act.6 私の歌声、受け取ってくださいね
文化祭当日。天気は快晴。抜けるような青空が広がっている。
私立翠蓮高校の第一グラウンドに設けられた特設ステージ。その控室に花音はいた。
(どうしよう……すっごく緊張してきた……)
心臓がバクバクいっていて、口から飛び出していきそうだ。
「花音ちゃん、だいじょうぶ?」
「ゆゆゆ、雪乃ちゃん……」
ぎこちない動きでふり返る花音の表情は蒼白で。
そんな親友に雪乃は「本当にだいじょうぶ?」と手をにぎってきた。
本当のことを言うと、全然大丈夫じゃない。けれどここで逃げ出したら響たちに顔向けできない。それに決めたから。
このステージが無事終わったら、響に好きを届けると。
だから、
「だ、だいじょう、ぶ……」
無理やり笑顔を浮かべる。
安心させるために笑ってみせたのだけれど、それは余計雪乃を不安にさせたようだ。
「お水をもらってくるね。待ってて」
パタパタと駆けて行く雪乃。
花音は支えを失って、力なくその場にしゃがみこんだ。
「うう……」
緊張のしすぎて気持ち悪くなってきた。
「吐きそう……」
と、つぶやいたとき、
「大丈夫か?」
ピトッとほほに冷たい感触が。
「ひゃああっ!」
変な悲鳴が出た。
もう本当に心臓が飛び出たかと思った。
「せ……先輩! おどろかさないでください!!」
キッと犯人をにらみつける。が、涙目でにらんでも効果はなくて。
響はどこ吹く風だ。くっくっく、と肩を震わせている。手にはペットボトル。間違いなく凶器はそれだ。
「もうっ」
ぷうっとほほをふくらませる花音。
そんな花音に、
「悪い。おもしろいくらい緊張していたからな、つい」
ぽんぽんと頭をなでる響。
その手がそのままふっくらとした花音のほほをぷにっとつまんで。
「いひゃい!」
すぐに解放された。
「ほら、そろそろ出番だぞ」
ぽんとペットボトルを渡される。
ペットボトルと響の背中を交互に見やり、緊張の糸がプツリと切れていることに気づいた。
(もしかして、先輩……)
だめだ、顔がにやけてしまう。
くすくすと笑っていると、
「井上?」
名前を呼ばれた。
花音は「はい」と返事をして響のもとへ駆けよる。
長身の響の顔を見上げ、
「先輩、このステージが終わったら聞いてほしい話があるんです」
「俺に?」
「はい。だから――」
響の前に回りこんでほほ笑む。
「私の歌声、受け取ってくださいね」
しばし花音の笑顔を見つめていた響だったが、
「ああ」
やさしい手つきで花音の髪をなでた。
二人でにこにこ笑いあっていると、
「アカボシのみなさん、そろそろステージへ」
係の生徒に声をかけられた。
「行くか」
「はい!」
沸き起こる歓声。
あふれ出すメロディ。
どこまでもつづく青空に、花音の歌声が響き渡った。