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ラス前です。



 休業中の海の家の倉庫から拝借した手漕ぎボートでアペイロンの落下地点に辿り着いた舞哉たちは、気力体力ともに使い果たして変身が解けた虎鉄が浮いているのを発見した。


「なんや、また気ぃ失っとるわ」


 水面にぷかぷかと仰向けに浮いている学生服姿の虎鉄を、エリサがオールの先でつつく。


 反応なし。懐中電灯に照らされた顔は完全に白目を剥いていて、水死体と見間違えそうだ。


「大気圏を往復し、初めて行った宇宙でドラコと戦ったんじゃ。他にも今日一日だけで色々あったしのう、さしものアペイロンも疲れたのであろう。今は眠らせてやれ」


「仕方ねえ、説教は明日にしてやるよ」


 不承不承の舞哉が虎鉄を海面から拾い上げ、無造作にボートの中央に放り込む。手荷物みたいに手荒く扱われ、「んげ」と踏まれたカエルみたいな声を上げる虎鉄。世界を救ったヒーローなのに、何とも無体な話である。


「やれやれ。通信が途絶えた時は冷や冷やしたが、よくもまあ無事に帰ってきたものじゃ」


「ったく、この嬢ちゃんが機転を利かせなかったら今頃どうなってたか」


「しかし、よく小僧がミサイルに気づくと確信が持てたな。儂にはとても小僧の思考回路は読めんよ」


「虎鉄とは長い付き合いやからなあ。このアホはガッコのベンキョはからっきしやけど、武器とか格闘技とか妙に偏った知識だけはあるねん。せやから大丈夫やとは思っとったけど、まさかここまで上手く行くとはウチも驚きやったわ」


 二人は「へ~」と感心しつつも、にやにや笑いを浮かべながらエリサを見る。


「俺もコイツとは長い付き合いだが、そこまで詳しくはねえな。やっぱ見てるところが違うんだなあ」


「お主とこの娘では観点が違うわ。観点が違えば、見えるものもまた違う。何をどう見ていたかは、言わずもがなじゃがのう」


「なっ……」


 宇宙人二人に茶化され、エリサの顔が闇夜に浮かび上がるほど熱を持つ。


「ちゃ、ちゃうねん! そんなんちゃうねん! ぜんっぜんそんなんちゃうねん!」


 必死になって否定するも、二人は「またまた~」とか「照れるな照れるな」とか茶化しまくってますますエリサをむきにさせる。


 そんな喧騒の中、虎鉄は死んだように眠る。


 スフィーの言った通り、今日一日だけでとんでもない経験を何度もした。恐らく人生で一度きりの体験を、一ダース以上は経験しているだろう。特に宇宙関係。


 彼が世界を救った事は、永久に世に知らされる事は無いだろう。だがしかし、ここに居る三人だけは真実を知っているし、それでいいと虎鉄は思う。ヒーローとは、誰かに褒められるためにやるのではないのだから。


 今はただ、眠れ。


 いずれ来る新たな闘いのために。


「お疲れさん、ヒーロー」


 エリサの労いの声が、夜の波間に吸い込まれて消えた。



 泥のような眠りの中で、虎鉄は昔の思い出と今日の出来事がごちゃ混ぜになった、夢の出来損ないみたいなものを見ていた。


 思えばさすらいの宿無し宇宙人シド・マイヤーと出逢った時、もしかしたらこんな夢みたいな展開が待っているのではと期待したものだが、いざテレビや漫画で見て憧れていたヒーローになってみると、そのあまりの過酷さや理想と現実のギャップに愕然とさせられた。


 今日という日については名状しがたく、言葉を並べれば百万をもってしてもまだ足りない。それでも一言に集約すると、


 疲れた、


 といったところか。


 ひと段落ついたところで、虎鉄の意識はさらに深く眠りへと沈んでいく。


 夢も見ないほど深く。

次で終わります。

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