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               ◆     ◆

 翌朝もエリサは遅刻ギリギリだった。昨日の巨大隕石について続報がないか、夜遅くまで海外のニュースサイトを漁ってみたが、それらしい情報は隕石同様きれいさっぱりネットの海から消えていた。その事に関してアメリカ在住の知人とチャットを介して問答しても、彼も真相を知りたいその他大勢の一人に過ぎなかった。


 結局何一つ有力な情報を得られないまま登校時間のデッドラインを迎え、ほぼ完徹で眠い目をこすりながら教室に入ってきた彼女が見たのは、いつになく不機嫌な虎鉄の姿だった。


 エリサは近寄りがたいオーラを放つ虎鉄を避けるようにして、後ろの席の浩一に小さく声をかける。


「おはよーさん。今日はえらい風強いな」


「おはよう。季節外れの低気圧が来てるから、今日は一日こんな感じだってさ。天気予報見て来なかったのかい?」


「あ~、バタバタしてたからそんなヒマなかってん」


 そこでさらに声をひそめ、ちらりと目線で前の席でむすっと座る虎鉄を指す。


「なあ、アレどないしたん?」


 浩一に尋ねても、シニカルな苦笑と肩をすくめるジェスチャーだけで何も語らない。どうやら彼も詳しい事情を知らないようだ。まったく、今日に限って欲しい情報がちっとも手に入らない。


 それにしても珍しいこともあるものだ。一晩寝ればすっかり脳がリセットされて宿題を存在ごと忘れる虎鉄が、朝からピリピリしているなんて、昨日よほどの事があったに違いない。それとも通学途中に犬のウンコでも踏んだか。


「ま、触らぬアホに何とやらや」


 女子とは思えないほどの大あくびをしながら、虎鉄の事だからどうせ大した事ないだろうと納得する。それよりもまだ始業もしていないというのに、早くも睡魔に負けそうだ。


 自分の席に着くと、一匹だった睡魔が一個師団くらいに増えた気がする。せめて鞄の中身を机に移そうと思うが、瞬きのたびに閉じたまぶたを開くのにかなりの苦労を強いられてその気が失せる。エリサは霞む視界の端に煩悶としている虎鉄を捉えていたが、まあ一時限目は英語だからいいか、とそれっきり目を開く事はなかったので、虎鉄の眼が赤く腫れている事には気がつかなかった。



 時間を巻き戻す。


 窓から差し込む夕日が眩しく、舞哉はカーテンを閉める。装飾や調度品などまるでない教会の客室には、彼の他に虎鉄とスフィーの姿があった。


 虎鉄は簡素なテーブルに備え付けられた木の椅子に座っているが、人目を忍ぶ必要がなくなったロボ丸出しのスフィーは、その巨体と軽自動車なみの体重ゆえに座れる椅子がなく壁を背にして立っている。教会が安普請だったらそもそも入れもしなかっただろう。


「懐かしいな、スフィー。そんなナリしてたから、さっぱりわからなかったぜ。なんっつーか……うん、デカくなったな」


 虎鉄の向かい側に座り、窮屈だとばかりにテーブルに足を投げ出す舞哉。家具から服からすべて前に住んでいた神父のおさがりなので、舞哉の常人離れした肉体に合わない事この上ないが、細かい事は気にしない性格なのかただ単に面倒臭いのか、三年経った今でも司祭平服キャソックは筋肉の隆起がはっきり見えるほどつんつるてんだし、椅子も机も使いにくいままである。伸び放題の無精ヒゲと、いつ散髪したのか定かではない蓬髪のせいでどう見ても神父には見えないのだが、これで意外と信者のウケは良いのだから世の中おかしなものである。


「あのロボと師匠って、やっぱ知り合いなのか?」


「おう、五年ほど前だったかな。コイツがまだこんなメカっぽくなかった頃な、ちょいと世話になった事があってよ」


 どこからどう見てもロボなスフィーが、メカっぽくなかった頃など想像できないが、こういう地球の常識で測れない交友関係を見せつけられると、改めて舞哉が地球人ではない事を思い知らされる。


「それで、わざわざこんな辺境まで何の用だ? まさか、久闊を叙するためだけにやって来るほど暇人じゃあるまい。さてはお前もとうとう手が後ろに回るような事をやらかしたか?」


 自分で言ってくつくつと笑い、巨体を震わせるたびに古びた椅子が軋む。


「フン、連邦宇宙軍だけでなく宇宙連邦治安維持局に追い回されてたお主と一緒にするでない。儂はただ、お主と手合わせがしたいだけじゃ。かつて宇宙最強と謳われた男――アペイロンとな」


 アペイロンという言葉に舞哉の顔からくだけた笑みが消え、瞬時に室内の空気が凍りつく。舞哉の全身の筋肉が盛り上がり、キャソックが張り裂けんと悲鳴を上げるが、次の瞬間には錯覚のようにすべてが元に戻っていた。その一瞬の変化を虎鉄は見逃さない。


「なんだ、そんな事かよ……。くだらねえ」


「くだらないとはどういう事だ? お主もかつて最強の名を冠した者なら、より強い相手との対決を望むものであろう」


「そーゆーのってさー、もう飽きたんだよ。だいたい俺も、もういい歳だろ? 喧嘩でどっちが強いかとか弱いとか、なんかどうでも良くなっちまったんだよ」


 心底どうでもいいような口ぶりで、頭をバリバリ掻く舞哉。今度はスフィーの怒りで室内の空気が変わると思いきや、その予想は彼女の哄笑で見事に裏切られた。


「血の気の多いお主の事じゃから、勝負と聞けば即座に乗ってくるかと思ったが、この五年でとんだ腰抜けになってしまったようじゃな。やれやれ――」


 鉄仮面の隙間から排気のような溜め息をつくと、では作戦を変えるとしよう、とスフィーが両手をパンと合わせる。そして開くと同時に掌と掌の間にスクリーンがあるかのように映像が広がった。空中に投影された映像には、宇宙空間と地球が映っている。


ALFエア・レーザー・フィールドか!? すげえ、空中映像投影なんてマジSFじゃん!」


「これは今現在、儂の巡航研究艦ふねから見た地球の映像を転送したものじゃ」


 突如見せられた宇宙未来科学に、虎鉄が色めき立つ。ALFに映った地球は、今こうして目の当たりにしても天気予報の気象映像のようで、頭ではあれが自分の住んでいる惑星だと理解していても、実際にこの目で見たわけではないのでリアリティに欠ける。


「儂としても不本意なのじゃが、お主が頑なに対決を拒み続けるというのなら、儂はこの星をビーム一発でドカーンと宇宙の塵にするつもりじゃ。さてどうしたものかのう?」


「おいちょっと待てよ! 露骨に脅迫じゃないかそれ!」


 慌てて虎鉄がツッコミを入れるが、舞哉はただ「ほう」と言って片方の眉を上げただけだった。


「ちなみに勝負して儂が勝った暁には、祝砲として地球にビームを撃つ」


「どっちにしろビーム撃つのかよ! お前ビーム撃ちたいだけだろ!」


「儂は慈悲深いでの、一日だけ返事を待ってやろう。明日またこの時間に訪ねて来るから、その時までにしっかりと返事を考えておくがいい。まあ結果は儂の圧勝に決まっておるが、せいぜい無駄な足掻きをしておくが良いわ」


「だから話聞けよ! だいたい何だよビームって。それって宇宙船から出るのか? お前から出るのか? どっちだよ!」


「それではまた明日、良い終末を」


 スフィーは虎鉄のツッコミを完璧に無視してゴツい身体で一礼すると、「転送」と一言残してかき消すように居なくなった。きっと宇宙船とやらに瞬間移動したのだろう。彼女の身体やALFなどの科学技術を鑑みると、それくらい平気の平左でやってのけそうだ。さすが地球人を原始人と評するだけはある。

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