第四話
「ただいま」
こんなに玄関のドアを開けるのが、憂鬱だったことがあっただろうか。声も普段の二オクターブくらい低くなる。そして、目に入って来た、見た事もない靴。女物のローファータイプの革靴だ。転校生が入って行ったのは、やはり、俺の家だったのだ。
自分の家ながら、恐る恐るリビングに入るドアを開けた。
「あら、お帰りなさい、雪広」
母が俺を認めて、一声かけたがすぐ台所に消えた。もう一人の気配があるソファーにゆっくり目だけを向ける。
「んんあ!」
自分でも、こんな声が出せるなんて知らなかった。息を吸うのと同時に出た、げっぷのように腹の奥からわき上がって来た声だ。それほど、その光景は俺の肝を潰した。
リビングのソファーに足を伸ばしてリラックスして座っていたのは、朝話しかけて来た、あの少女だった。少女は気づいて、こちらを向き、朝にも見せたようなどこか営業的な笑顔を見せた。俺は眉間にしわを寄せて、その光景を何かの間違いなのではないかと、いぶかしんでいた。
廊下からリビングに入ろうとしたまま、放心状態で入り口に立ち尽くしていると、二階から誰かが降りてくる音が聞こえる。
振り返ると案の定、転校生の姿が見えた。
「おかえりなさい」
「あ、あああ、ただいま、です」
ここは我が家のはずなのに、俺は縮こまっていく一方だった。
隙をみて、リビングを抜けて台所に滑り込んだ。いつもとは違い、今は母だけが俺の味方に違いないからだ。
「母さん! なんだ、あの二人。何者だよ。なんでここにいるの? ねえ!」
むこうに聞こえないように、声をひそめながらも母をつつく。
母はむっとした顔で振り向く。
「あんたはうるっさいわねー。若い娘さんが二人もいるからって、そんなに興奮しないでちょうだい。ちゃんと説明するから」
「興奮って。そんなんじゃないから!」
慌てて口を抑えたが、すぐに、なんで俺がこんなに恐縮しないといけないんだ、と頭を抱える。
その様子を不思議そうに見ながら母は首をかしげる。
「あんた、なんか変な物でも食べたんじゃないでしょうね。動きがおかしいわよ」
俺はもう泣きそうだった。朝からのドタバタで、かなりの精神的ダメージを受けている。
弱っている俺を見て、これ以上いじめるのもかわいそうだと思ったのか、母は素性を話し始めた。
「あの子達はね、お父さんの会社のお得意さんのお嬢さん達でね。一度家族で日本に帰って来たんだけど、親御さんたちが、急に仕事でまた海外にとんぼ返りする事になっちゃって、こっちで生活する準備をしていた子供達だけ、しばらく預かってくれないかって言われたんだって」
「はあ? なんでうちでなんだよ。っていうか、父さんの知り合いって誰さ、母さん知ってる人?」
母は肩をすぼめる。
「知ってる訳ないでしょ、母さん、お父さんの会社がどこにあるかさえ知らないんだから」
一瞬、母親の顔を見返した。
どこの誰の子供かも知らずに預かっていると言う事か。なんと言うか、感心すらしてしまう。自分の親ながら、変なところで懐のでかさを発揮するな、と思うからだ。普段、ごくごく一般的な主婦の代表のような立ち居振る舞いしか見せない母だが、例えば天変地異に見舞われるような異常事態には、誰よりもデンと構えて冷静な判断をする姿を想像できてしまう。一言で言えば、肝っ玉母さんの素質を持っている、と言うことか。
そんな母から得た情報は、とても身のあるものだった。
なるほど。だから、杉田真紀緒は俺の名前を知っていて、あの少女は俺に声を掛けて来たって事か。納得。でも、姉妹にしては、全然似ていないような気がする。転校生は完全に日本人、ないしはアジア人だと思える風貌だが、妹の方はあの髪の毛の色だし、顔立ちも欧米の血を引いているように見える。まあ、海外に住んでいた姉妹だ。親のどちらかが外国人ならば、あり得ない事でもないのだろう。単一民族国民である俺には、その辺の事はよくわからないが、きっとそういうものなのだろう。
って、預かる? ここで!?
「ちょっと、母さん。あの子達、どのくらいここにいるの? 両親って、すぐ帰って来れるんでしょ?」
「さあね。父さんはしばらくって言ってたけど、別に母さん構わないもの、いつまでいてくれたって。だってー、母さん、娘欲しかったんだものー。こんな、野暮ったい息子一人の世話してるよりも、あんなにかわいい娘が二人もいてくれたら、母さん楽しいし」
一瞬でも味方だと思ったのは、間違いだった。味方どころか、三対一の形勢になっている。
どおりで、柄にもなくクッキーと紅茶なんてものを用意してる訳だ。母は完全に歓迎ムードなのだ。
「まじかよ……」
ふらつきつつも壁に手をつきながら、なんとか体勢を保つ。
とりあえず落ち着こう。まずは自分の部屋に戻ってゆっくりしようと思い、またコソコソと隠れながら二階に逃げ込んだ。
後ろ手に部屋の扉を閉めると、まず一つ目の大きなため息が出た。これは一安心のため息、という感じだ。母の話を聞いて、もやもやしていた大部分がすっきりしたし、明日以降、草哉や他の生徒に何か聞かれても大筋の事は答えられる。
しかし、この家であの姉妹と一緒に暮らすとは。しかも一人は同じクラスときたもんだ。元々俺が、家にいても部屋から出ないやつだから、四六時中気にしないといけない訳ではないが、例えば風呂とかトイレとか洗濯物とか、年頃の女子の事はことさら不慣れなので、色々面倒そうだ。
それを考えると、もう一つ大きなため息が出た。これは、これから先が思いやられる、のため息だ。
ズルズルと寄りかかったドアをずり落ちていく。その場に座り込み、膝の中に顔を埋める。心身共に今は休息が必要だ。体から緊張していた力みが抜け、そのままうなだれていた。しかし、それも長くは続けることはできなかった。
ゴンゴン、ゴンゴンゴンゴン。
背中のドアが揺れる。
「ユキ君、ちょっといいですかー? 」
この声誰だ? ユキ君だと? あの妹?
「ちょっとお話聞かせてもらえませんかー? 」
「ぶっ」
思わず吹き出した。ワイドショーのリポーターにでもなったつもりか。そういうのに憧れる年頃か? でも、遊ぶなら違う遊びをしろ。もう、勘弁してくれ。一人にしてくれ。
ここは寝た振りだ。さっき帰って来たのにもう寝てるのは不自然かもしれないが、とにかく今は相手をしたくない。俺は物音を立てないように、体を固く丸めた。
どうしてこうも、年下の、それも今は顔すら見えていない相手に対して、怯んでしまうのか。そもそも、俺は同年代の女の子とまともに話した事なんかないんだ。困惑するのも当然だ、と思う自分と、なんで男らしく堂々とできないんだ、という自省の気持ちで複雑になる。
「開けてくれませんかー? ちょっとでいいんでお話お願いしますー」
ドンドン、と部屋中に響く音で薄い木製のドアを叩き始めた。
あーあ、テレビの見過ぎだ。いや、でも、日本のワイドショーみたいなものって、海外でもやってるものか?
「聞こえてないのかなあ」
「今はお疲れなのかもしれませんよ、アキラD」
ドアを挟んだすぐ向こうに、妹だけではなく転校生の方もいるようだ。アキラ? 妹の名だろうか。そういえば転校生の方は学校で名前を聞いたから知っているだけで、どちらにも自己紹介さえしてなかった。
しかし、『アキラ』と言うのが妹の名前なのはわかるとして、その後『ディー』って言ってなかったか? しかも妹に敬語って言うのも不自然だ。
「ちゃんとした挨拶も自己紹介も、今後のスケジュールも話しておきたかったんだけど、アポとってないのはこちらのミスだな」
「申し訳ありません、もう少し余裕のある時間配分を今後は心がけます」
おかしいだろ、なんの寸劇だ。お前ら、なんとかごっこをする歳じゃないだろう。この姉妹一体何者なんだ?
ちょっと待てよ。ヤバい人達か? どこかのヤバい団体に属してたりして、聞いた事のないようなヤバい神様とかを信じてて、俺をそのすばらしい世界に案内しようとしてるんじゃないだろうな! 絶対そうだ。そうに違いない。いや、そうじゃなかったとしても、スケジュールだの、アポだの、何かしら良からぬ物に俺を巻き込む為の段取りを話し合っているのは明らかだ。無視だ、徹底無視! 関わらなければ問題ない、それしかない。
「どうしましょう。お夕飯のお時間にはいらっしゃるかもしれませんから、それまで待ってみましょうか?」
「うーん、もうこっちの準備も出来てるし、スタッフも待たせてあるからね。明日からスタートできるように、今日中になんとかしたいな」
「そうですね。明日、学校に行かれる前では、慌ただしいでしょうしね」
おっとおっとー? なんとかしたいなって、何する気!? 明日から何させるつもり!? スタッフ待たせてあるって、どこで待ってるんだよ。
ただでさえ、学校で目立ってしまった一日を、やっと終えたところなのに、明日も学校でつきまとわれたら? 無理だ。体が持たない。俺にとって、周囲の注目というのは、日焼けみたいなものなのだ。慣れている人が日々少しずつ浴びる分には、気持ちよくもあり、見かけがよくなったりするが、俺みたいに慣れていないタイプの人間が突然一気に強いものを受けてしまうと、怪我をしたのと一緒、後を引きずるような大ダメージを受ける。今日の日差しは強かったのだ。まだその火照りは冷めきっていない。日陰にこもって、ほとぼりが引くのをじっと待つときなのに!
「もし、明日の朝もお話できないようなら、私が学校でへばりついてでも時間を作っていただけるように致しますので」
「うん、そうだね」
「冗談じゃないよ!」
気がつくと俺は、勢いよく立ち上がり、自らドアを開け、人の部屋の前で立ち話をしている姉妹に噛み付いていた。
「何をするつもりなのか知らないけど、俺に関わらないでくれないか。あんた達がこの家にきた理由も、その経緯も知らないけど、俺は家にいられるのすら迷惑なんだ。我慢する他ないって諦めてたときに、なんだか俺を企みに巻き込もうとしてるだろ。不愉快だ! 即刻中断してもらいたい。っていうか、しろ!」
突然開いたドアの間から、鬼のような剣幕でまくしたててしまった。息をするのも惜しんで一気に吐き出した後、鼻から息を大きく吸ってから、睨みつけたはずの相手は、一人は無表情、もう一人は作り笑顔でこちらを見ていた。びっくりするとか、後ずさりするとかを想定していた俺が拍子抜けをするほどだ。そして、姉妹を目の前にしていると、高ぶった感情が引いて行くのと引き換えに、体が萎縮して行く。
「……あのお、聞こえてます?」
返事をしたのは、目の前の二人ではなく、下階にいる母の怒鳴り声だった。
「ユキっ! うるさい! 思春期のストレス発散は外でしてきてちょうだい! 近所迷惑でしょ、そんな大声だしたら! バカ!」
確実に母の怒声の方が大きかったと思うのだが、今はその相手をしている場合ではない。しかし、今の俺の言い分を理解したとは言い難い表情の姉妹を見て、大声を上げた自分がなんだかばからしく見えてきた。結局、部屋で狸寝入りをしていた事がばれただけで、メリットはなかった。
意気消沈した俺は、もう引き戻る事も出来ず、出来れば避けたかった話を持ちかける。
「あの……、汚いところですが、部屋でお話伺いましょうか?」
言うが早いか、アキラと言う名の妹は、ピョンと跳ねて廊下から俺の部屋に入って来た。
「よかった、ユキ君と話ができて」
「お言葉に甘えて。では、失礼致します」
杉田真紀緒は、ドア前でスリッパを脱ぎ、一礼してから入って来た。ことごとく正反対な姉妹だ。アキラの方は、スリッパすらはいていなかったのに。
「おおおお。このゲーム、戦闘シーンがかっこいいんだよねー。敵に切り掛かるときのエフェクトが綺麗でさー。こうさ、ピカーンってなってさ」
振り向くと、アキラは躊躇なく布団の上にあがり、壁に貼ってあったポスターを見ていた。
「そのゲームの事、知ってるんですか?」
それは、一年位前、今では超有名なゲームクリエーターチームの『アトリエ・A』が、アマチュア時代に作っていたパソコン用アクションゲームを、雑誌の企画で限定二百本だけ復刻されたものだ。気合いで送った葉書が当選し、幻のゲームを手に入れたときにこのポスターも一緒に送られて来た。しかし、タイトルやキャラクターを見た事があるというのならまだわかるが、プレイしてみないとわからないはずの、戦闘シーンの事も知っているらしい。
「知ってるよ、もちろん。私の友達で知らない人いないと思うよ。『アトリエ・A』のゲームは全部クラシックに入ってたから」
クラシック? 音楽の?
俺の知る中でも、このゲームの存在を知ってるのは、かなりゲームの世界に深くのめり込んでる人だけのはずだ。しかも、女の子のあまり好まないアクションゲームで、クリエーター名まで言えるのは、かなりの通のはず。
「ゲーム好きなん……」
「アキラD、早速お話を進めさせて頂いてはいかがでしょう。田中さんも、今日はお疲れでいらっしゃると言う事ですし」
『ディー』ってなんなんだよ、と杉田真紀緒を見ると、まだドアの脇に立ち、体の前で手を重ねながら、下目使いで控えめに言う。
疲れている? そういえば、俺が草哉と下駄箱で話していたのを聞いていたのか。なんていうか、気の利く人だな。とても同級生とは思えない。
「そうか、それもそうだね。ま、ユキ君、座ってください、遠慮してないで」
自分の部屋だから、しませんよ、遠慮は。しているのは、緊張です、あなた達にね。
他に座るとこもないので、アキラはその布団の上にペタンと座り込んだ。白いワンピースの裾が丸く開いて、俺の古くさい花柄の布団を覆った。
杉田真紀緒は、ドア脇にそのまま正座で座ったので、俺も、そしてなぜかアキラも、そんなところでは足を痛くしてしまうでしょうに、と気遣ったが、どうぞお構いなく、と予想通りの返事で断った。
俺は、一旦部屋を見回して、やはりいつもの座布団へと向かうべく、映画館に遅れて入って来て、座席が前の方しか空いてなく、上映が始まってるのにスクリーンの目の前を腰を曲げて横切る人よろしく、部屋の一番奥の定位置まで移動した。
アキラはまだ、俺の部屋の中を珍しそうに見回している。俺は、まるで自分の秘密を見せているようで、ものすごく恥ずかしかった。
別に見られてまずいものがある訳では、ない。まあ、細かく言えばない訳でもないが、その辺はうまい事してあるので大丈夫なのだ。というのも、普段学校に行って俺が家にいない時は、母親も自由に出入りできるようにする、というのがパソコンを買ってもらう条件の一つだったからだ。二年前当時からワイドショーやニュース等で、ネットを使った青少年の犯罪や問題が取沙汰されていた。完全に侵されていた母親をねじ込むには、その程度の代償は仕方なかったのだ。だから、ある程度人に見られる事を想定した部屋作りなので、問題はそこではない。
要するに、恥ずかしいと感じるのは、オタクである確固たる証拠が詰まったこの部屋にある全てが、興味のない人にとっては、『きもーい』物に映るからだ。そしてその『きもーい』部屋の主人が俺なのだ。それは、俺の趣味を、ではなく、俺自身を卑下されているように感じるのだ。
情けない気持ちになりつつも、座布団の上で正座をした。これからどんな話を聞かされるのかという興味より、早く終われ、早く出て行ってくれという懇願を頭の中で繰り返していた。
「それで、だ」
口火を切ったのは、アキラだった。手を両膝の上でパンッと叩き、布団の上で体ごとこちらに向き直った。
「まずは、自己紹介させてもらいます。私は、五十嵐晶。それから、あそこに座ってるのが、あ、もう知ってるか。学校で会っているもんね」
首を後ろに向けて晶が真紀緒に同意を求める。
「ええ。学校で自己紹介の時間を頂きましたので」
真紀緒は、ゆっくり頷きながら言った。
五十嵐? 姉の方は杉田なのに? 夫婦別姓っていうのは聞いた事があるが、姉妹でもそういうのってできるのだろうか? それとも、もっと複雑な家庭環境なのか。
「そうかそうか」
晶は満足げに向き直り、続けた。
「それなら、早速本題に入っていいかな」
「はあ」
準備はできていた。とにかくどんな誘惑や信仰がかった事を言われても、心を固く閉ざしてさえいればはね除けられるはずだ、と。適当に受け流し、早くこの部屋から出て行ってもらう事だけを考えるんだ。
「田中さんには、私たちの作る番組の主役を務めて頂きたいと、お願いにあがりました」
さっきまでの砕けた口調ではなく、やけに改まった話し方するな、と話の輪郭だけ聞いていた。聞き入っちゃだめだと思っていたからだ。
はいはい、主役ね、番組の。よくある話だよ……。
「は?」
よくある訳ないだろう、こんな話!
「田中さんに、私たちの番組出演のオファーをしたい、という事です」
もしこれが、何かの団体の勧誘か、悪徳商法のセールスだとしたら、俺はまず確実にひっかかっただろう。なぜって、あまりに突拍子もない話すぎて、つい先が気になってしまったからだ。どういう事なのか知りたい、と思ってしまった。
「どうですか。やって頂けますね?」
「いや、ちょ、ちょっと待ってください。あの、一体どういう事だか……。全く話が見えませんし、やるもなにも、テレビ番組って、どこかのテレビ局の方なんですか? だってまだ学生じゃ?」
「晶D、私たちの来たところからお話しませんと」
「ああ、そうだった。すっかり気が焦ってしまって。つい核心から言ってしまった」
ははは、と笑う晶と、微笑みで返す真紀緒。両者を交互に見ていた俺も一緒に愛想笑いをしておく。本当は泣きたい気分だけど。
「私たち、二○八五年のOBSというテレビ局から、田中さんを取材しに、この時代に来たのです」
ああ、なるほどね。これは夢か。
俺は悟った。先ほど部屋に戻って来てうずくまった時、自分でも気づかないうちに、疲れてうとうと寝てしまったのだろう。そういう時、レム睡眠になりやすいものだ。もしかしたら、今日一日全部夢ってこともあり得る。父は帰国などしておらず、こんな姉妹も存在せず、俺はいつも通り静かな学校生活をしたんじゃないだろうか。色々あって驚いたけど、全部夢オチって事かもしれない。
「ははは」
俺は安心感と開放感で、つい笑ってしまった。急に余裕ができて、気が緩んだのだろう。
一瞬晶と真紀緒が顔を合わせ、すぐに晶が問いかけてきた。
「それは、承諾してくれた、と言う事で解釈しても?」
「何が? ああ、テレビの取材? 番組の主役? オッケー、オッケー。かっこ良く映してくださいよ?」
「やった! ありがとうございます!」
晶はガッツポーズを見せ、身軽に立ち上がりこちらに寄って来た。中腰になり、細い両腕を差し出しながら言う。
「いいものにしますから、頑張りましょう」
俺の右手を掴んで握手するその感触があまりにもリアルで、自分の手をわずかに引いたが、晶がしっかりと握っていたので、びくともできなかった。
「あ、ああ。がんばりま……しょう」
後ろでその様子を満足そうに見ていた真紀緒は、ブレザーのポケットから携帯電話のようなものを取り出していた。
振り返った晶は、真紀緒に頷くとその近くに歩み寄った。晶が今後の指示を真紀緒に伝えているようだ。わかりました、と頷く真紀緒は、顔を覗き込ませるようにこちらに向け言う。
「田中さん、お疲れのところ大変お邪魔致しました。本日はこれで失礼致します。今後の件に関しては、朝にでも」
会釈をして、部屋から出て行く。
「さてと、私も局長に報告しないと。じゃ、ユキ君、また明日」
顔の横で、バイバイと手首を動かして部屋から走るように飛び出して行った。
部屋に残されたのは、歪んだ笑顔のまま固まった、俺だけ。
何も考えるまい。これは夢なのだから。
俺は、布団に倒れ込み、そのまま目をつぶった。




