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 女生徒――卯月うづきエリサは教室の後ろの端にいる凸凹コンビを見つけると、乱れた息を整える間も惜しんで再びもの凄い勢いで駆け寄る。二人の直前でぴたりと止まると、凄まじいブレーキで上履きがキュッと鳴いた。


「号外号外。めっちゃ凄いニュース持って来たで」


 号外と言うわりには囁くような小さい声に、虎鉄も浩一も会話を一時中断し、エリサに体を向ける。


「号外って、ついに教頭のヅラ疑惑が明るみになったか?」


「アホ。そんな小ネタやったら声ひそめて言うかいな。って言うかそんなん周知の事実や」


 からかうような虎鉄に、エリサは大きな目を細めてツッコミを入れる。それに対して浩一は「なるほど」と真面目な顔で首肯する。


「今回はマジで特ダネやねんけど、ネタがネタだけに大きな声で言われへんねん。せやからまず二人にだけ特別に教えたるわ」


 そうしてエリサは片手で手招きをし、二人の頭を寄せる。もう片手で学生鞄の中からプリンター用紙の束を取り出すと、世に出でもしたら国家転覆ものの機密が詰まった極秘書類を開陳するかの如き慎重さで机に広げた。


「何だこりゃ? 全部英語じゃないか」


「また海外のニュースサイトを漁ってたのかい? 時差を利用するのもいいけど、ほどほどにしないと遅刻するよ」


 ずらりと並んだプリンター用紙にはびっしりと英文が書き込まれていて、英語の成績が中学の頃から一、二、一、二と行進しているような虎鉄には、宇宙人が遺跡に残した碑文と何ら変わりない。辛うじて荒い解像度の、しかもモノクロで印刷された写真があるが、真っ黒に潰れていてやはり何も分かりはしなかった。


「簡単に言うと、『謎の巨大隕石、突如消失』って記事なんよ」


 まあ正確には記事にもなってへんねんけどな、とエリサは補足する。


「どういう意味だよ?」


「つまり、どこの報道機関も取り上げてへんけど、関係者の誰かがどこぞに『ナイショやけどこないな事件があ

ったんやで~』って洩らした情報を今朝拾ったんや」


「じゃあこれ全部、素人のニュースブログから集めてきたの? よく見つけられたね」


「そうでもないで。ウチがいつもチャットしてるアメリカの連れがな、UFOマニアと知り合いでそっから情報引っ張ってきてくれてん」


「へ~。卯月も虎鉄なみに変わった知り合いが多いね」


「一緒にせんといて。あんなんに比べたら、ウチの知り合いなんてまだまだ一般人やわ」


「まあ鉄拳神父と元外人部隊の漫画家に比べたら、たいていの人間は普通に見えるよね」


「お前ら人の身内をゲテモノみたいに言うのも大概にしろよ……」


 鉄拳神父の異名を持つ師匠と、ノストラダムスを信じてどうせ世紀末にみんな死ぬのならとせっかく受かった大学に入らず、浮いた入学金で世界を好き勝手に放浪した挙句、マッドマックスみたいな世界で生き残る術を身につけるべく外人部隊に入隊。だが肝心のXデーに何も起こらず、人生設計が狂いまくって途方に暮れた末に現在売れない漫画家をしている叔父を持つ虎鉄の冷ややかな声に、エリサと浩一は苦笑いと咳払いでその場をごまかした。


「で、謎の巨大隕石だっけ? それが突如消失ってどういう事?」


「あんな、昨夜――っちゅうてもアメリカの昨夜な。日本時間で言うたら……まあええわ。とにかく最初にその巨大隕石を発見したのが、スミソニアン天体物理観測所。ほんでちょっとの差でヤーキス天文台が見つけとるねん。それからパロマーや他の主要な天文台からもNASAに発見報告が行きよったんや」


「複数の、それも世界的に有名な天体観測所が発見か。なるほど、説得力があるね」


「せやろ? ほいでその隕石な、手品みたいにぱっと現れたみたいやねん。同じ場所の数分前のデータを見ても、影も形もあらへん。どっからともなくやって来たんやなくて、ほんまにいきなりそこに出現した、って感じに」


「宇宙は広いからな。見落としたんじゃないのか?」


「アホ、素人の天体観測とちゃうねんで。ごっつい機械と偉い学者さんたちが、寄ってたかって空見つめとるんや。闇夜のカラスかて見つけるっちゅうねん」


「ところで、巨大隕石って言うけど、実際どれくらいの大きさだったの?」


 浩一の問いに、エリサはよくぞ聞いてくれましたという顔で、


「驚くなかれ、なんと全長約四キロメートルの超大物や」


 まるで自分が釣り上げた魚の大きさを自慢するかのように両手を広げ、無駄にでかい胸を反らす。しかし四キロという数字に素直に驚愕の表情を示す浩一とは対称的に、虎鉄はアホの子丸出しの顔でぽかんとしていた。


「四キロって、柴楽高校うちのグラウンド二周くらいだろ? それほど大きくなくね?」


「じゃあ虎鉄、もし地球に衝突したら人類滅亡しちゃうくらい凄い隕石って、どれくらいの大きさからだと思う?」


「え? そりゃあ人類滅亡なんてくらいだから、百キロメートルは必要だろ」


「アホ。全長二キロメートルもあれば、余裕で人類滅亡。地球はこっぱミジンコや」


「なにぃ……。じゃあ四キロってお釣りが出るじゃないか」


「せやから大ニュースや言うたやろ……」


 落ちこぼれの生徒がようやく授業を理解した教師の顔で、エリサがため息をつく。


「でもそんな大きなニュースをどこも取り上げてないなんておかしいね」


「アレか? 政府の隠蔽工作ってヤツか? CIA、いや、国家安全保障局《NSA》が動いたに違いない」


「まあ無用なパニックを恐れて情報統制する場合もあるやろうけど、何せ今回は発見から約二時間後にいきなり

姿を消しよったからな。煙みたいに綺麗さっぱり。噂では大統領の家族とその腹心だけこっそり逃げようとしたとかしないとかっちゅうキナ臭い話もあったみたいやけど、結局消えてもうたからそんな話丸ごと無かった事にしよったんやろうな。こんなん真面目に発表しても誰も信じへんやろうし、それこそ無用な混乱を招くだけや」


「しかし地球が木っ端微塵になるってのに、どこに逃げるつもりだったんだか」


「専用のシャトルで宇宙ステーションにってのが定石やろうけど、逃げる前に事が終わったから結局骨折り損やな」


「シャトルはジェット機みたいにすぐ準備ができないからね。SF映画とかだったら、専用カタパルトとか巨大ブースターで簡単に飛び立てるけど、残念ながらまだ実現してないから」


「けど上手く逃げおおせたところで、地球がなくなっちまったんじゃどうしようもないだろ。宇宙ステーションの酸素や食料がなくなったらどうするつもりだったんだ?」


 知らんがな、とエリサが虎鉄を一刀両断。このまま脱線していても良かったのだが、始業まで残り五分を切っている。たとえ世間話でもオチをつけないと気が済まない関西人の血が、時間切れでせっかくのネタが不完全燃焼という失態を許さない。


「とにかく、ほんまやったら表沙汰にならへんかったニュースを、関係者インサイダー漏洩リークしてくれたんや。大統領逃亡云々の揣摩臆測は置いといて、謎の巨大隕石が突如消失やで? 嘘かほんまか知らんけど、こんなおもろいニュースほっといたら、新聞部の名が廃るっちゅうねん」


「けどなあ、逆を言えば知らなかったら平和に生きてこれた大騒ぎの種を、無理くり掘り返してるだけなのかもしれないぜ?」


「まあ、知らぬが仏って言うしね」


「アホ。国民の知る権利は大統領権限よりも強いんや。ウチの眼が黒いうちは、ジャーナリズムが国家権力に負けたりせんで!」


 朝っぱらからテンション上げて、両の拳を握り締めるエリサに向けて、浩一は好々爺のような笑顔を。そして口をへの字に曲げた虎鉄は一言。


「いや、お前の眼……青いじゃん」


 卯月エリサ――父親は日本人、母親はアメリカ人のハーフ。アメリカ生まれの大阪育ちで、柴楽町には小学四年生の時に引っ越してきた。母親譲りのスタイルと長い金髪は、まるでプレイメイトがコスプレでセーラー服を着ているような錯覚を起こさせる。また体育でブルマでも穿こうものなら、バズーカ砲のような長尺レンズを持ったカメラ小僧一個中隊の砲兵隊列ができ、平和な柴楽町に軍靴の足音が響くのを連想させ、ご高齢の方々をビビらせた。この事件は地域住民の善意の通報により警察が出動し、無事解散させる事に成功したが、同日開かれた緊急職員会議の果てに、翌日から女子の体操着が短パンに変更になるという最悪の形で一旦の終幕を迎え、校内外を問わず男たちに血の涙を流させた。噂では夏になって体育科目が水泳になる前に、プールの周囲を高い壁で囲おうという案が先のPTA会議で出されたとまことしやかに囁かれているが、予算等の問題があるのか見積もりに来た工事関係者を見た者は未だ誰もいない。


「ハッ……ほんまや」


「ジャーナリズムの負けだな」


 無事にオチがついたのを見計らったように、始業のチャイムが鳴った。

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