act.3 ちょっとピンチ?
数日後。教室の出入り口をそうっとうかがう花音の姿がそこにあった。
実はあの日の翌日、花音はここで響に呼び出されたのだ。
いったいなにを言われるのか……と内心怯えていると、彼は開口一番に「バンドのボーカルをやってほしい」と言ってきたのだった。
突然のことに大きな目をさらに大きくする花音。びっくりしすぎて固まってしまった花音の耳には、以降の響の言葉が入ってこなくて。
けれど、咄嗟に出たのは「ごめんなさい」という言葉だった。
響の誘いはうれしかったけれど、自信がなくて。
きらびやかなステージで歌っている自分を思い描くことができなくて。
地味で、言いたいことの半分も言えないような自分なんかより、もっといい人がいる。
そう思った。
だから断ったのだけれど、そんな簡単に終わらなかった。
それから毎日、響の姿を見ない日はなくて。そのたびに「入れ」「ごめんなさい」の押し問答が繰り広げられるようになったのだった。
「花音ちゃん」
響の姿がないか注意深く見ている花音に、親友であり、幼なじみの彼女でもある雪乃が声をかけてきた。
「あ、雪乃ちゃん。響先輩に私のこと聞かれたら、私は早退したって――」
ふり返って――絶句した。
「ほう、そんなに俺に会いたくないのか」
ぐっと眉間にしわを寄せ、腕組みをしている響がそこにいた。
パクパクと口を動かす花音。
そんな彼女に、響の後ろから雪乃が申しわけなさそうに手を合わせている。その隣には花音の幼なじみで、雪乃の彼氏でもあり、響のバンド仲間でもある洸もいた。
これはちょっとピンチ?
そう理解した瞬間、
「待て、こら!」
見事なスタートダッシュを決めた花音と、そんな彼女を追いかける響。
ここ数日ですっかり恒例となった追いかけっこが始まった。
と、雪乃が首をかしげる。
「花音ちゃん、どうしてそこまでいやがるのかしら?」
先輩のこと、大好きなくせに。
そうつぶやく雪乃の隣で、洸は「女心はわかんねー」とぼやいたのだった。