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第十話

 ニカ子は、自宅に着くまでの間に気がつき、体がだるいとは言っていたものの、他は問題ないということでそのまま帰らせた。真紀緒が家の中まで着いていき、成り行きを簡単に説明しているはずだ。

 草哉のほうは、相変わらず意識のないような状態でぐったりしている。とても、このまま家に送っていく事はできないと、とりあえず俺の部屋に寝かせた。悪いとは思ったが、草哉の携帯を勝手に拝借し、母親と名のついたメールアドレスに、俺の家に今日は泊まるという内容のメールを送っておいた。幸い明日は祝日だ。これで一晩くらいなら、ご家族が心配することはないだろう。

 父は、家に寄る事もなく、そのままの足で四五年に行くべくどこかに消えていった。母は何も知らず俺たちの帰りを迎え、夕飯は食べないのか、とちょっとむくれていた。

 草哉を自分の布団に寝かせ、俺は仕事をする為に隣の部屋に向かった晶を追った。

「晶さん、ちょっといいですか?」

 ドアの前で中にいるだろう晶に声を掛ける。その場で返事が聞こえるのを待っていると、おもむろに扉がカチャと開いた。

「なに?」

 立ち話程度なら、という晶の意思が伺えた。よほど忙しいのであろう。

「すいません、お仕事あるのに。一つだけ聞かせてください」

 晶は黙って俺を見上げ、その続きを待っている。

「晶さんたちは、今日、あのビルの一室で何が行われていたかも、これから俺がどうなるかも、全部知っているんですか? あのシュウという女の事は知らなかったみたいだけど、一体どこまで知ってるんですか? この事件の結末も知ってるんですか?」

 晶は、目をそらさずにまっすぐ俺を見ながら、まっすぐな声で聞いた。

「なぜ、それを知りたいのか、それを先に聞いてもいい? その答え次第で、私もちゃんと答えるから」

 その時ばかりは、彼女が年下であることは完全に忘れていた。対等である事を強調してくる晶に、俺も自分の気持ち返さなければと、思った。つかの間を経て、俺は口を開いた。

「……やっぱり」

 晶はだまって聞いていた。

「やっぱり、いまの質問、なかった事にしてください。ごめんなさい、忙しいのに。じゃ、おやすみなさい」

 俺は踵をかえして、自分の部屋の飛び込んでいった。後ろ手に部屋の扉をしめ、大きく息吐いた。知らないうちに俺は自分の手を強く握りしめていたようだ。広げた手のひらに、爪の跡がじわじわ痛かった。

 情けない。

 そう思った。

 この事件に巻き込まれた事実が、きっと晶達が取材に来た理由となる事件なのだろう。それならば、俺はここで何かを起こすに違いない。それが偉業なのか、愚業なのかは分からない。だから、それを先に知りたかった。俺は成功するのか、失敗するのか。聞いて安心したかったのだ。

 でも、晶にさっき問いただされたとき思った。

 情けないだろう。

 結局俺は、頑張る事をしたくなかっただけだ。結果が決まっているなら、何もしなくていいような気がしたいただけだ。でも、そんなの情けないじゃないか。

 自分がどんだけの人間か、分かっているつもりだ。俺が歴史に名を残せる器じゃない事くらい、自分が一番わかってる。だからこそ、どういう理由で俺を取材に来ているのか、が大事な事ではない。逆なんだ。どうせ何もできないんだ。せめて頑張ってる姿を、彼らに見せてやらないと。俺には、それくらいしか未来の人達に見てもらえる事なんてないんだから。

 こんな主役でごめん、未来の人達。でも、楽しんでくれたらいいな。へたれオタクの珍道中、くらいのサブタイトルでもつけてもらって、笑えるドキュメントってことで。

「俺に何が出来るか分からないけど……」

 苦しそうな表情を見せながら横たわる草哉に、俺は聞こえていないと分かっていながら言っておきたかった。

「まあ、がんばるさ。お前も寝てる場合じゃないぞ」

 自分でこれから言う事を考えて一人笑ってしまった。

「未来は俺たちオタクのもの、らしいぞ。信じられるか? ウケるだろ?」

 かなり気持ち悪い光景だが、俺はふふふと含み笑いをしていた。笑ってないと、自分を保っていられなかったのかも知れない。正直、周りで起きている事にどこまで自分が順応できているのか自信がなかった。

 でも、紛れもなくこれが、今俺が生きている現実だ。


 明くる日、午前中の早い時間に家の呼び鈴が鳴った。ちょっとの間を開けて、すぐにどどどど、と階段を上ってくる音が聞こえた。そして俺の部屋の扉がものすごい勢いで開け放たれた。

「ユキちゃん! なに、まだ寝てるの? 行くよ!」

 俺は、草哉を自分の布団に寝かせていた為、自分はその横で座布団を枕にざこ寝していた。

「……? ニカちゃん?」

「もう! 早く用意して! あ、ごめん、御門君、いたんだね。……まだ気がつかないのか」

 俺はやっと上半身を起こし、今日やるべき事を思い出した。

「そうだ。探しにいかないと。って、ニカちゃんはどこに行くの?」

 肩、腕、ついでに眉毛も大げさに下げてニカ子は言う。

「もーう。あのシュウって子探しに行くに決まってるでしょう? いいから! 下で待ってるから、早く来てね!」 

 やかましい目覚まし時計が立ち去り、俺は草哉の様子を見た。まだ目をさまさないが、昨日のように苦しそうではない。とにかく、このまま寝かせておいて、俺は探しにいかなくてはならない。

 本当に物語の主人公にでもなった気分だ。友達を助ける為に悪い奴を探し出すなんて、な。

 そんなバカな事を俺は考えていた。

 

 晶と真紀緒ももちろんついて来てはいるが、実際探すのは俺とニカ子だ。二人はあくまで取材をするだけだ。

 何の手がかりもない俺たちは、まずは昨日行った秋葉原のあの雑居ビルへ行ってみる事にした。

 午前中も早い時間なので、昨日の様に人通りも多くなく、まだ街自体が寝ているような感じを受ける。

「ここですね」

「うん。六階まで行ってみる?」

「とりあえず、何か残ってるかもしれないし。行ってみましょう」

 エレベーターで六階に行き、重い鉄のドアを開けてみた。鍵がかかっているかもしれない、と勘ぐっていたが、思いのほかあっさりドアは開いた。

「開いた」

「うん、入ってみよう」

「ニカちゃん達は、ここで待ってて下さい」

 三人は各々が、なぜ? という顔をしている。

「一応、俺、男ですから、見てきます。何か変な奴がいたら危ないですから」

「私だけはご同行させてください。護身術も心得ておりますので」

 真紀緒はもちろん、晶もうんうんと頷いている。真紀緒に付いているカメラが必要と言う事か。

「じゃあ、真紀緒さん、俺の後ろに付いて来てくださいね」

 そう言って、俺は中に入っていった。

 昨日同様、部屋のなかは真っ暗で見えづらいが、部屋の構造は知っていたので、すぐにカーテンを開け、部屋を照らし出させた。

 見渡す限り、部屋の中は昨日のままだった。椅子が散らばり、奥にはホワイトボードと大画面テレビ。俺たちが出て行った時とさして変わらない様に見える。ただ、そこにいた人達だけが消えただけ。

「昨日のまんまみたいですね」

「ええ。あの後、急いでここから出て行ったという感じですね」

 俺と真紀緒は、乱雑に残されている広い部屋で、ただその姿を見渡していた。嫌でも、昨日の奇妙な様子を思い出してしまう。自然に顔が渋ってくる。

「ユキちゃん、見て!」

 ニカ子がまだ何も言っていないうちに、部屋に入って来ていた。

「ニカちゃん、待っててって言ったのに……」

「そんなことより、これ!」

 ニカ子は手にノートのような物を持って見せていた。

「それは……」

 昨日、ここに入るとき、ルーフェスという男に名前を書いてくれと言われた名簿のようなものだった。

「これ、見て。昨日の日付の前にも、たくさん他の日に開かれた会の時の名簿があるの」

 ページをめくりながら見せてくれた内容は、何十ページにも渡り会を開いた時の参加者名簿が続いていた。一番上の行に日付。それぞれのページには、十から時には四十を超すような数の名前が書いてある。

 晶がノートを覗き込みながら言う。

「これがあれば、誰があのアニメを見てしまって、誰がクールガムを大量に摂取してしまっているか、わかるね」

「そうですね、これはもらっていきましょう」

 これで一つ手がかりと、成果を得る事が出来た。さて、どうしよう、と考え始めた時だった。

 ガタッ。

「誰!?」

 ニカ子が声を上げる。四人それぞれが音の主を探そうと忙しく目と耳を動かしていたが、それは案外すぐ近くだった。

「あ」

 昨日、シュウがにこやかに立っていた場所の、すぐ後ろ。この会場の舞台裏にあたる所であろうか。狭いスペースに机と椅子が三脚置かれている場所にいた。

「これ、昨日の人」

 床で仰向けに横たわる巨漢。ルーフェスだった。両手両足を大きく広げているのを見ると、先ほどした音はたぶん椅子か何かに体をぶつけた音か何かだろう。 

 見栄えの良いとはいえないその姿を見下ろす形で、真紀緒が言った。

「この様子ですと、この方も草哉さんと同じ症状のようですね」

「なんでこの人だけこんなとこに置いておかれてるんだろう……。この人は参加者じゃなくて、シュウの仲間でしょう? 足跡を残していくようなものじゃない」

 ニカ子の言う事はもっともだったが、その理由を明かした晶はさらにもっともだった。

「運び出せなかったんでしょう。この重さじゃ」

「ああ……」

 草哉同様、今見る限りはもう辛そうな顔は見せてはいないが、かえってそれが可哀想とも、痛々しくも見える。要は、置いていかれた訳だから。

 結局、これ以上の手掛かりは他にないだろうと、その男が起きるのを待った。

「晶D、そんなにつついてはきっと痛いはずですよ」

 近くにあったボールペンの先をルーフェスの左腕の柔らかそうなところに何度も突き刺していた。

「痛い訳ないじゃない。でもね、何にも刺激を与えないままじゃ、いつまで寝てるかも分からないもの」

 足を揺らしてみたり、耳元で大声を出してみたりはしているものの、やはり気づく様子はなかった。雰囲気を読んで俺は提案する。

「まだ時間も早いですし、少し待ってみましょう」

「うん、そうだね」

 ニカ子も覚悟を決めたのか、側にあった椅子に座りながら言った。

 それを見て、晶、真紀緒と椅子に座った。俺はその場に体育座りだ。

 皆が束の間、一息をつく。

 ぱっと見、不思議な光景だ。太った男の横たわる周りでくつろぐ男女四人。見るでもなく、ぼんやりその巨体を眺める。

「なんか、変だね。この状況」

 言ってニカ子は吹き出した。つられて笑みながら晶も言う。

「黙って静かにしてても、このデブに安眠を与えるだけだね。何か話でもしてよう」

 そうですね、と真紀緒は頷いてから言う。

「シュウと言う方は、一体どんな方なのでしょうね。お若い方の様にお見受けしましたが、なぜあんな大胆な事をしようとしたのでしょう」

 見た感じでは十代、あるいはせいぜい二十代前半か。晶や真紀緒がこの歳で働いているのだから、シュウと言う子も若いからといって、知恵も身もない暴走だと言い切ることもできないのだが。

「二〇四五年と言えば、ちょうどLOPが世界的に導入された年ではなかったでしょうか」

「オタクが作った生活オペレーションシステム、ですっけ?」

 俺は真紀緒に聞いた。

「はい。シュウさんと関係があるかは分かりませんが、確かその年だったかと思います。大変な話題になったと本で読んだ事がありますよ。私たちの年代でも、LOPがもしなかったら、どうやって生活したらいいのか、という人が殆どです」

「具体的に、どんな事ができるんですか? 」

 それを聞いた途端、真紀緒は晶を振り向き、判断をあおる様に見つめている。何か悪い事でも聞いたのだろうか。

「どうしたんです?」

 父が昨日、この件の情報開示の許可を取って来たと言っていたから、聞いてはいけない事もあまりないと思っていたのだが。

 代わりに晶が答える。しかしなんだか、言いにくそうにしているのが分かる。

「うーん、えーっとね、なんて言うの? 毎日の生活が楽になる、って言うの? 人間とコンピューターの共存って言うの?」

 俺は見かねて言った。

「晶さん、いいですよ、無理しなくて。言っちゃまずそうな事なんでしょ? 無理矢理聞き出そうなんて思ってませんから」

 晶は自分の頬を人差し指でポリポリと書きながら、えへへと言っている。

 ニカ子が話を変えようとしたのか、口を割った。

「ねえ? 私ちょっと不思議に思っていたんだけど、聞いてもいいかな」

 晶と真紀緒に向けて、ニカ子は椅子の上で座り直した。

「晶ちゃんに、真紀緒ちゃん。それに昨日のシュウ。全員女の子なのに、名前がみんな男の子みたいな気がするんだけど、どうして?」

 言われて初めて気づく。確かにそうかもしれない。たまたま、と言えばそれまでかもしれないが、何か理由があるとすれば聞いてみたい。

 そう言う事に詳しそうな真紀緒が、やはり答えた。

「一度、私も調べた事があるんです。実は、いまのこの時代からの流れなんですって。この時代あたりから、自分の子供につける名前を、出来るだけ平凡でなく、少し変わった名前をつけようとする傾向が強まっているようです。特に女の子には、それ以前のスタンダードだった何何子、と言う名前が激減します」

「ああ、確かに。私のクラスにも、子が付くのは四人しかいなかった。それに漢字もすごく難しかったり、外国人の名前みたいだったり、確かに凝った名前が多いね。まあ、私は子が付いてても、変わった名前ではあると思うけど」

 晶が元気に言う。

「私、ニカ子ちゃんの名前大好き。すごくいい名前だよね、元気っぽくて、ニカ子ちゃんにぴったりだと思うよ?」

 きっと本心から言っているのだろう。お世辞なんていうものは晶には似合わない。

「ありがとう、晶ちゃん。真紀緒ちゃん、それで?」

「ええ。その傾向がどんどん強まって、二〇三〇年くらいから、より変わった名前をつけるのが流行したんです。それで、今の私たちのように、女の子にまるで男の子のような名前をつけるのがブームになったようですね」

「へえ。おもしろい。じゃあ、将来私が女の子をもし産んだら、男の子みたいな名前つけようかな。太郎、とか? 先取り、なんちゃってね」

 あははは。

 みんなで笑っていた。晶、真紀緒、ニカ子、俺、あれ? もう一人の声? 

「はっははは、太郎って、それはないでしょ、太郎って……あ」

「あ、じゃないよ」

「あ……じゃないですよね……」

 ルーフェスがやっと起きていた。


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