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               ◆     ◆


 失神している間は致し方ないとして、虎鉄は目が覚めても暫くの間、自分が音速の四十倍以上の速度で移動している事に気がつかなかった。それだけ宇宙は地上と違い、大気との摩擦も無く、風景も変わらず、障害物も無かった。


「ここは……? そうか、爆発に巻き込まれて……あててっ」


 虎鉄は痛む頭を何とか働かせ、状況を把握する。どうやら宇宙船が爆発した時の衝撃波で気絶してしまったようだ。今は爆発の衝撃に押されて、もの凄い速度で飛んでいるのだと理解できるが、身体に何も感じないし、風景が動かないのでまったく実感が湧かない。星と星との距離があまりにもありすぎて、数百キロ動いた程度ではほとんど動いたうちに入らないのだ。


 地上から夜空を眺めると、あれだけ星があるように見えたのに、ひとたび宇宙に出てみると驚くほどに何も無い。たしかに星は地上よりはっきりとよく見えるが、むしろ距離は遠くなったように感じる。虎鉄は改めて、宇宙というものがどれだけ寂寞とした空間なのか身に染みて知らされた。ここはまるで、すべての生き物を拒絶しているかのようだ。


 とはいえ、気がついたのにいつまでも飛ばされているわけにはいかない。肘や膝などの各関節に現れたスラスターを駆使し、慎重に逆制動をかけ失敗し何度かぐるぐる回りつつもどうにか停まる。


 宇宙は相変わらず上も下も分からない世界だった。基準になるものが何も無く、重力によって血液が下がる事がないのでますます判断がつかない。


 そこでようやく虎鉄は気付く。あまりにも何も無い。そして、見えるべきものが見えない事に、重力も無いのに急速に血の気が下がった。


「地球が……、見えない…………」


 あろう事か、虎鉄は宇宙で迷子になっていた。気を失っている間に、いったいどれだけの距離を飛ばされて来たのだろう。それ以前に、どの方角から飛ばされて来たのかすら、もう判別がつかない。全方位を無限の闇に包まれ、太陽以外さしたる目印のない空間に一人ぼっち。絶望的過ぎる。


 反射的に幼少時に親とはぐれて迷子になったトラウマが発動し、当時のどうしようもない焦燥感が込み上げてきて金玉がむずむずしてくる。


「いやいや待て待て落ち着け。たしかアレだ、こぐま座のしっぽをたどっていけば北極星に当たってそれを目印に……って、こぐま座がどれかわかんねえし、そもそもここ銀河系かよ!」


 強引に冷静ぶってみるが、小学生の頃に親戚の叔父に教わったにわか仕込みのサバイバル知識などあてになるはずもない。


 とりあえず虎鉄は叔父に教わった中で使えそうな登山の基本、『夜の山で道に迷ったら無闇に動くな』を実行する事にする。これなら今以上に状況が悪くなる事はまず無いだろうし、冷静に状況を整理し、考える時間も得られる。こういう時、持つべきものはサバイバル経験の豊富な親戚というものだろうか。虎鉄は無事に地球に帰る事ができたら、何年ぶりかに叔父に挨拶にでも行こうと決めた。


 宇宙空間にどっかりと腰を下ろす。地面も何もないところであぐらをかくのも妙な気分だが、どんなにピンチな時でもひとまず腰を落ち着けてみると、意外と気が静まるものだ。というか、ここまで極限状態だと慌てても仕方ないというか、吹っ切れざるをえない。


 まずは身体検査。足元から順に手で触りながら、目視と触診で身体に変化が無いかを確認する。ここで重大な問題が発生。目が覚めてから感じていた違和感の正体が明らかになった。なんとロボ頭を失くしていたのだ。


「しまった……。こんな事なら顎紐でもつけとけば良かった……」


 顎紐程度で防げた問題ではないが、ロボ頭が無いとスフィーたちと通信できなくて不便どころの騒ぎではない。しかしいくら悔やんだところで後の祭り。今さらどうにもならないと、早々に諦めることにした。


 身体の方は、とりあえず大きなケガは無し。どうやら最大稼動したおかげでエネルギーが余り、気絶中もコアが内燃氣環の余剰エネルギーを使ってネオ・オリハルコンで修復してくれたようだ。ドラコを圧倒したパワーや修復能力といい、あれだけの攻撃に耐えた装甲といい、アペイロンのとんでもない性能に改めて驚く。もしも装着したのがアペイロンじゃなければ、きっと虎鉄は今こうして生きてはいないだろう。


 あぐらを解き、ごろりと横になる。実際は床も天井も無いのだが、仰向けになって寝転がると気が和らぎ、良い案が浮かびそうな気がする。まあ気がするだけで、何か良い案が浮かんだ事なんて無いが。


「はあ……どうにも参ったね、こりゃ」


 ぽつりと独白するも、当然誰からの返事も無い。いつもなら返って来る威勢のいいツッコミも、通信機なしでは届かない。


「あいつら、心配してるかな……」


 通信が途絶えて、どれだけの時間が経ったのだろう。今頃地球では自分の安否を気遣って右往左往しているのだろうか。それとも自分の事などすっぱり忘れて、命が助かったお祝いにパーティでもしているのか。何だか後者の方が現実味があるのが寂しい。


 思わず目頭が熱くなりかけたところ、涙で滲みかけた虎鉄の視界の端で、一つの星がきらりと光った。


「お、流れ星か? 宇宙でも見えるんだなあ」


 などと悠長な事を呟きながら、虎鉄は星が光った方向に向かって柏手を打つ。そして両手を合わせて願い事を唱えた。


「無事に地球に戻れますよーに」


 何と間の抜けた願い事だろう。こんな願い事をされたって流れ星も困るだろうが、まあ虎鉄だって本気で叶うとは思っていない。孤独と不安を紛らわすための、ちょっとした気休めみたいなものだ。


 不思議な事に、虎鉄が顔を上げても流れ星は消えていなかった。もう一つくらい願い事が言えるんじゃないかと思って見ていると、何だかさっきより大きくなっているような気がする。気のせいではないかとまじまじと見ていると、どんどん大きくなってるので気のせいじゃない。って言うかこっちに向かって飛んで来ている。


「マジか!?」


 慌ててスラスターを噴かし、強引に回避行動をとる。流れ星は、ずっこけているようにしか見えない、だが本人は華麗によけているつもりの虎鉄の約一メートル横を、何事も無かったかのように通り過ぎて行った。


 そしてすれ違うほんの一瞬、ネオ・オリハルコンによって強化された虎鉄の動体視力は、虚空の闇に一筋の光を灯す流星の正体を見極めていた。


「あれは……ミサイル?」


 流星だと思っていたのは、腹にСССРと書かれたミサイルだった。推進剤を使い切ったミサイルが慣性でここまで飛んできて、それが太陽光を反射して流星のように見えたのだ。


「CCCP……? 英語? いや、違うな。たしかロシア語にも似たのがあったな……」


 СССР《エスエスエスエール》――英語で表記するならUSSR。旧ソビエト社会主義共和国連邦の事である。しかしどうして今頃ソ連のミサイルが飛んで来たのか。虎鉄も歴史の教科書でしか知識はないが、崩壊する前のソ連がアメリカと対立していたのは、もう半世紀以上前だったはず。その頃は冷戦状態で、実際に戦闘が行われない反面、情報戦が主だったという。そのため両国が相手の手の内を探ろうと、競い合うように軍事衛星を打ち上げまくっていたそうだが、未だ現役の機体があるとは驚きだ。恐らく今のミサイルも、その頃打ち上げられたキラー衛星に搭載されたミサイルだろう。


「何故ソ連のミサイルが今頃……」


 解せぬ。あのミサイルは、いつ発射されたのか。あんな博物館行きの骨董品を実用する機会など、果たして現代にあるのだろうか。あったとしても、本当に機能するのか甚だ不安である。


 それにあれが宇宙塵デブリだとしても、どうにもしっくり来ない。もともと古い衛星だ。何らかの目的でミサイルを発射したとしても、それはきっと何年も何十年も前の事で、いくらここが地球が見えないほど遠く離れた場所でも、こんなに近くを飛んいるはずがない。飛んでいるとしたら、もっと遠く、それこそ土星や冥王星あたりでもおかしくない。


 仮に軍事目的だとしても、間違っても今この現代で、あんなポンコツを使うような酔狂な司令官は居ない。どう考えてもあのミサイルは使われる事が無いのだ。なのにそれが今、飛んで来たという事は、これではまるで――


「待てよ……」


 虎鉄の脳裏に、雷光の如く光が走る。そう、これではまるで、虎鉄を狙って撃ったみたいではないか。


「あいつら……」


 ようやく虎鉄は気づいた。あのミサイルは間違いなく、スフィーたちが虎鉄に向けて撃ったものだ。おそらく彼女らは虎鉄が地球からどんどん離れていくのを確認したが、通信不能だったので慌てて別の方法を考えたのだろう。虎鉄が目覚めた時、帰るべき地球の方角を示すために。


「粋な事してくれるじゃねえか。泣けるぜ」


 だが仲間の救援に感涙しそうになるのも束の間、


「はっ? しまった、ミサイルが来た方向を忘れた! もう一回、もう一回チャンスをくれえっ!」


 仲間がくれたチャンスを棒に振ってしまった事に気づき、虎鉄は頭を抱えて仰け反る。されど虎鉄を責めるなかれ。ただでさえ宇宙には上下も目印もなく、方向感覚が優れた者でも気を抜けば容易に方角を見失う。そして嘆くなかれ。そういう宇宙のあれこれに精通しているスフィーや舞哉が、そして虎鉄の事を良く知るエリサがこれくらい見越していないはずがない。


 そうして最初のミサイルが通り過ぎてからきっかり五分後に、二発目のミサイルがやってきて、まだ後悔と自責のエビ反りダンスを踊っていた虎鉄に命中した。

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