第十三話
その日の夜遅く、父が相変わらず予告なく帰って来た。実際家の敷居をまたぐのは一週間ぶりだ。
父の向かった二〇四五年でも、あちらの代表は見つかったらしく、それ相応の罰を受けるらしいが、免許を剥奪されるだけで、人体的罰則などはないだろうと言っていた。
俺の部屋に集まっていた五人は、父の姿を見て口をみな閉じた。
「なんだ、俺がきたら一斉にしけた面見せるのか? ひどいなあ。俺はえんま様じゃないんだぞ?」
小さく笑いが起きた。
「父さん、この二人、自分達で投降して来たって事に……って、無理だよな、ごめん」
自分でも、馬鹿な事を言ったと反省した。父にそんな力があるかないかの前に、罪を憎んで人を憎まずっていう言葉通り、人は憎んでないけど、ちゃんと罪は憎まないといけない。
父は、俺の頭をポンと撫で、その手をシュウとルーフェスの肩に、やさしく置いた。
「行こうか」
その後を二人が続いて出て行く。なんとかサスペンス劇場のエンディングだったら、きっと今泣かせるバラードがバックに流れていそうな場面だ。
ニカ子が勢い良く立ち上がる。
「シュウ、またね」
シュウは驚いた様に足を止め、ゆっくり振り向いた。しかし、それっきり、またすぐに前を向いて歩き出した。
そして、シュウとルーフェスの二人は、未来へと帰る道を戻っていった。
「おつかれさまでした、田中さん、ニカ子さん」
「無事に終わってよかったね」
晶も真紀緒もほっとした表情でこちらに笑顔をみせる。
「後は、御門君だけだ。しっかし、よく寝るねー」
昼間に母から健康ドリンクを受け取って飲んだらしいので、もう深刻な状態ではないはずだ。なのに、まだ、ずっとこの部屋の布団で寝ている。たった今のプチ感動シーン中も、実はど真ん中でグウグウと寝息を立てていた。
「昨日からずっと寝たまんまだね、草哉君」
晶は呆れるというよりも、感心した面持ちで言った。
「幸せそうだな……」
俺の言った言葉に、みんな暖かい笑顔で頷いていた。
夜中に起きだした草哉を送り出したのが、確か深夜二時。何が起きたのかも全く知らず、雑居ビルにいたはずなのに、なぜこんなとこに? と騒ぎ立てる草哉の頭を一発はたき、とにかく家に帰れ、とタクシーに乗らせてからまだ三時間。今は朝五時だ。
疲れ果てて寝ていた俺を、こんな時間に揺すり起こしたのは、もちろん晶と真紀緒だった。
「どうしたんです……。こんな朝早くに。話なら、後にしてくださいよ……」
枕元に置いてあった目覚まし時計で時間を確認した俺は、少々ぶっきらぼうに言った。
「ユキ君! 時間がないんだってば!」
何か約束でもしていただろうか。動かない頭は、まだ充電不足だ。
「時間? なんの時間?」
「私たち、そろそろお暇させて頂こうと、ご挨拶にあがりました」
俺は飛び起きる。
「おいとま? 帰るって事ですか?」
布団の横に珍しく正座をする晶と、いつもの様に正座をする真紀緒は、二人揃って人差し指を口にあて、しー! としていた。
「お母様が起きてしまわれますよ」
そうだ、まだ五時か。
「帰るの?」
俺はまずそれを聞いた。
「うん。一週間、お世話になりました、ユキ君」
「なんでまたそんな突然。いつ決まったんです?」
残念そうに悲しい顔をしている真紀緒がいる。
「局から、先ほど連絡が。昨日までの映像で、今回の分は十分という判断がされたので、早速帰ってこい、と」
「そんな、急に……」
俺は二人を送る言葉も考えられず、落ち着かないままパジャマ姿で、ただウロウロと部屋の中を歩いていた。
「おばさんには、急に飛行機が取れて、スイスに帰る事になったって書き置きしてあるから、うまく話し合わせといて」
母も悲しがるだろう。きっとニカ子はそれ以上にショックを受けるかもしれない。でも、その前に、俺が……。
「寂しいです……、二人がいなくなると」
柄にもなく、しんみりとした事を言ってしまった。でも、本心だった。
「ありがとう、ユキ君。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「ええ。色々ご迷惑をかけましたから。でも、私たちも寂しいです」
俺はずっと言おうか、言うまいか迷っていた事をここで口にした。
「一つだけお願いがあるんだけど」