部長の推薦だしバックアップメンバーなら危険性は低いと思ってサークルへの入会に賛成したけど、流石にそれは認められない!」


ガタンッ、と椅子を蹴飛ばして立ち上がったのは、襲から見てはす向かいに座っていた紗雪であった。

襲は無感情にその姿を眺めていると、紗雪の真正面。つまりは彼の隣の席に座るダリウスが突然立ち上がり、人のことを指差しながら彼女に賛同する意見を述べた。


「そ、そうだ!それにコイツは詞素工学部だ。実戦じゃ確実に足でまといになる!」


(まぁ、真当な意見だな)


襲は他人事のように分析しながらも、一人、納得していた。

自分も同じ立場だったのなら、間違いなく新入生の作戦参加をしぶることだろう。普通校から入学する新入生、それも詞素工学部の人間ともなればただの一般人と同義だからだ。


その気持ちは十二分にわかるんだけど、人を至近距離から指差すのは止めてくれないかな…。


そんな襲の声にはならない訴えを聞き届けたわけではないだろうが、それまで寡黙かもくを貫いていた鷹明が組んでいた腕を解き、席に着いたまま制止の声を発した。


「落ち着け二人とも。言いたいことはわかるが、明日香にもそれなりの考えがあるんだろう。反対するのはその意見を聞いてからでも遅くはないんじゃないのか?」


場を収めるという観点から見て失礼ながら襲が鷹明の対応に点数を付けるとしたら、文句なしの百点だっただろう。

だっただろう、と言うのは、肝心の相手の対応が不味かったからであった。

明日香はちらりと襲へと視線を向け、それから助けをうような目をベリルに向けたが、ベリルは気づいていないフリをしている。


追い詰められた末に仕方なく。

ため息を一つ。それから不承不承ふしょうぶしょうといった面持ちで、冷や汗を隠そうともせずに明日香は語り出した。


「えっと、正直に言うとね。……私も知らないんだ、ゴメン!」


「……はぁ?」


懇願こんがんするように顔の前で両手を重ね、妙なことを口走る明日香。

語尾に星マークでも付属していそうな突然の告白に意表を突かれ、素っ頓狂な声を上げたのは他でもない、襲自身であった。

確かに明日香から謎の勧誘メールが届いたのはつい先日のことであり、その深い理由についても彼は知らない。と言うより、その詳しい理由が聞けると思っていた為、彼の驚きは一入ひとしおであった。

一応それらしい理由は聞いてはいるが、“個人的な考えも無しに”呼ばれたのだろうか?

襲自身も色々と思うところがあった為、取り敢えずは「彼女」の頼みを聞き入れ協力しようと考えていたのだが……こればかりは呆れずにはいられない。


襲自身ですらこの有様である。はじめから反対していた紗雪とダリウスが黙っているはずがない。

しかし現実には、彼が危惧きぐしていたような大騒乱には至らなかった。

それが、「幸い」と呼べるようなものではなかったとしても。


「……明日香」

「はっ、はいっ!?」


誰よりも早く口を開いたのは意外にも鷹明だった。

彼は冷静な声音で、さとすような口調で語り掛ける。


「一体どんな経緯で彼と知り合ったのかは知らないが、奴らと対面したことがない者は連れてはいけない。わかるな?」

「はい、承知しています」


部としての立場は明日香の方が上だが、鷹明は三年生の先輩である。

流石の明日香も反論できず、固く口を閉ざしたまま鷹明の言葉を聞き入れていた。


「この仕事には危険が常に付きまとう。俺達はこの仕事にそれぞれの立場と考えがあって取り組んでいるが、雨宮は違うだろう?

“七高の先輩として”、むざむざ彼を死に行かせるような真似は認可できない」

「ち、違います…!私、そんなつもりじゃ!」


青ざめた表情で発せられた明日香の言葉を、鷹明は無表情に、制圧する。


「人手が足りないのはわかっている。だが、そもそもそうなったのは『彼女』が死んだからだろう」


冷たく宣告される言葉に、明日香は息を飲んだ。

彼女は自らの両手で震える身体を抱き留め、顔を伏せる。

明らかに顔色が悪い。このままでは過呼吸を起こして倒れてしまうのではないかと思わせるほどに。


誰かが止めに入るのを期待していた襲であったが、流石にこれ以上看過できそうもなかった。

自分が場を収めに掛かることで、話の標的が明日香からこちらへと移る可能性も多分にあったのだが……まぁ、致し方ないだろう。

襲はなるべく低姿勢(物理的にも態度的にも)で鷹明に声を掛けようとして。

襲の行動は、ある一言によって寸断された。


「彼を……雨宮くんをメンバーに推したのは他でもない、『彼女』なんです」


俯いたまま、だが強い声音で明日香が沈黙を穿うがった。

同じ部活に身を置いていた彼らにとって、疑いようもない言葉。

明日香の声が鼓膜を震わせた直後に、鷹明の瞳に初めて感情の揺らぎが映ったのを襲は目敏く察知した。


「なに…?」


彼だけではない。

この部室にいる者、『彼女』のことをよく知っている者たちが唖然とし、問い詰めるような眼差しで明日香を見詰める。

明日香は決して、泣いてはいない。

だが、泣きそうではあったのだろう。

感受性が豊かではない襲にもそれだけは伝わった。


「部長っ、一体どういうことなんですか!?説明をっ…」


しかし取り乱した様子のダリウスはそれに気づいていないらしく、明日香の目の前まで詰め寄ると、乱暴な口調で問う。


対して、襲はこの遣り取りの必要性を疑問視していた。


この話し合いは実に不毛だ。無意味だと言ってもいい。

要するに彼らは、こちらの実力を疑問視しているだけなのだから。

ともすれば、解決方法はただ一つ。

様子を見ていた襲が、重い口を開いた。


「……先輩方」


怒鳴ったわけではないが、彼にしては珍しく苛立ちを隠そうともしない態度に、周囲の視線が集まる。

それを一心に浴びながら、襲は続けた。


「俺の実力を疑う気持ちは良くわかります。その上で心配してくださることを深く感謝しています。

ですが、俺も望月もちづき先輩には借りがあります」


そう――『彼女』は、昨年までこの学園に通っていた。そして、本来ならばこの場にいたはずの生徒だ。

新参者で、偽物で、嘘をカサネた自分ではなく、本当のサークルメンバーだった生徒。


望月もちづき優奈ゆうな


彼女には借りがある。

だが。彼女が死した今、その借りを返す術が彼にはない。

彼女の死をいたむことが、彼にはできない。

“だから”彼は七高ここへ来た。優奈の親友である明日香に力を貸すことで、その罪をあがなおうと。


――だから、尻尾を巻いて帰るわけにはいかない。


そこで一旦数秒の間を開け、明日香に。紗雪に。ベリルに。そして最後にダリウスと鷹明を、自身の正面に捉えた。


「そこで提案があります」

「言ってみろ」


間を置かず、鷹明が応える。

言うまでもなく、自分に対して向けられた言葉だと悟ったのだろう。

軽く会釈してから、襲は失礼極まりない提案を口にした。


「サークルの参加試験として、俺とアルカン競技で模擬戦をやりませんか。もちろん、非公式にはなってしまいますが」


襲の提案はこうである。

国立詞素大学付属高校間で年に一度、七月の終わりから八月の頭に掛けて行われる対校親善大会。

正式名称「アルカンシェル(arc-en-ciel)詞素学フォノニクス競技大会」で行われる実技競技の模擬戦を行い、その結果如何いかんでサークルの参加の可否を決めて欲しいと。


鷹明の黒の瞳を真正面から受け止め、襲は真剣味を帯びた表情で答えを待つ。

そして。

答えは、襲以外の者にとって予想外なものとなって鷹明の口から紡がれた。


「わかった、いいだろう」

「先輩っ?!」


ダリウスの問い掛けを、鷹明は手を上げて制止した。


「ありがとうございます」

「礼ならいい。それより、肝心の競技はどうする?」


襲は感謝の言葉を口にしながら、まだまとまっていなかった思考の収拾に取り掛かった。



アルカンシェルで行われる本当の意味での個人競技は四つ。


競技場内にランダムに現れる的を撃ち落すことで、構成術の速度と正確性を競う、構成術早撃ち競技。「タイムゼロシューティング」。


唯一近接武器の使用が許可された、中距離構成術格闘競技。「剣戟」。


対して、素手のみで戦う、近接構成術格闘競技。「フォノンアーツ」。


そして遠距離から的を撃ちその合計点を競う、遠距離構成術競技。「レンジアウト」。



これらの競技のルールと己のバトルスタイルを照らし合わせながら、襲は失礼を重ねる行為だと知りながらも、鷹明の提案に甘える形で返答を返した。


「頼んでいる身、競技はなんでも構わない…と言いたいところですが、生憎、遠距離アウトレンジ競技には自信がありません。

ですので、剣戟かフォノンアーツを所望させていただきたく存じます」


これら四つの競技があるわけだが、襲は遠距離競技に有効な術を持ち合わせていない。と言うより、本来構成術の行使をサポートする為に作られた“AIUを使えない”。そして恐らくは、どうひっくり返っても彼に勝ち目はないだろう。


恥を忍んでの提案だった。


「わかった、ならばフォノンアーツの模擬戦を行おう。俺は武器の扱いは心得ていないからな。ベリル、場所は取れるか?」


鷹明の問い掛けに、ベリルは明日香の頭部から一旦その手を離して、制服のポケットからフィルムディスプレイを取り出した。

恐らくは端末の回線と学校のメインサーバーが何らかの形で繋がっているのだろう。彼女は色の白い指を伸ばし、ピアニストを思わせる軽快さでフィルムの表面に指を滑らせながら答える。


「はい、実技棟の地下競技場が一つ利用可能です。こちらから生徒会の方に設備利用の申請を出しておきましょうか?」

「頼む」

「ありがとうございます」


鷹明が頷き、襲が頭を下げる。

その様子を見ていた面々の表情は、まさに千差万別だった。


明日香は戸惑いの色を浮かべ。

ベリルは無表情に。

紗雪は嬉々として。


そしてダリウスは、


「待って下さい!」


明確な怒気を孕んだ言葉で、席を立つ二人を引き止めた。

鷹明と襲の探るような視線にも怯まず、ダリウスは胸の前で拳を握り、提案する。


「模擬戦の相手は俺が、俺がやります。先輩の手をわずらわせるわけにはいきません。

生意気な後輩に引導を引き渡して、俺がその作戦に参加してやりますっ!」

「お前には別の仕事が入ってるだろう」

「部長なら俺なんかがいなくても問題ありませんよ。それより、コイツに新入生の命を預ける方が問題だと思います」


ダリウスの強い主張に、鷹明は明日香へと視線を移した。


「明日香は良いのか?」

「えっ、う、うん?もちろん私は一人でも大丈夫だけど……」

「わかった、ならこれは二人の問題だな」


鷹明は表情を固めたまま、その背後に控えている襲へと振り返った。


「どうする?」


その問いに、襲は感情の無い機械的な返答を返した。


「俺は構いません。ライド先輩。お相手の程、宜しくお願いします」


そこには一塵の迷いもない。

酷く低温で闇に沈み込むような意志だけが存在する。

闘志ではない。

殺意でもない。

それは明確な感情ではなく、彼にとっては「罪悪感」こそが原動力だったのだから。


「では、決まりだな」


鷹明の呟きから、時を四半刻しはんとき

現在の時間にして三十分の時を経て、一号館の外れに位置する実技棟の一室で。


二年生実技成績第五位の「構成術師の最有力候補生」。

AIUすら起動できない「構成術師の欠陥品」。


対極に位置する二人の闘いが、静かに。

その幕が開かれようとしていた。



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