Happiness Link
Happiness Link ~戻らない時間
朝のラッシュ時、激しい車通りの交差点。ガードレールに腰掛けた8歳くらいの女の子が二人。花束を持って現れたホームレスの男性が歩行者信号の掛かる電柱の下に置かれた空き缶に差さった少し萎れた花を抜き取り、持ってきた花束に差し替える。
「また来てるね…」
そう言ったサナに、悲しげな表情でうつむき、うなずいて見せる女の子。
「あの人が…あなたがここにいる理由ね」
膝に当てた両手をギュッと握りしめ肩を震わせながらうなずく女の子。
「やっぱり憎い…よね?」
顔を上げ、ポロポロと涙を流しながら必死に首を横に振って見せる女の子。
「最初はね、憎いって思ったんだ。パパやママにも会えなくなっちゃったし、学校にも行けなくなっちゃって、みんなにも会えなくなっちゃった…でもっ!」
「そっか…いい子だね。お名前聞いてもいい?」
「わたし、ユウナ。あなたは?」
「私はサナ」
そう言ったサナは、ガードレールを掴む両手をグッと握りしめ、肩を震わせて、固く閉じた目尻に涙を滲ませる。
「サナちゃん…どうしたの?」
「ぐすっ…よかった…ホントによかった…もしユウナちゃんが、あの人を憎んでいたらね、私は、あの人を見殺しにするしかなかったから…。覚えているかな? 一年前の今日なんだよ? あの人ね、これからね、走ってくる大きなトラックに飛び込んじゃうの」
「うそでしょ?」
そっと首を横に振るサナ。歩行者信号は赤…走ってくる大型トラック…ホームレスの男性は、天を仰ぐと、そっと目を閉じ、車道へ向けて一歩足を進める。
「ダメ…ダメーーーーーっっ!!」
響くユウナの叫び声…男性の目の前でトラックがピタッと止まる。トラックだけじゃない、全ての物が、時間が止まる。
ガードレールから降りて男性へ歩み寄るサナ。
「これは…キミがやったのかい?」
男性の問いにうなずくサナ。
「なぜだ…なぜこんなこと…」
地面に両手両膝を付き、うなだれる男性。
「助けたかったから…私も、ユウナちゃんも。私は全部知ってるよ。あなたも、ユウナちゃんも、どれだけ苦しんできたか…」
「キミは…知っているのか? あの子のこと…」
「うん。ユウナちゃんはね、ずっとあなたのこと見ていたんだよ。あそこのガードレールに座って、ずっと…」
「じゃあ知っているんだろう? なぜ止めたんだ! 憎んでいるんだろう? 俺のことを…」
首を横に振って微笑んで見せたサナ。視界がスーッと真っ白になり…。
何もかもが真っ白な世界の中、男性の前にユウナが現れる。
「キミは…すまない…本当にすまなかった…」
そう言ってポロポロと涙を流し、額を地につけ土下座をする男性。
「ちがうっ! 悪いのは私なんだよ! 私が…遅刻しそうで急いでて、信号機が赤になっているのに気がつかなくて…全部私が悪いのに…それなのに…おじさんは私のせいで、家も、家族も、全部なくしちゃって…私のせいなのに…」
「ちがうっ! 俺が悪いんだっ!! 俺がちゃんとキミのことに気付いていれば…俺は、キミの大事な人生を奪ってしまったんだ! 死んだって許されることじゃないのは分かってる。でも…」
立ち上がり、声を荒げてそう言った男性に抱きつき、しがみつくユウナ。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっっ! 私ね、ずっと、ずっと謝りたかったの。おじさんは悪くないんだよ。だからね、笑って欲しいんだ。私は、おじさんの辛い顔と悲しい顔しか見たことないの。だから…ねっ!」
男性の顔を見上げてニコッと笑ったユウナ。その姿は、スーッと消えていき…気がつくと目の前を勢いよくトラックが通り過ぎていく。
「ちゃんとユウナちゃんとお話できましたか?」
声のほうへ振り返る男性。後ろに立っていたサナ。
「うん…ありがとう…でも、俺は、どうしたらいい? たとえ、あの子が許してくれても、あの子の人生を奪ってしまったことに変わりはない。俺は、どうしたら…」
微笑み、首をそっと横に振るサナ。
「あなたは、たくさん失ったじゃないですか。たくさん苦しんだじゃないですか。それで十分じゃないですか。ユウナちゃんはね、自分のせいだって、いっぱい苦しんで悲しんで、あの場所から動けないの。まだユウナちゃんを苦しめるの? ユウナちゃんはね、誰よりも、あなたが笑顔になることを、幸せになることを望んでるの。失った時間は、もう戻らない。そこには大切なもの、かけがえないもの、喜び、幸せ、それに辛いことや悲しいことも…全部忘れて前に進むことは、すっごく大変なことなのかもしれない。でもね、今を生きるあなたには、これから作り出す時間のほうが、失った時間よりも、もっと、ずっと大切なんだよ。だって…あなたには幸せになる義務があるんだもの。もう新しい時間を刻むことのできないユウナちゃんの分もねっ」
滲んだ涙を拭い、そっとうなずいて見せた男性は、真っ直ぐにガードレールのほうを見つめる。
「少し時間が欲しい。必ず…」
数日後、頭髪が整えられ髭も剃られたスーツ姿の男性が花束を持って、あの交差点に現れ、空き缶の花を差し替える。
「いてくれたんだね。となりにはユウナちゃんも?」
ガードレールに座っていたサナが、うなずいて見せる。
「キミも、ユウナちゃんも、本当にありがとう。俺、もう大丈夫だから。ユウナちゃんの分も幸せになってみせるから!」
グッと力強く握られたコブシを見せ、ニコッと笑って見せた男性。
「私のほうこそ、いつも綺麗なお花を持ってきてくれて、ありがとうだって。それと…お別れですね…だって」
「そっか…よかった…なのかな? それじゃ、これから面接があるから。じゃ!」
もう一度、ニコッと笑って見せた男性は、軽く手を上げ歩き去っていった。
「ホントにありがとう、サナちゃん。私、いくねっ! サナちゃんは…いかないの?」
微笑み、うなずいて見せるサナ。
「そっか…それじゃバイバイっ! ホントにありがとう!!」
そう言い、手を振るユウナの体かスーッと透けていき、やがて消える。満面の笑みをサナの心に残して。
空を仰ぐサナ。
「みんなが幸せになればね、誰も傷ついたり、命を落とすこともないんだよね。そんなの無理だって分かってるけど…でも、私には、できることがあるから。私の想いが世界中に広がれば、いつかはって…私は信じてるから…」
おしまい