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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <上>
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Act.18 余波と歪み <2>

ベリルもそれに気づいていたのだろう。明確な意思表示をする間もなく彼女は姿勢を正した。


「それより、作戦の内容について説明致します。

昨夜の余波ですが、早速先鋒せんぽうとして『ネットワーク』に引っ掛かったシャドウがいます。詳しい座標及び標的の情報は携帯端末へ送信致しますので、鷹明と紗雪はその掃討へ向かって下さい。

なお、この作戦は日本政府からの依頼です。二時間以内には軍から迎えのヘリが来る予定ですので、くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」


「了解した」

「わかった、任せてくれ」


鷹明は無表情に即答し、紗雪は薄くはないその胸をどんっと叩いて了解の旨を口にする。先の注意喚起は明らかに紗雪に向けられたものであったが、残念なことに当の本人は気づいていないようだった。

しかしそれに既に慣れてしまっているのか、淡白な紗雪の態度にも堪えることもなく、続けてベリルは明日香に、ついでにダリウスを一瞥いちべつする。


「中国政府からの要請で明日香には……ついでにダリウスにもコルラ市へ向かってもらいます。

足はあちらで用意して下さっているようなので、恐らくは後一時間程度で迎えが来るはずです。それまでは七高こちらで待機していて下さい」

「ついでってなんだコラッ!人を付属品扱いするんじゃねぇ!」

「付属品…?はぁ、何を勘違いしているかと思えば。

あなたにそんなお子様ランチに付属する玩具のような価値はありませんよ。あっても精々、金魚のフン程度でしょう。

明日香、コイツはタクラマカン砂漠で置き去りにしてきて構わないですから」


辛辣しんらつな物言いでダリウスを黙らせたベリルはため息を隠そうともせず、冷淡にも明日香にそう提案(オススメ)した。

本来ならば苦笑に不承ふしょうを重ねるところであるが、明日香は小首を傾げたまま物思いにふけっていた為、これに気づいていなかった。

彼女は「考える人」を彷彿とさせる不動さで、あご先に指を添えたまま思考に己の意識を沈めている。


それから、数秒の間を置いて。

「あっ」という叫びと共に思考の呪縛じゅばくから解き放たれた明日香は、向日葵ひまわりのような笑顔を浮かべてベリルを振り仰いだ。


「コルラ市ってタクラマカン砂漠の近くの?

やだなー、暑いよきっと。肌弱いし絶対日焼けしちゃう」


「かわ………いえ、明日香ならその心配は無用でしょう。

あ、ダリウスが暑くてもだえていたら見捨てて構いませんからね」


ベリルは鋼の表情のまま何かを口走りそうになったが(少なくとも襲は理解したくなかった)、何事もなかったかのように切り返した。

辛辣な物言いが気に食わなかったのか。

明日香は静かに席を立ちスタスタとベリルのもとへと詰め寄ると、片手を腰に当て、片手の人差し指を立てて。不機嫌そうに頬を膨らませながら、下からめ上げるような視線をベリルへと突き付ける。


「ベリル!いくらかかりちょーと仲が悪いからって、そんな心にもないこと言っちゃいけません」


傍観しながら、まるで小さな子供を叱りつける“おねーさん”みたいだな、と襲は錆び付き始めた思考の中で無気力ながらに思った。


ともかく、彼女は恐らく怒っているのだろう。

だが、現実は残酷であった。


女性としては高身長であるベリルを、お世辞にも高身長とは言い難い明日香が更に中腰になって見上げればそれなりの落差が生まれるわけであって、そこに人の責を問い詰めるような威圧感は介在しない。

むしろ背伸びした子供が、親の“ちょっとした失言”を正そうとするような微笑ましさが漂い、襲も苦笑を浮かべざるを得なかった。


正面からそれを受けたベリルは反省の色めいたもの(襲はそう希望めいた思考を巡らせたが、一般的には恍惚の表情と判断される)を浮かべ、謝罪した後に。

ベリルは機械的な動作でAIUの操作を再開した。

ただし、右手は不機嫌そうな明日香の頭を撫でながら、であったが。


「それともう一件。つい先程のことですから皆さんも既に身をもって体験済みかと思いますが、ウィスタリア全域で交通機関のトラブルが多発しました。

国はこれを衛星及びCTCS(中央交通管制システム)との通信障害だと明言していますが、防衛大のシャドウ研究所では、フリークス粒子が大気中に散布されたことによる通信障害である可能性が高いと判断しました」


ベリルの言葉に、襲は心中で頷く。


(やはりな…)


これは椿と出会った原因(切っ掛け?)ともなったトラックの横転事故の当事者として、そしてウィスタリア全域で同様の交通事故が多発しているという事実から、ある程度予想できていたことであった。


化物クリーチャー・悪魔・死神・人喰い・星喰ほしはみー。


奴らを比喩する言葉ならいくつかあるが、正式にはフリークス粒子と呼ばれる瘴気しょうきを振り撒く黒い霧状の存在を「Shadow(シャドウ)」。

その瘴気に中てられ、異形の存在と化したモノのことを“ヒトを好んで侵蝕(捕食)しようとする特異性”から、「Hannibalハンニバル」と呼称する。


なお、その奇妙な“特異性”はフリークス粒子が有している『接蝕本能せっしょくほんのう』と呼ばれる性質が要因とされている。具体的には、物質の分子構造の隙間に入り込み、物質を取り込もうとするフリークス粒子独特の粒子特性のことだ。

更にこの特性は詞素に対して最も強く表面化し、高い確率で詞素を利用した熱機関や生活の中で「詞素に自然と関わっている人間」を好んでらおうとする。


正確には食人嗜好(Cannibalism)の語源であるCanibalカニバルが発見当初の名称だったのだが、初めてその存在が確認された場所が旧カルタゴ。つまり今のチュニジア共和国であったことと、対面した兵士達のメンタル面を考慮した結果、ハンニバルという名称が一種の隠語として好んで使われるようになったという止事無やんごとない(?)事情があった。


それはともかくとして。


シャドウの大きさ(規模)は様々で、風向きや天気に影響されずに上空を泳ぐ様に移動する。また、霧が人の顔のような形に変化したとの報告もあり、何故そのような反応を示すのかは未だわかっていないのが現状だ。

唯一奴らについて判明していることといえば、フリークス粒子が電磁波に対して特殊な性質を有している、ということくらいだろうか?

フリークス粒子は特定の電磁波を発すると同時に、他の周波数の電磁波を吸収する性質を有している。その所為か、フリークス粒子の散布濃度上昇は周囲の電波状況に悪影響を及ぼすことが多く、今回の通信障害もその一例なのだろう。


そんな推察を上の空で組み立てていると、ベリルの視線がなぜかこちらへと向けられたのを直感的に理解し、意識が現実へと引き戻された。

襲の意識が向けられたことを確認した後、ベリルは思念波で方卓の映像を切り替え、一際ひときわ明瞭な語り口で説明を再開する。


「ここで問題となるのが、明後日の午前十時四十五分羽田空港着の《VSS-18便》です。

普段この機体は民間機として運用されていますが、皆さんもご存知の通り、この時期は我々第七学園の新入生の為に彼らの護送専用機として国から貸し出されています。

しかし、先刻の余波はこの《VSS-18便》の航路上に発生源があるとの観測結果が出ています」


そこまで説明されたことで、襲はようやく全ての合点がいった。

と言うより、先程のベリルの視線とそれが意味するもの。つまりは作戦内容が理解できたと言い換えてもいいだろう。

内心杜撰ずさんな国の対応に辟易しつつ、説明の簡略化を望む意思を込めて問う。


「露払いをしろ、と言うことですか」


結果として、回りくどさを極限まで削った襲の問いは苦笑と共にベリルに受け止められた。


「ええ、その通りです。シャドウはともかく、ハンニバルの侵食性は構成術師に対して最も強く作用しますからね。

今のところハンニバル出現の予兆は確認されていませんが、上空を通過する彼らの匂いに釣られて現れる可能性も否定できません」


襲の怪訝けげんそうな感情が伝わったのかもしれない。彼女は淡々とした口調に、僅かながら苛立ちを混ぜ込めたように感じた。

呼吸を一つ。

そして再び映像を切り替えて、彼女は続ける。


「本来ならば国が航路変更を喚起し、その上で護衛を付けるべきなのでしょうが…。既に国は今回の通信障害とシャドウとの関連性を公の場で否定してしまっています。

ですが、多額の資金援助を受けている以上国立詞素大学としてもそれを掘り返すわけにも行かず、そして何より貴重な人材を保護しなければなりませんからね」


「なら私が行くよ?一応生徒会長候補に祭り上げられちゃってるみたいだし、『家』のこともあるから」


そこで作戦参加の旨を申し立てたのは、部長である明日香だった。

明日香は頭部に置かれたベリルの手を払い除けつつ、精一杯背伸びして小さな手を上げるという随分と典型的ステレオな意思表示をした。

しかしベリルは明日香の頭に再び手を置いてそれを抑えつけ、有無を言わさぬ視線を投げる。

しかし呆れたような表情を浮かべたのはベリルではなく、鷹明だった。


「明日香、お前には別の任務があるだろう?」


的確な指摘である。文句の付けようがないほどに。

しかし当の本人は余程この作戦に参加したかったのか、じとっとした視線を鷹明へ送り、


「別に砂漠に行きたくないとか、砂っぽいところが嫌だとか、日焼けしたくないとか……そういうんじゃないんだよ?」

「だめだ」


有無を言わさぬ鷹明の否定が、硬質な壁に空虚に反響する。

仕方ない、というより、確実に嫌な仕事をばっくれる気満々の明日香の真意が炙り出された結果に対して、当然弁護してくれる者などいるはずもなく。

ダリウスがソワソワと何か言いたげであったが、意外と優柔不断な性格なのか、口を開けないでいる。

対して、涙目にも見える明日香の表情を直視しても眉一つ動かさない鷹明も流石だが、残念ながら襲の精神メンタルはそこまで強くはない。


不幸にも(幸いではなく)ダリウスほどは精神的に打たれ弱くはない襲は、結局のところ、自分も場をなだめる作業に参加しなくてはならないのではないかと諦念ていねんし始めていた。

だだしその考えは、明日香が発した呟きによって一瞬で瓦解がかいすることとなったわけだが。


「どうしても……ダメ?」

「だめだ」


責めるような、それでいて懇願こんがんするような眼差し。

それを跳ね除ける、不動の意思。

数秒の猶予ゆうよをおいて、静寂を破ったのは、静寂を生み出した張本人である明日香の呟きだった。


「………けちっ」


「…………。」


直後、襲は思わず吹き出したくなる衝動にられ、精神力の大半を無表情を維持することに費やすことになってしまった。


高校生らしからぬ、子供じみた幼稚ようちな訴え。


どうやらその全ては明日香も意識してのことだったようで、オーバな感情表現と意味深な間を利用して外部から――恐らくダリウスや襲――の援護射撃を期待していたのだろう。

まんまとその小悪魔的な罠にはまりそうになった過去の自分を責めたくなるが、くだらない自傷感情には当面、自粛してもらうこととする。


そんな彼に更なる困惑を誘発するような、予想外の指令がベリルから言い渡された。



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