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なんてこったい

 週が明けて月曜日。

 課題の提出はなんとかなった。土曜日、同盟を交わしたのちに素直に課題に取り掛かることができた(取り掛かると言ってもほとんど写す作業だったが)。あの日、僕たちには、嫌なものにもものともしないような熱気のようなものが体から溢れていた。その熱気の燃料となったのは、やはり「越中同盟」だった。課題が終わってからも、そのことについて話し合った。その熱は今も続いていて、月曜の昼休み、食堂でも僕たちの話題はその話で持ちきりだった。

 

 「まずは現状の整理からだ」


 対面に座っている田中がコロッケパンを頬張り、もごもごしながら言った。

 

 「俺たちの目標はスクールカーストのトップに立つこと。越前、じゃあ、トップを目指す理由は」

 

 こっちに話を振ってきた。ついでに口から食べかすも飛んできた。汚いなぁ。

 

 「自分に自信をもつため。ってかあんまり、大きな声で言うな。周りに聞こえたらどうするんだよ」

 

 僕は小声で言った。周りには、何人か生徒が座っている。食堂内は活気に満ち溢れていて騒がしいけど、注意すれば近くのひとの喋り声なら聞こえてしまう。田中も気づいてわりっ、と声を抑え気味で返す。 続けて

 

 「正解。それともう1つ、やらなければならないことがある」

 

 田中が言った。よく聞いてみると担任の喋り方を真似ているみたいだった。若干、先生口調だ。僕もノってみるか。

 

 「田中先生。好きな子の評価を上げておくこと、ですね」

 

 「その通り。自分に自信を付けて、いざ告白となっても、相手がこっちのことを好きでいてくれなくちゃ本末転倒だ」

 

 土曜日の同盟時にはこのことは話さなかったけど、本来恋愛において、かなり大切なことだ。自信というのはどちらかというと、告白以降に必要になるものだ。周りからのからかいや自分の内から這い出てくるマイナスの感情を撥ね退ける、一種盾のような存在だ。告白より前はそんなに使うものでもない。

 

 「だけど、田中。それも重要だけどさ。なにより先に確かめておきたいことがある」

 「なんだ」

 

 田中は、首をかしげる。

 

 「横山さんに彼氏がいるかどうか、だよ」

 

 1番先に知っておかなければいけないことだった。絶賛不純異性交友中だったら、アウトだ。僕は田中ほど、強くはない。交際をしてると知ってしまったら、すぐ諦めてしまうだろう。



 放課後になり、各々帰り支度を始めている。田中は、例のとおり、バイトに向かうため僕に一声掛けた後、そそくさと教室を後にした。田中は意外にも苦学生だった。両親は田中が小学校の頃に離婚していて、母親の仕事が軌道に乗るまでかなり、苦しい生活を送っていたらしい。今はそうでもないらしいけど、それでも、暇があればバイトをしてせっせと貯金している。土曜日も4時くらいには、家を出てその足でバイトに行ったらしい。そのせいか、お金に関してはかなりシビアな考えを持っている。田中のそういうところを僕は尊敬していた。ハングリー精神というか。僕には欠けている部分だった。そして、手に入れたい、とも思っていた。だから、僕は今回の話にも乗ったのかもしれない。

 

 僕も荷物をカバンに詰めて、教室を出た。と言っても帰るわけじゃない。別の棟にある、図書館に向かう。今日は図書委員の仕事があるのだ。

 

 図書委員はクラスの男女1人ずつ選ばれる。仕事は月に1回、図書館の受付を行う簡単な仕事なんだけど、なにせ、月1とはいえ放課後の貴重な2時間を拘束されるのだから、みんなやりたがらない。そんなもんだから、くじ引きで選出されることになったんだけど、運の悪いことに僕が選ばれた。

 

 図書館には、パラパラとひとがいた。だいたいが3年生で受験に向けてせっせと勉学に励んでいる。

 カウンターに向かうと先にクラスの女子がいた。内側に回り席に着いて、カバンは足元に置いた。横から声を掛かった。

 

 「ちょっと遅刻だよ」

 

 話しかけてきたのは、うちのクラスの佐倉だ。僕と同じ帰宅部で切れ長の一重瞼は怖い印象をひとに与える。だけど性格はとても温厚で、今の言葉も責めるような口ぶりではなく、軽い冗談のような感じで笑いながら言ってきた。僕もそこらへんはわかっていたので、適当にごめんごめん、と返す。佐倉なりの挨拶みたいなものだ。佐倉はその視線を文庫に戻し、自分の世界に戻っていく。受付の仕事と言ってもほとんどやることはない。なので、暇な時間は本を読んだり、内職をしてもいいことになってる。僕もカウンターから出て読みたい本を探す。本を取って戻って席に着くと佐倉から話しかけられた。ちょうど、自分の本が読み終わったのか。手元にあった文庫はなくなっていた。


 「私たち、運がなかったね」

 「うん。放課後の2時間を奪われるのは痛いよ。まあ、家に帰ってもゲームやるだけだけどさ」

 「それよりも、私と2時間過ごすほうが有意義でしょ」

 「そうだね。とっても幸せだよ」

 「幸せならもっと心込めて言ってよ」


 そんな気はなさそうに言ったが、実際、佐倉が選ばれたとき、良かったと思った。佐倉は僕が気を使うことなく話せる数少ない女子の1人だった。2時間の間、苦手な女子と過ごすのは苦痛だ。素直にそう言ってみた。

 

 「いや、実際女子の図書委員が佐倉で助かったよ。苦手な女子とかだったらどうしようかと思った」

 「まあ私もだよ。越前とだったら気を使わないで済むし」

 

 そんなフレンドリーな会話をしながら、話題はクラスのある女子の話題になった。


 「そういえば、知ってる?月宮ちゃん、彼氏できたらしいよ」

 「まじか。石田あたりが悲しむだろうな。それで、お相手は?」


 月宮さんはうちのクラスの女子だ。バスケ部に所属していて、運動神経が良い。容姿はすらりとしていて、面長の小顔はきりっとしいる。可愛い、というより、綺麗、と表現したほうがいい。とにかく美人さんだ。ちなみに石田はその月宮さんを好いているうちのクラスの男子だ。

 

 「やっぱり石田君そうだったんだ。お相手は、3年の陸部の先輩らしいよ。友達が、駅前で2人で手繋ぎながら歩いてるとこ見たんだって」

 「その先輩羨ましいな。僕も1度でいいからそういうことしてみたいよ」

 

 もちろん横山さんと。佐倉が意地悪そうな顔をして言った。

 

 「へぇ、越前にもそういう願望あったんだ。まあ、まずは相手を探さないとね」

 「なかなか遠い道のりだなぁ」

 

 僕は笑いながら返す。いつかできるのだろうか。僕は横山さんとそういうことが。妄想が膨らみ少し上の空になる。


 「でも先輩もいけないよねぇ」

 「ん、何が?」

 「え?越前知らないの?」

 「何か先輩悪いことしてんの?二股とか」

 

 違う違うと佐倉は手を横に振った。なんのことだろう。全く見当がつかなかった。佐倉はにやにやしながら言った。なんだか、いやな予感がする。


 「だって、陸上部って男女両方とも、恋愛禁止でしょ」


 ……。オーマイガッ。

 

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