Act.11 されど、少年は <1>
その後案の定、というか、至極当然な成り行きで警察の事情徴収に捕まった襲たちだったが、彼が当初悲観していたほど長時間拘束されるようなことにはならなかった。
極淡々と進む取り調べに拭いきれない違和感を抱いてはいたものの、現場に来た警察官の一人が到着早々に零した言葉によって、そのわだかまりは消えることとなったのだ。
「ここでも事故か…君たち、災難だったね」
「いえ……。それよりここでも、と言うのは?」
「おや?知らないのかい?実は今、この辺りは大変な事になっててね……」
てっきり、無人車両であることが短期終了の大きなアドバンテージになっているのかもしれないと考えていた襲だったのだが、現場に来た中年警察官の話を掻い摘んでみると、どうやらここ“ウィスタリア全域に亘って”同様の交通事故が多発しているらしかった。
とは言っても幸い死人が出るような大事故は発生しておらず、自動車の駆動系に指令を送るCTCSとの通信障害や、座標情報を随時転送する役割を担っていた自動監視衛星との連絡が突如途絶えたことによる安全装置の起動がその大半であり、車両自体にも車間距離を認識するシステムが標準搭載されている近今においてはそこまで大事には至らなかったようだ。
そうした事例を考慮してみると、二人が遭遇した事故というのはある意味特殊な事例であると言える。
現場検証に立ち会った捜査員は「指令系統のトラブルによって障害物を回避する為の指令がシステムから駆動系に上手く伝わらず、横転してしまったもの」との判断を下し、口答でこちらの連絡先を訊ねた後、二人はその場でお咎め無しで開放された。
「さて、どうしたもんかな」
早期開放は襲にとっても実に喜ばしい限りだったのだが、既に先方には「遅くなる」と連絡を入れてしまっていた為に少々時間を持て余すこととなり、「交通機関のトラブルで遅くなる」との返答をメールで受けていた彼が一人、事実上フリーとなってしまった時間をどう潰そうかと思案していた頃。
一度別れたはずの椿が、苦い表情のまま携帯端末を片手に戻ってきた。
「あれ?もしかして襲さんも誰か待ってるんですか?」
「まぁな。椿もなのか?」
「うん、私も待ち合わせしてるんだけど…」
どうやら友人を待っている様子の椿にも同様の連絡が入ったようで、彼女は空笑いしながらポリポリと頬を掻いた。
その後、「助けてもらったお礼がしたい」と言う大義名分(のようなもの)の下、二人は自然な流れで唯一営業を開始していた最寄りのカフェテリアへと足を運ぶことになったわけだが。
一応、彼が先刻投げ捨てた缶は移動の際に速やかに回収したことを、ここに明記しておく。……念の為。
◇◆◇◆◇
「この店、もう開いてるみたいですよ」
食堂の中でも比較的小規模な分類に入るカフェテリア「REQUIARE」の内装は、襲が考えていた食堂とは少しイメージが異なる空間であった。
「ここが食堂…なのか」
「……?何か気になることでもありました?」
「いや、別に大したことじゃない。まぁ、取り敢えず入ろうか」
店内の人気が全くないことも抱いた違和感の大きな要因と言えたが、それ以上に、カフェテリアの内装が“それらしく”造られていること自体に彼自身の先入観からもたらされる意外感が拭えない。
一部の高級飲食店を除いて過剰なまでに手間と人件費が惜しまれる効率化の時代において、自分でカウンターに並びレジで精算するというセルフサービス方式自体が物珍しかったのだ。
襲が妙な感慨に耽っていた、丁度その時。
一足先に店内に入った椿が突然店の奥を指差して言った。
「見て下さい!この店、AGAの娘が沢山いますよ」
「ん?あぁ、ヘルパーロボットのことか」
椿の視線を追ってレジの奥の壁際を見遣ると、機械兵宜しく鎮座している人型の機械人形、俗にAGA(Automatic guided android)と呼ばれるロボットが十数体配備されているのが目に留まった。
機能の多様化に伴い今では人型生活補助ロボット(俗に言うホームヘルパーロボットの類)へと変貌を遂げているAGAだが、元々は店の配膳システムとして――忙しくて猫の手も借りたいという接客業界の要望を原動力として開発され、市場に出回るようになった人型自動配膳機がそのベースである。
まぁ、実際に借りているのは機械の手なわけだが。
それはそれとして。
戦闘用アンドロイドとは異なり、「人を導く」ことを主なコンセプト(と言うより発売当時のキャッチフレーズ)として製造されるようになったAGAには、言うまでもなく接客機能が対話型インターフェースのデフォルトとして付属している。
現在の飲食店の多くではそれらの機能を生かし、客が席に着いたまま各テーブルの3Dメニューモニターを操作するだけで注文からお支払いまで一通りのサービスが受けられることが常識となりつつあった。
唯一の難点を挙げるとすれば、機体のお値段がちょっと……お高かったはずだが。
「こんなに大勢が並んでいると、圧巻だなぁ」
「そうだな、流石は世界有数の構成術士教育機関ってところか」
通常の店ならこれだけのAGAが配備されていれば給任の手をゼロにすることも十分に可能なのだろうが、ここは一日に数百人が利用するであろう学園の食堂である。
幾ら他の食堂に比べて座席数が少ないと言っても、満席状態で三百人近い生徒がごった返すであろう店内ではそれこそAGAの手など焼け石に水と言わざるを得ない。
配膳効率だけを考えるだけなら、コスト面でもパフォーマンス面から見ても優れているAGV(車両型自動配膳機)の方が良くないか?とはふと考えてみたものの、やはり世界最先端の構成術師教育機関たる矜恃が景観を損ねることを許さないのかもしれない。
そんな学園の奇妙な気概の尺図に、襲は無聊な心境で目を遣りつつ。
襲は窓際の二人席に向かい、手前の椅子を引いて椿を座らせてから向かいの座席に腰を落ち着けた。
「えっと、何飲みます?もちろんお礼ってことで」
「いや、だから……はぁ、じゃあエスプレッソで」
時間を潰す意味でもカフェテリアに腰を落ち着けること自体は彼も賛成だったが、やはり少女に奢ってもらうのは流石に一般男子として憚れるものがあった。
それでも彼が遠慮なく注文を口にしたのは、カフェテリアに至るまでの道中、「お礼はいらない」と主張した襲に椿が「絶対に奢る」と強く反駁してきた結果、「飲み物を一杯だけ奢ってもらう」という妥協案が双方渋々納得した形で採択された次第である。
そんな前提は置いておくとして、
「シュウは普段からエスプレッソとか飲むんですか?」
「……いや、普段からってほど飲むわけでもないな」
「へー、私はあんまりコーヒーとか飲まないから、正直名前見ただけじゃ違いがわからないです」
受け答えの際に襲が少々言い淀んだのは、椿が先程勝手に付けたあだ名の所為だった。
例の如く椿が頑なにこちらのことを「カサネちゃん」と呼びたがっていたことに対し、彼があからさまな難色を示していたところ。
不貞腐れた様子で「カサネってどう書くんですか?」と尋ねられ不用意にも懇切丁寧に教えてしまった結果、「襲」の音読みに当たる「シュウ」と言う呼び方が定着してしまったという成り行きがあったのだ。
確かに書類に氏名を記した際には非常に高い確立で「シュウさん」と呼ばれてしまう襲だが、やはり違和感がないとまでは流石に至らないあだ名である。
それでも「カサネちゃん」よりはまだマシだと、彼は黙認している。
そもそも「襲」という偽名に対してそれ程愛着を抱いていない少年にとっては、まぁどちらでも良いことではあったのだが。
「メニューが沢山ありますね!うーん、どれ頼むか迷う」
少年の胸中を知ってか知らずか(気づくはずもないのだが)。
一人メニューと睨めっこを続けあれでもないこれでもないと唸っていた椿だったが、どうやら最終的にカプチーノを注文することにしたらしい。
空間投影のみならず今では触れることも可能になった立体映像のメニュー表を指でなぞり、少女は長きに亘った注文を終えた。




