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               ◆     ◆

 一年五組担任の現国教師、鮎川友子あゆかわともこ二十九歳独身がいかにも幸薄そうな疲れた声で本日の授業終了を言い渡すと、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に、ある者は部活に、ある者は委員会に、そしてそれ以外の者は帰路へとついた。


 虎鉄は帰宅組の一人である。テスト前以外は教科書もノートも机に入れっぱなしなので、浩一やエリサよりも帰り支度が速い。まだ机の中の物を鞄に詰めている二人にお先にと声をかけ、ほとんど空の鞄を手に教室を後にした。


 校門を一歩出ると、空まで届けと言わんばかりのまっすぐな一本道。そして見渡す限りの田んぼと畑。民家など、双眼鏡を使っても片手で数えられるほどしか見えない。ここまで見晴らしがいいと、脱走してもすぐ教師に見つかる。秋になれば田んぼの稲に紛れて逃走する事も可能だが、今の時期は水が張られたぬかるみ状態で入れない。それに畑から漂う、鼻が曲がりそうな鶏糞や堆肥のウンコ臭に鼻と脳がやられてまともな思考ができなくなる。だから今はその時ではないし、必要もない。そもそも下校時間だし。


 滑走路に転用できそうな道をひたすら歩き、ようやく民家がちらほらと見え出してくると、グラデーションのように田舎道だった景色が住宅街へと変化してくる。さらに歩を進めると道は商店街へと繋がり、個人経営の店舗が軒を連ねる。八百屋のオヤジが店先で威勢の良い声を張り上げ、魚屋の恰幅のいいおばちゃんは夕飯の買い物に来た主婦を相手に世間話をしている。そこにはまだ、古き良き商店街の姿がまだ残っていた。


 駅に着くと人通りや喧騒はピークに達し、通り過ぎるにつれてまた閑散としてくる。家と家との間隔はどんどん離れ、民家が少なくなるに比例して人の気配がなくなっていく。街灯のない、一日中単眼の黄色信号が点滅する道をただひたすら歩いて郊外に出る。


 虎鉄はまだ夕方だというのに人の姿をほとんど見かけない通りをずんずん歩いていると、


「おい、そこの小僧」


 機械で加工したような変な声に呼び止められた。


「ん?」


 辺りを見渡しても誰もおらず、なんだ空耳かと思いきや、


「お前じゃ、お前」


 また声がした。振り返って背後を見ても、人影一つ見当たらない。見えるのは電柱とポストの間に不法投棄された、ブラウン管の割れたチャンネル式のテレビや、大型冷蔵庫などの粗大ゴミだけ。


 虎鉄が姿の見えない犯人に対して舌打ちをしたその時、


「どこを見ておる。こっちじゃこっち」


 粗大ゴミが動いた。


 突然のホラー体験に虎鉄が身構えるのも忘れて後ずさりすると、「あ、ちょ、ちょっと待て」とそれはゴミをかき分け姿を現した。


「ロッ…………!」


 ロボだこれ! どう見てもロボだコイツ! 動く粗大ゴミの正体は、そう思わざるを得ないほどロボロボしていた。中世の西洋甲冑をモチーフに最先端の人体工学と機械科学を融和させたようなデザインは、きっと誰が見てもそう思うに違いない。特に真っ赤に輝くメタリックなボディは、小学生の男子とか大喜び間違いなし。もちろん虎鉄にもどストライクだ。


 虎鉄が幼少の頃より憧れ、けれどいくら親にねだっても買ってもらえず、高校生になった今でも熱は冷めぬまま、財布が許すならば可能な限り新旧問わず集めてみたいと野望を持つテレビの特撮ヒーロー番組の超合金シリーズとか、変形合体メカとかそういうのを人間大にしたものが、今目の前にいる。


 これはもしかすると、いつも見てるご当地特撮ヒーロー番組のロケか何かだろうかという考えが虎鉄の脳裏を一瞬よぎる。だがしかし、あんな低予算番組がこんなリアルな着ぐるみを作れるだろうか。いや無理。絶対無理。ILMルーカスでもCGの補正なしにここまでリアルなものは映像化できないだろう。


 つまりこれは本物だ。


「ついに……」


 最初の驚きで半歩下がった足がいま、感嘆の声とともに一歩前に出る。そびえ立つ謎の未確認物体に、今や恐怖は微塵も無い。むしろ興奮のあまり心臓が爆発し、脳ミソが耳からこぼれそうになる。何しろ子供の頃から夢見た事が、ついに現実になって現れたのだ。舞い上がるなという方が無茶だ。


「この日が来たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 両手を上げて快哉を叫ぶ虎鉄の声が、夕暮れの郊外に響いた。


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