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最初の転機

 次の日の昼休み、食堂で田中に恋愛禁止の話をしたら、案の定、笑われた。思う存分笑われた。

 

 「陸上部にそんな古臭い伝統あったとはなぁ」

 「佐倉から聞いたとき、正直頭抱えたくなったよ」

 

 恋愛禁止ということは3年になって、横山さんが部活の引退するまで僕は告白ができない。僕はうどんをずるずるとすする。喋りながら食べていたので、麺が少し伸びている。


 「でも、今時そんなの守ってるやついるのか?その先輩みたいに水面下で上手くやってるやつだっているだろ」

 「ルールがある時点でダメなんだよ」


 横山さんはルールとか規律をちゃんと守るひとなんだ。人に強制するほどではないけど、自然と遵守するタイプ。制服も校則に添った着方をしてる今時珍しいくらいの優等生だ。車がまったく通らない道路でも、赤信号ならきっちり止まる。見たことはないけど、きっとそうだ。当然、皆が反感を覚える恋愛禁止にも素直に従うはずだ。それを田中に話すと、なるほど、と納得した。


 「でも、これで彼氏がいないことはわかったな」

 「そうだね。それは救いだよ」

 「見方を変えれば、部活を引退するまで猶予があるってことでもあるしな」


 田中の言うとおりだ。考えてみれば、僕にとって有利な話と言ってもいいかもしれない。今現在、横山さんにとっての僕、越前は、ただの1クラスメイトでしかないんだ。これから仲良くなると言っても、1日2日でなんとかなるもんじゃない。そのあいだに誰かに先を越されたら一巻の終わりだ。それなら、ライバルの抜け駆けを許さず、親交を深める時間をたっぷり持てる恋愛禁止制度は、僕にとっては悪くない。


 「恋愛禁止って言っても、文字通りの恋愛禁止ってことではないよな」

 「それはないでしょ。交際とか、それに準ずるものが禁止ってことでしょ」


 人の感情を止めるなんてのはさすがに無理な話だ。要するに、交際する時間があったら、練習しろってことを体現した制度なのだ。


 「まあ、どの道、今はこつこつ仲良くなっていくしかないよ」


 千里の道も一歩からってね。ゆっくり焦らず慎重に。


 「ところで、越前。仲良くって言ってるけど、どうやって仲良くするつもりなんだ?おまえ横山と接点なんて、ほとんどないだろ」

 「それは…。どうしようか。田中はどうするつもりなんだよ?」

 「俺は、そもそもの話、そこそこ神野と仲いいからな。それに、メルアドくらいなら知ってるぜ」

 

 な、なんと!いや、確かに神野さんと田中が話してるの何回かあったけど、アドレスまで交換してたのか。田中の話曰く、ちょこちょこメールはしているらしい。正直羨ましい。田中と僕は同じくらいのスタート地点に立っていると思っていたけど、どうやら、まったく違ったようだ。田中は僕の知らないところで、何歩も先に進んでいたらしい。なんだか、急に焦りを感じた。

 

 「とりあえず、越前。連絡先を聞いておくのは何かと便利だ。メルアドくらいさっさと聞いてこい」


 …そんな簡単に言われても困るよ!




 昼休みが終わり、今は数学の授業中だ。ご飯を食べたあとで眠気がピークに達する時間、男子も女子もこくこくと船を漕ぎ始めているやつが何人かいた。田中も絶賛爆睡中だ。いつもは、僕もその船団に加わっているんだけど、今日は、全く違った。横山さんのアドレスをどうやってゲットするか。そのことで頭がいっぱいだった。僕と横山さんは接点がほとんどない。連絡先を聞くにしても、最低でも、お互いによく話すくらいの関係まで持って行かなきゃ。今の段階で聞いてももしかしたら教えてくれるかもしれないけど、明らかに不自然だ。変に勘ぐられて、気まずくなったりしても困る。それに、クラスの男子の奴とかに、それを見られてからかわれたりしたら…。ダメだ!ダメだ!どんどん悪い方向に思考が落ちていく!





 結局、答えは見つからないまま、帰りのホームルームになってしまった。担任の先生が連絡事項を伝えている。クラスの何人かは先生の話を聞きながら、カバンの中に荷物を詰め始めている。僕も、早く話が終わらないかと思いながら適当に聞いていたけど、来週内科検診があることを告げたあとに言った先生の一言で、僕の意識は一瞬でそちらに持ってかれた。忘れていた。そうだ。先生が教卓の上にくじ箱を置く。


 「それじゃ、今日は席替えするぞ。男子の出席番号早い方から順に前に来てくじを引いてけ」


 急にみんなざわざわと騒ぎ始めた。帰る準備をこそこそと始めていた生徒たちも、そんなことを忘れて隣の席の生徒とどの席がいいかと話している。僕も、急に胸がそわそわしてきた。これで、横山さんと隣になれたら、話す機会はかなり増える。ぜひともそのチャンス、掴みたいところだ。僕より1つ若い番号の生徒がくじを引いて帰ってきた。よし、僕の番だ。教卓の前に進む。さっと、くじ箱にを入れて引く。もちろん横山さんの隣になることを祈りながら。引いた番号は2番。窓側の前から二番目の席だ。僕の隣となる前後と右の席はまだ空いている。さて、どうなるか。


 「全員引いたな。じゃあ、1番から順に番号言ってくから、その番号引いたやつは手を挙げてくれ」


 2番と呼ばれたので僕は、はいと答える。先生が黒板に書いた座席表に越前、と名前を書いていく。ちなみに1番は石田だった。たぶん、今頃石田も月宮さんが隣に来ることを祈っているだろう。さて、3番は…佐倉だった。前後はダメだったか。残りで空いているのは右隣の8番の席のみだ。最後の8番に横山さんが来ることを願う。目を瞑って念を送ってみる。横山さん来い横山さん来い横山さん来い…。


 「それじゃあ、次、8番。当たった人は手挙げてくれ」

 「はーい」

 

 手を挙げたのは堂林くんだった。僕は目の前が真っ暗になった。





 「それじゃあこの席で決定するぞ。変えて欲しい奴はいるか」


 変えて欲しい。けどそんなこと言えるわけがない。横山さんの席はドア側の後ろから2番目の席だった。すっごい遠かった。もう絶望的に遠かった。ちなみに田中は窓側の1番後ろの席だった。しかも前の席は、神野さん。あいつは最高の席を手に入れたのだった。それに引き換え僕は。なんたる運のなさか。まあ、堂林君はクラス1の人気者だ。僕たちのスクールカーストのトップに立つという目標には必要なひとだ。そう考えて納得するしかない。僕が無理やり自分を説得している最中、後ろの方から、先生、と声が上がった。


 「すいません。私、目が悪いんで前の席に変わってもらえないですか」

 

 横山さんだった。その声を聞いて堂林君が素早く手を挙げる。


 「あ、俺、目良いんで変わりますよ」

 「堂林か。お前はできれば前に置いて、見張っておきたかったんだけどな」

 先生が冗談交じりに言う。クラスの皆も釣られて笑い出す。

 

 えっ。まさか。そんなことが。


 「横山。2列目でも問題ないか」

 「はい、2列目からなら見えるんで大丈夫です」

 「それじゃあ、堂林と横山の席、入れ替えるぞ。他にも目が悪い奴いたら、手挙げろよ」


 こうして僕は横山さんの隣をゲットしたのだった。





 席の移動が始まった。僕が席を移動させて、席に着くと隣からよいしょ、という声が聞こえてきた。横山さんが席を移動し終えたようだった。横山さんも席に着く。僕の横に。それだけのことなのになんだか感動した。僕は1度小さく息を吐いた。勇気を出して、けどそれを悟られないようにさりげなく、横の想いびとに声を掛けた。

 

 「横、よろしくね」

 「うん、よろしくね」

 

 横山さんが笑顔で答える。誰にでも向ける笑顔だけど、この笑顔がとても可愛らしい。絶対に彼氏になってやる。改めて誓う僕だった。そして、堂林君。君から受けた恩は一生忘れないよ!



 


 「天は俺たちに味方したみたいだな」

 「うん。僕も今回ばかりは運命とかの類を信じたくなったよ」


 そんなことを言いながら僕たちは校舎を出て駐輪場に向かう。くじ引きが終わった放課後、僕たちは互いの幸運を祝福しあった。夕方の日差しが僕等を暖かく包む。春が来たんだ、と実感した。自転車を漕ぐ足にも不思議と力がぎゅっと入る。風がとても気持ちよかった。


 

 

 


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