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動く粗大ゴミ改めロボ、ではなく、スフィー=ファウルティーア=ゲレールターは困惑していた。捜索範囲を半径五キロに絞り、なるべく人気のない場所に自身を転送。不覚にも転送先の下調べを忘れ、不法投棄された粗大ゴミたちの中に転送されてしまったが、ここまではだいたい予定通り。しかも転送直後にいかにもバカっぽい現地の少年が通りかかるという幸運は、きっと日頃の行いが良いからだろう。大人だと自分の姿を見て警戒するか、大声を上げて逃げ出す可能性があるし、下手をすると武装した仲間を呼ぶかもしれない。まあ戦闘になったところで負ける気などさらさら無いのだが、無用な騒動は避けるべきなので、やはり聞き込みをするのなら子供に限る。
しかしいくら子供は好奇心旺盛で物事を深く考えないとはいえ、この反応はどうだろう。一度は警戒して半歩下がったかと思うと、眼をキラキラさせて喰いつかんばかりにこちらを見ている。いったいどういう心境の変化だ。それとも地球人とはみんなこうなのか。だとしたら随分ちょろいものだ。一自転周期もあれば征服できるかもしれない。いらないけど。
などとスフィーは安直に考えているが、もちろん地球人はこんなにちょろくもアホでもない。いきなり粗大ゴミが動けば驚くし、その正体が謎のロボットであれば逃げ出すなり警察に通報したりする。マスコミや自衛隊が出動するような大騒ぎに発展しないのは、相手が宇宙人に知り合いが居て、そのせいで非常識な出来事に対して免疫がある武藤虎鉄だからなのだが、当然彼女は知る由もない。
なのでまったく深く考えず、ラッキーさっそく訊いてみよう、という軽いノリで話しかけるが、果たしてそう上手くいくのだろうか。
「ところで小僧、ちと尋ねるが――」
「俺の名前は武藤虎鉄。で、俺が倒すのはどんな悪の組織だ?」
少年が思いっきりキメ顔で答えるが、まったく意味がわからない。って言うかお前の名前なんて訊いてないし。
「ん? 何? ん、ん?」
「聞こえなかったのか? こちとら覚悟はとっくにできてるんだ。さあ、早く俺を改造して人造人間にするなり
巨大ロボに乗せるなり好きにしてくれ」
ダメだ、言葉は通じているのに話が通じない。こいつは厄介だ。地球人の言語については完璧に準備をしてきたが、彼らの知的レベルがここまで低いとは想定外だ。
「いや、そうじゃなくて、あ~……」
「何? 違うのか? よし、わかった!」
そう言って少年は一歩下がると、右手を顎、左手を目の高さで固定。両足は軽く曲げつつ肩幅に広げ、左足を半歩前へずらすと自然な形で半身の構えをとった。
「まずは俺の実力がどれほどのものかテストしたいんだな? オーケーオーケー。どっからでもかかって来いよ」
頭が痛くなってきた。流れるような無駄のない動作には目を見張るが、武器も道具も使わずただ素手で殴り合う事で己の強さを示すなんて、どこの原始人だ。戦闘において最も肝要なのは火力だという事を懇々と説いてやりたいところだが、原住民の少年一人を諭したところで埒が明かないし、そんな事をしにはるばる地球に来たのではない。なので痛むこめかみを指で押さえつつ、ここはあえてスルー。
「まあ待て。まずは人の話を聞け。拳を振るうのは、儂の話を聞いてからでも遅くはないであろう」
すると少年は「なるほど。それもそうだ」と意外なほどあっさりと構えを解いた。好戦的で野蛮な奴かと思ったが、案外論理的なところもあるようだ。
「ここらにシド・マイヤーという男が住んでおるはずなのだが、知っておるか?」
「シド・マイヤー? どっかで聞いた事のある名前だな……」
原住民は心当たりがあるのか、しきりに「シド・マイヤー、シド・マイヤー……」と呪文のように繰り返すと、いきなり顔をぱっと輝かせ「ああ、シド・マイヤーって獅堂舞哉の事か!」と何やら勝手に納得し、即座に
「うわ~師匠の関係者かよ~。だからロボなのかチクショー期待させやがって……」と肩を落とした。テンションのアップダウンの激しさに若干引くスフィー。
「……あんた、師匠の知り合いか?」
恨めしそうな顔で少年が睨むが、勝手に期待して勝手に裏切られた気になられてもこちらが困る。
「師匠?」
「ああ、獅堂……じゃなくて、シド・マイヤーは俺の師匠なんだ」
何という偶然。まさかこんなに簡単に彼の関係者に遭遇できるとは、ますます幸先が良い。
「知り合いというほどでもないかのう。昔ちいとばかし仕事を手伝ってやった事はあるがな」
「そうか。まあここで会ったのも何かの縁だ。ちょうどこれから行くところだし、良かったら俺が師匠んトコま
で案内してやるよ」
「それは助かる。何しろ地球は初めてでな。右も左も判らずに難儀しておったんじゃ」
「ああ、でもちょっと待った」
これ幸いと後を着いて歩こうとした矢先、少年が渋い顔で待ったをかける。
「さすがにその格好でウロウロ歩いたら拙いからな。悪いけどこれ被ってくれよ」
そう言うと、ゴミ捨て場から拾ってきた古いカーテンをスフィーに手渡した。