act.4 やっぱりかっこいいなあ…
バタバタと廊下を全力疾走する生徒が二名。
逃げる花音と追う響だ。
そんな彼らを生ぬるい視線、もしくはあきれまじりの苦笑で見守る生徒たち。そして、
「おーい。廊下は静かに走れー」
のんびりと注意するのは、生徒会の顧問である井戸畑圭介。けれど本気で止める気はないらしい。
彼のズレた注意に二人は、
「すみません!」
声をハモらせて謝るが、走る速度は落ちない。
そんな二人に井戸畑は肩をすくめる。
「それにしても井上花音、意外と足が速いな。これは新発見だ」
そのつぶやきを本人が聞くことはなく、花音はひたすら走った。
井戸畑の言葉どおり、運動が苦手そうに見える外見に反して、かなりの俊足だ。小柄な体型を十二分に発揮して、人のすき間を縫うように駆け抜ける。響も運動能力はある方だが、こちらは長身が仇となって思うようにすり抜けられない。距離を離されることはないが、縮まることもない。
やがて、階段にたどり着いた花音は、勢いを殺すことなく駆け下りた。
が――
「ひゃっ!」
思い切り踏み外した。
バランスを崩す。
体が傾き、そのまま下まで転がり落ちそうになって。
ぐいっと力強い腕に支えられる。
投げ出された足が視界に入る。
心臓がバクバクとうるさい。
「あ、ぶねえ」
深みのある低音が耳元で聞こえ、心臓がより一層大きく跳ねた。
(せ、先輩が……背中に先輩のぬくもりがっ)
少し視線を上げるだけで、響の整った顔が間近にあって、慌てて視線を戻した。
顔が一気に熱くなっていく。
時折、首筋をかすめる吐息に意識を奪われそうになって。
と、ふわりと体が浮き上がり、投げ出されていた足が床についた。
「怪我はないか?」
「はい。ありがとうご――っ!」
ガシッと肩をつかまれ、お礼の言葉が途切れる。
これはもしや絶体絶命?
たらり、と冷や汗を流す花音に、
「やっとつかまえた」
唇の端をわずかに上げた響を見上げ、
(やっぱりかっこいいなあ)
思わず惚れなおした花音だった。