第二話
色んなオタクっていうのがいるけれど、俺はアニオタ、ゲーオタっていうのに該当すると思う。アニメとゲームが特に好きって事だ。
休みの日は大抵、アニメのDVDボックスを片っ端から見たり、ネットゲームに入って、そこで出会った仲間とチャットで話したり冒険をしたりする。
部屋に太陽の明かりが入ると、画面に反射して見難くなるので、昼間からカーテンは締め切りにする。そのせいもあって、時間の経過を知る手段が時計しかなく、あっと言う間に何時間も過ぎていたりして、自分でも驚くことがある。気がつくと、目や肩が痛かったりするが、夢中になっているとそんなことは気にならないものだ。これぞオタクパワー。
いくらあっても休みの時間は足りない。時間がないわけではない。学生だから融通の利く時間は結構あるけれど、夢中になっている時間っていうのは、光速で過ぎていくように感じるもの。その日も、夕飯の準備が出来た、と母親に言われて、自分が今日何も食べていなかったことに気づかされた。急にぐーと腹がなったりして、人間の体も案外、気の持ちようってトコに左右されるものなのかと感じる。
階段を降りて、食卓に着くと今日のメニューはコロッケだった。自分の頭の上に音符マークが浮かぶ、そんな気分。コロッケは大好物だ。
しかし、母はそんなコロッケに、『愚痴』という不味そうなソースをかけるのだ。
「あんたは、今日も一日中部屋の中に閉じ篭って。若い子が不健康で、お母さんイヤだわ」
親、とくに母親というものは、子供が産まれるか産まれないかの時には、ただ健康でさえいてくれればいい、とそこいら中の神様に願うくせに、いざ健康に育ってみると、やれ勉強して少しでもいい学校に、やれ近所の体裁考えて身だしなみに気をつけて、だのと欲が出てくるのだ。
うちの母もその典型に漏れず、一般的な母親だ。息子を見れば、何かを言わずにいられない、という感じ。毎日のように同じことを言う。
十六歳の高校生が部屋に閉じこもって何時間も出て来ないんじゃ、心配するのは分かる。それが普通だと思うし、俺が親でも同じこと言うだろう。でも、可笑しなもので、親の言い分が正しいからといって素直に忠告に従うか、というと、残念。そううまくはいかないものだ、思春期の子供なんていうのは。言われている事が真っ当な程腹が立って、つい言い返してしまう。
「日曜くらい、好きなことさせてくれって、いつも言ってるだろう? うるさいな、人が飯食ってる時に」
「そんな事言って、家に居たってご飯食べるときくらいしか顔見せないんだから、しょうがないじゃないの」
母親が正しい。そのとおりだ。部屋にいるのが好きすぎて、全然外に出なくなった。仰るとおりだ。分かっているのに、俺の口は悪い子だ。
「平日はちゃんと学校行ってやることやってるんだから、いいじゃないか。人の趣味はそれぞれだろ? それにこんな事してられるのも、今のうちなんだからさ。がみがみ言うなよ」
「何言ってるの。このまま引き篭りとかになっちゃったらって、お母さんだってアンタのこと心配して言ってんのよ。だって、あんた、オタク趣味なんでしょ? 」
「……んんごっ」
思わずむせる。
とうとう来たか。
そのうちこう言われるだろうな、とは予想していた。近頃テレビや雑誌で『オタク』と呼ばれる人達を取り上げては、その異常なまでの執着ぶりやら熱中ぶりやらを、半分興味と半分嘲笑の意味を込めて紹介している。オタク文化は世界に飛び火! なんて言っているが、日本ではまだ、マイナー文化から抜け出してさえいない。それでも、マスコミからの注目が高いままなのは、その個性に世間が放っておけない魅力があるから、と言うことなのだろうか。
もちろん、それはうわさ話が大好きな母の目にも、耳にも届いており、明かされる『オタク』と呼ばれる人々の生態と、自分の息子との共通点にとうとう気づいたということだ。
メディアから得る情報を、所々掻い摘んで纏め上げた母の『オタク』関連の知識は、偏っていて間違っていることも多いのだろうが、自分の息子もどうやらそっちの世界にはまっているようだ、と感づいてしまったのだろう。
「お母さんね、暗ーい部屋の中で、テレビの明かりに浮かぶあんたの顔見たときは、正直、背筋がぞーっとしたわよ」
想像してみた。
「こわっ!」
自分のことながら、気持ちの悪い光景だ。
しかし、自分では、いたって普通の趣味の範囲であり、悪いことをしているでもないのに、『オタク』だからといって、色々言われるのは気分が悪いのである。
「とにかくさ。人の為になることをしてる、とは言わないけど、人様に迷惑をかけているわけでもないんだから、いちいち文句言わないでくれない? ごちそうさま」
「こら、雪広。まだご飯残ってるでしょ!」
背中に母親の小言を受けながら、すごすごと二階へ避難する。階段を登る俺の後ろで、母親は溜め息混じりにぼやく。
「はあ。いつからオタクなんかになっちゃったのかしらね、まったく」
親が嫌いなわけでも、話したくないわけでもない。でも今は、自分の世界を壊されたくない。
俺はここが好きなんだ。
パタン、と部屋のドアを閉めると、急に眠気が襲ってきた。さすがに十時間近くも、ゲームを続けていれば体は動かさずとも疲労はたまる。しかも空っぽだった胃に、半分は食べ損ねたとはいえ食事もしたから、なおさらのことだろう。
部屋の真ん中にしいてある布団に倒れこむように寝そべる。何も見えてはいないが、暗い天井をぼーっと見つめながら、母の言葉を何となく繰り返していた。
いつから。
オタクと呼ばれるような趣味の世界にはまったのか。答えは意外に簡単で、「知らないうちに」だ。大抵のオタクはこう答えるんじゃないだろうか。
前に何かの雑誌で、自称オタク評論家みたいな人が言っていた。
「オタクを辞めるのは、簡単な事じゃない。でもオタクになろうと思って、なる事もできない」
なろうと思った記憶もないし、何をもってオタクになれるのかは知らないけれど、好きなことをしていたら、自然に自覚するようになっていた。
でも、その兆候は小さな頃からあったのかもしれない、と思う。
もともと俺は、物語と言うものが好きだった。小さい頃に聞かされた、昔話やおとぎ話。もうちょっと大きくなってからは、戦隊モノのドラマだったり、日曜の朝やっているアニメなんかももちろん観てた。それは、多くの同年代の子供達と同様の行為だったけれど、俺は他の子達以上にその世界にのめり込んでいた。それに気づいたのは、幼稚園だったろうか。人気の変身ヒーローのポーズを、みんなはそれっぽくも適当に真似して満足していたが、俺は完璧に全ての振付けと、台詞を暗記していた。それをやってみせると、すごいすごいと誉められて気を良くしていた事を覚えている。その頃から、好きなものに対するこだわりみたいなものが人一倍強かったのだと思う。
隣に住んでいる石野ニカ子は、何をやらせても俺よりうまかった。お遊戯も、歌も、運動も。いちいち憎たらしい言い方でバカにされていたが、俺はもっともだ、と何も言い返せなかった。しかし、変身ポーズだけは、ニカ子も手を叩いて喜んだ。
「もう一度やってみせて。ユキちゃん、すごーい」
俺が初めてニカ子に誉められたのはその時で、とても嬉しかった記憶がある。そして俺は、初めて自信の持てる事ができたものだ。
俺は、どの物語の主人公にも憧れたし、どの話の舞台になる世界も、自分の目の前に広がるそれよりも魅力的に見えた。時には武士の時代だったりもしたし、時には数百年先の想像の中の世界であったりしたが、その度に今この時代に生まれた事を悔やむほど、心を奪われた。
だから、外の公園で遊ぶことよりも、家にいる方が好きになったし、一人で遊ぶ時間を好んだ。もしも、その時外で遊ぶことを強要されていたら、もしかしたら今の俺はいないかも知れない。しかし、残念ながら、いや、残念ではないけども、俺の母親はこう言った。
「やだ、この子ったら、将来文学の道に進むんじゃないかしら。あなた! ちょっと、手当たり次第本を買ってきて頂戴! はやく!」
外に出ることを強要するどころか、インドアを後押しされちゃった訳だ。
お陰さまで、色々な本やビデオを与えてもらった。百科事典に昆虫図鑑、世界の国旗一覧みたいな本やらもあって、両親があからさまに俺を天才少年に仕立て上げたいと目論んでいる様子が窺える。しかし、そんな親の野望を知らずにとはいえ、俺はファンタジーや、フィクションの世界にばかりのめり込んでいた。俺にとっては、小説は現実より奇なり、だったのだ。
物語の殆どは、その種類こそ違いはあれ、善と悪との戦いがテーマになっていると、俺は思う。ヒーローが悪人を懲らしめる、という分かりやすいものもあるし、人の心の中の善悪の葛藤を描いている場合もある。そして、子供がめぐり会うチャンスのある物語のほぼ全ては、最終的に善が勝つことで気持ちよくハッピーエンドになるのだ。
ヒールが好きで、少し捻くれた考えを持っているませた子供は、バッドエンドの物語を「カッコイイ」と言うかも知れないが、物語の最後はスッキリ清清しいほうがいい、という子供のほうが圧倒的に多いのだ。もちろん、俺もその一人だ。
決して自分にはなり得ない物語の主人公。勇気ある決断や、揺るがない信念。いざというときの運や、心から信じられる仲間達。
まるで、読んでいる本や観ているテレビの画面の中に、自分が飛込んでいくような錯覚を感じるほど夢中になった。
終らないで。もっといさせて。
と、いつか「完」の文字が出てくることを、心の隅で不安に思うほど、どっぷりと浸かっていった。
思えば、あの頃から、俺は根本的に何も変わっていない。言いたくないけれど、成長していないって言うことかも知れない。
現実の世界を拒否するつもりもないし、自分のおかれている環境も、すべきことも分かっているつもりだ。俺は高校生で、学校に通い勉強をする。学校は勉強をするだけのところではなく、協調性を身に着けるところでもあるのだから、友人をつくり交流をもつことも大切だ。なにより、高校生という、青春時代の大きな割合を占めるこの三年間に、沢山の思い出を作ること。
大抵の事は分かっているし、それが嫌だと言っている訳でもない。
ただ、現実とは違う世界にトリップする感覚が好きなだけだ。夢中になれる世界が、現実世界ではなく、画面や紙面の「向こう側」にあるから、その物質に向かい合って身動きしていないように見えるけれど、本人はその「向こう側」で、主人公と一緒に笑って泣いての大冒険中なのだ。
そして今は、その世界へ行く媒体が、アニメやゲームになったというだけ。だから、それらに夢中になっているだけ。
そんな俺をオタクと言うなら、構わない。好きにしてくれ、と思う。でも、そんな呼び名を付けたからと言って、俺は何も変わらないんだ。