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               ◆     ◆

 昼休みになり、クラスメイトの多くが購買部や食堂という名の戦地へと移動し、熾烈な食料争奪戦を繰り広げている頃、がらんとした教室の片隅では、いつものように虎鉄の机が半回転して浩一の机と繋がっていた。


 だが浩一が弁当をつついている向かいに虎鉄の姿はなく、差し向かいに並べた机の横側には、浩一のものと遜色ない大きさの弁当を先割れスプーンでちまちま口に運んでいるエリサの姿があった。


「虎鉄遅いなあ。どこまで買いに行ったんだろう?」


「まあこの時間はどこもアホみたいに混んでるからな。おおかた人の波に飲まれてどっかに流されてったんやろ」


 アイツちっちゃいからなあ、というエリサの声に、浩一の乾いた笑いが重なる。ハーフである彼女が平均的な女子よりもはるかに長身なのはもとより、浩一はさらに背が高いので三人並ぶと否応なしに虎鉄の小ささが目立ってしまう。


 しかし小さいのも一概に悪い事ばかりではない。何しろこうして二人に気付かれる事なく教室へと侵入し、ケタケタ笑うエリサの背後に回りこみ、気付いた浩一が何か言おうとするよりも一瞬早く、無防備なエリサの頭頂部にある髪の分け目――即ち人体に於いて最も防御力の薄い部分に向けてチョップの一撃をかます事ができるのだから。


 虎鉄チョップ炸裂。


「あいたっ!」


「人をコロポックルみたいに言うな。いつかスティーブン・セガールみたいになってやるから、そん時ぁ吠え面かくなよ」


 痛みと脳髄を揺らす衝撃に驚いて振り返ると、古傷だらけの右手を手刀に構え、左手にはぱんぱんに詰まったスーパーのレジ袋(大)を下げた虎鉄が口をへの字にして立っていた。


「堪忍堪忍。いや~、それにしても遅かったやないの。迷子になったんちゃうかってお母さん心配、あだ!」


 再び同じ箇所にチョップを喰らい、体をくねらせて悶絶するエリサ。この技は地味に痛いのだ。


「いった~……。あんた神父さんとこで変な拳法習ってるんやろ? ちょっとは手加減しいや。頭割れてミソが

出たらどないしてくれるん」


「うっせぇ、変な拳法じゃねえよ。それに手加減したからその程度で済んだんだ。本気でやったらそこだけハゲて、逆モヒカンになってるからな」


「あんた、か弱い女の子になんちゅう技かましとるんや!」


「あ? か弱い? 女の子? どこにいるんだよそんなもん。バーカバーカ」


「バカちゃいますぅ。それにバカ言うもんがバカですぅ。せやからあんたがバカですぅ」


 まるっきり子供のケンカを始めた二人を、最初はにこにこもぐもぐと傍観していた浩一だったが、エリサが虎鉄にヘッドロックをかましたまま先割れスプーンで凶器攻撃をしようとしたあたりでさすがに止めに入った。


 しかしクラスメイトも慣れたもので、二人があわや流血沙汰になりかねない取っ組み合いをしても、その後何食わぬ顔で同じ机で昼食をとり始めても、誰一人慌ても騒ぎもしなかった。今日も平常運転である。


「ところで、あんたいつも言ってるけど、なんでスティーブン・セガールになりたいん?」


「俺の憧れだよ。身長一九六センチもあって、しかも合気道の達人なんだぜ」


「なんやそんな理由かいな。ウチはてっきり虎鉄は将来戦艦のコックになりたいんやと思ってた」


「ちげーよ、それ役だから。それにセガールの代表作それだけじゃないからな!」


「それにしても、今日はずいぶん遅かったね。何かあったの?」


「いや、いつものコレが売り切れててよー。駅前のスーパーまで行っちまったぜ」


 言いながら虎鉄はビニール袋から『カルシウム三倍(当社比)もりもり体が大きくなる牛乳』という開発担当者のネーミングセンスを疑いたくなる一リットルパックの牛乳を取り出した。


「駅前? 何でそないアホみたいに遠いとこまで行くん? ゆうに片道三キロはあるで」


 エリサは咄嗟に腕時計を確認する。まだ昼休みが始まって三十分といったところだ。柴楽高校から駅前のスーパーまでとなると、彼女なら自転車を使えば何とか三十分で往復できるかどうかだ。それを徒歩で、しかも昼食の買い物までこなしてきた虎鉄の俊足と、汗をかくどころか息一つ乱さず教室に滑り込んできた体力に舌を巻く。


「相変わらず健脚だね。陸上部に入ってあげればいいのに」


 浩一が冗談めかして言うが、虎鉄は「あいつらとは鍛え方が違うんだよ」とつっぱねて、開封した牛乳パックをラッパ飲みする。ごぶんごぶんと喉を鳴らす音が三十秒ほど続いて一気に飲み干した後、


「さてと、メシにするか」


 口の周りの白い線も拭かずに袋から大量のパンやおにぎりを取り出す。そこでとうとう我慢できなくなったのか、それとも予定調和なのか、エリサが「見てるこっちがお腹いっぱいになるわ」とげんなりした声でツッコミを入れた。


「いつも思うけど、その体のどこにそんだけ入るんや? いっぺん解剖して見てみたいわ」


「牛みたいに胃が四つあるのかもね」


 親友にまでえらい言われようだが、本人はさして気にした風もなく「これくらい食わないと晩メシまでもたないんだよ」といった意味の言葉をもごもごと発しているが、その間も口に食べ物を詰め込む動作は止まらない。


「しかし……ニッチなネーミングやなあ。直球っちゅうか捻りなしっちゅうか、購買層絞り込みすぎやろ。こん

なん虎鉄以外の誰が買うねん」


 空になった紙パックの側面を見ると、成分表の中にホエイプロテインという文字が見受けられ、ますます一部の層にのみ向けて生産された感が強くなる。しかも驚くべき事に、さっき虎鉄はこれが売り切れていたと言っていた。大丈夫かこの町は、とエリサは口の中で呟く。



 エリサが柴楽町の行く末を案じている間にも、虎鉄は食前に飲んだ牛乳などまるで腹の足しにならないと言わんばかりに大量の食料を胃に収めていく。あれだけ膨らんでいたスーパーの袋も、今ではもうほとんど中身がなくなりかけている。二人にとってはもう見慣れた光景だが、知らぬ者が見たらコイツこれから冬眠でもするのかと思うだろうし、知っている者が見ても、どうしてコイツはこれだけ食ってちっとも太らないんだろうと、男子ならただ疑念を持ち、女子なら人が殺せそうな呪詛の念を送るだろう。


「ところで二人とも、今日の放課後はどうする? 駅前のカラオケボックスの割引券があるんだけど」


「あ~ゴメン、ウチ今日は部活やからパス」


 浩一の誘いに、エリサは今朝の隕石ネタを部内で検証せんとあかんから、と片手を上げて謝る。


「そうか、じゃあ仕方ないね。虎鉄は?」


「わり、俺も師匠んとこ行かにゃならんからパスだ」


 食べ終えたパンやらおにぎりやらの包装をまとめてレジ袋に押し込め、両手で握り潰す。空気が抜けてソフトボール大になったゴミの塊を、虎鉄は手首のスナップだけで教室の反対側に設置されたゴミ箱にライナーで放り込んだ。


「あれ、練習って今日だっけ?」


「んにゃ、教会のてっぺんに古い鐘があるだろ?」


「あるね、ずいぶん立派なのが」


「せやけど最近鳴ってるの聞いた事ないな。ウチあの鐘の音好きやったのに」


「鳴るわけねえよ。その鐘の留め具が老朽化して、いつ落下してもおかしくないそうだからな。それで業者が修理に来るまでの応急処置をするから手伝えとさ。ったくあのエセ神父、人をいいようにコキ使いやがって。っつーかあれ何百キロあると思ってんだ」


「コラ虎鉄、神父さんの悪口言うたらバチ当たるで」


 いかにも信心深いクリスチャンのように、両手の指を組んだエリサに窘められた。


 だが虎鉄は鉄拳神父こと獅堂舞哉しどうまいやの正体を知っているだけに、何とも複雑な気分になる。いっその事ここで洗いざらい喋ってしまいたいが、柴楽高校新聞部期待の新人ホープ、人間スピーカーの異名を持つエリサに知られたら、下手なネット掲示板よりも速やかに話が広まるのでそれはできない。何より舞哉との約束を破ると何かと都合が悪いのは虎鉄の方なので、ぐっと堪えて「へーへー、そりゃ悪ぅございました」と軽口で受け流した。


「卯月ってあそこの神父さんと面識あるの?」


「両親がクリスチャンやからな、教会には昔っから行っとるよ」


「へ~、それは初耳」


「会うといっつもお菓子くれるから、ウチ舞哉神父好きやねん」


「子供かよ。って言うかまだ貰ってるのかよ。そういうのって、小さい子供だけだろ」


「そう? 大阪におった頃は知らんおばちゃんでもアメちゃんとかくれたで」


「いや、大阪のおばちゃんはそういう生き物だから、一緒にするな」


「せやけど“鉄拳神父”ってよう言うたもんやな。ウチ人がどつかれてまっすぐ飛んで行くん、テレビや映画以外で初めて見たわ」


「そう言えば、あの神父さんが来てすぐだったよね。ヤクザの組が潰れたのって」


「あ~、あの教会って海のそばの一等地やからなあ。舞哉神父の前の神父さんは、えらい嫌がらせ受けとったみたいやで」


 ここでタネ明かしをすると、獅堂舞哉は神父でもクリスチャンでも何でもない。もっと言ってしまえば地球人でもないのだが、とにかく彼は、本物の神父が度重なる地上げヤクザのいやがらせに音を上げてばっくれた教会に、勝手に住み着いているだけのオッサン型宇宙人である。


 三年前、遥か宇宙の彼方よりやってきた放浪の宇宙人、獅堂舞哉が地球で最初に出会ったのが、そこでアホ面下げている武藤虎鉄(当時十二歳)である。


 まだランドセルを背負ったあどけない虎鉄少年は、行き場を失った哀れなホームレス宇宙人に「ここ、今誰も住んでないからちょうどいいんじゃね?」と、住む所と職を勝手に与えた。ちなみに神父の装束は教会に残っていたのを、これまた無断で拝借している。


 こうして事情を知らない柴楽町の敬虔な信者たちは、意外に早く次の神父がやって来てくれたと喜んだのだが、世の中そう誰もが新参者を快く歓迎してくれるわけではない。コテージから海が見える別荘を建てるために教会の土地に目をつけて、やっとこさ神父を追い出してさあこれからだと腕まくりをしていた地上げ屋にとって、新たな神父は邪魔者以外の何者でもない。


 そして神も仏も信じない無法者たちは、知らぬが仏と言うべきか、舞哉に対して暴力やや多め(前回比)な方向で地上げを実施した。


 彼らの何が悪かったのかと問われれば、運が悪かったとしか答えようがない。何しろカモだと思った相手が、実は宇宙最強を謳っているとは夢にも思わないだろう。連邦宇宙軍の艦隊を相手に幾度となく死線を潜り抜けてきた舞哉にとって、刃物ヤッパ拳銃ハジキなど何の脅威にもならない。あの時エリサが見た光景とは、説教の最中に嫌がらせをしにきたヤクザを、彼らがお決まりの口上を言う前に次々と殴り飛ばして文字通り教会から叩き出した、鉄拳神父の伝説第一号の事である。


 そして伝説開始から一週間後、初日からの記録的な敗退にもめげず涙ぐましいプロ意識で数々の嫌がらせをしに行き、その都度大量のケガ人を生産させられたヤクザの組事務所は、まるで発破をしたかのようにビルごと綺麗になくなった。レスキュー隊に救助された構成員が救急車で搬送される前に放った最後の言葉は「化け物だ」であったが、これは公式には記録されていない。その後瓦礫の中から銃刀法と麻薬取締法に抵触する証拠が多数発見され、組は事実上完全に消滅したのであった。


「虎鉄は神父さんと大工仕事か。それじゃあ仕方ないね」


「ン、ンン。なんだ、浩一、手伝いたかったら、ン、着いて来てもいいんだぜ」


 わざとらしく咳払いしながら道連れが欲しそうな目で見る虎鉄に、浩一は爽やかにはっはっはと笑いながら、


「そうしたいのは山々だけど、我が家の家訓でね。付き合う変人は二人までにしろって言われてるんだ」

 と、けっこうキツい返しをし、エリサに「それってまさか、ウチも入ってるとか言わんやろね」と睨まれていた。

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