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「なんじゃあ!?」
急に素っ頓狂な声を上げた少女に、巨漢の神父と金髪娘が不審な顔をして集まる。
「どうした、スフィー?」
「どないしたんや、いきなりアホみたいな声出して」
見れば、スフィーの周囲に浮かんでいるALFの一つがエラーを発している。彼女は他の作業に追われながらも、エラーを発しているALFを操作しながら小首を傾げていた。
「儂の船が爆発した」
「虎鉄か? あのバカがやったのか?」
「あのアホ、やっぱり生きとったんや!」
虎鉄が生きているかもしれない。その可能性の浮上に、舞哉とエリサが色めき立つ。だがスフィーは飛び上がって抱き合おうとする二人を、小さな手で制する。
「慌てるな。まだそうと決まったわけではない。ぬか喜びをしていると、足元をすくわれるぞ」
口には出さなかったが、ドラコがアペイロンを確実に始末するために、宇宙船を爆破したという可能性もあるのだ。喜びに水を刺されてしゅんとする二人をさておき、ドラマーのように忙しく複数のALFを操作し、目ぼしい天体観測所のコンピューターに侵入。ついさっき観測されたばかりの記録映像には、SF映画と見間違えそうな宇宙空間での大爆発が記録されていた。
「これって明らかに……アレやんな?」
「うむ、座標からして間違いなく儂の船じゃ。だが肝心要の小僧とドラコの現状がまったくわからん。役に立たん奴じゃ」
ALFの映像は、恐らく世界で最も高性能な天体望遠鏡のものであろうが、いかんせん広い宇宙で人を捜すとなると荷が勝ち過ぎる。地球の科学力にそこまで求めるのも可哀想というものだ。
残念ながら二人の姿は確認できなかったものの、これでとりあえず当初の目的は果たせたと言っていいだろう。一応時間内に宇宙船の爆破は達成できたのだから。
「やはり直接近くまで寄ってみんと、何もわからんのう」
地上からの観測を諦め、別の角度からのアプローチに変更する。スフィーはエラー音を鳴らし続けているALFを片手の一振りで消すと、また猛烈な指さばきで作業を再開した。
「近くに寄るって、いったいどないすんの? 今から監視衛星でも打ち上げるんか?」
地面にあぐらをかいてスフィーが操作するALFを、エリサが後ろから頭越しに覗き込むが、もの凄い速度でプログラムらしき文字や数字の羅列が流れていくだけで、何をしているのかさっぱり分からなかった。
「わざわざそんな事をせんでも、さっきからあの周辺で使えそうなスパイ衛星をハッキングしておったところじゃ。ちょうどいい。手頃なのを一つ見繕って、小僧の様子を見に行かせよう」
「さっきからって、まさかスパイ衛星を使って虎鉄を大気圏再突入させる気やったんか?」
「言ったであろう、儂に考えがあると」
「……何かよう分からんプログラムみたいなのしてると思ったら、あんたさっきからそんなごっつい事しとったんか」
「この星の情報ネットワークなど、儂に言わせりゃザル以下じゃ。こんなもん、いかようにでもできる。その気になれば、独立端末だって乗っ取って見せるわ」
えへんと胸を張って威張りつつも、動かす手の速度は一向に衰えない。傍から見ると子供が指揮者の真似事をしているくらいにしか見えないが、やっている事はCIAに国際指名手配されてもおかしくない出来事だった。
「さらっとうちらの常識無視して、頼もしいだか恐ろしいんだが……。ん? ちょい待ちや」
「なんじゃ?」
「それやったら最初っからどっかの国の核ミサイル使って、宇宙船を爆破したら良かったんちゃうん?」
「馬鹿を言うな。儂の船は外見こそ隕石だが、あの時は迷彩装置が発動してて、この惑星の観測機器では発見できん状態だった。何も無い場所に核ミサイルなんて撃ってみい。発射と同時に疑心暗鬼になった他の国が報復行動に出て、核戦争勃発じゃ」
「せやったらスパイ衛星はええのんか?」
「今ハッキングしておるのは、表向き存在していない衛星じゃから問題ない。そもそも軍事衛星なぞ、ほとんどが便宜上存在しとらんからな。無いものを好きに使って何が悪い。それにハッキングを気取られるほど、儂の腕は甘くはないわ」
「なるほど~、あんた賢いな~。ほんで黒いな~」
「ええい、頭を撫でるな! とにかく急いで衛星を現場に向かわせて調査せんとな」
頭を撫でくるエリサの手を払いのけつつも、スフィーは内心胸を撫で下ろしていた。実は舞哉が変身できないと知った時点で、彼女は一つの計画を立てていた。
それは虎鉄が変身できる事に賭ける――のではない。ただでさえ彼女は舞哉の提唱する魂だの精神論だのにはうんざりしていたし、明確な数値で表せないものに存在価値を認めないのに、そんな奇跡みたいな都合の良い展開を期待するわけがない。
では彼女の計画とは何か。それはある物を探していたのだ。そしてそれは彼女の手にかかれば容易に見つけ、集める事ができた。
キラー衛星。宇宙ものや軍事ものの映画などでたまに登場する、敵国の衛星や目標を攻撃するための兵器である。秘密裏に核ミサイルなどを搭載しているので公にされる事はまず無いが、地球の衛星軌道にはけっこうな数の軍事衛星が周回している。彼女はそれらに搭載された攻撃兵器を用いて、宇宙船を破壊しようと計画していた。本当はこれが第一プランで、虎鉄は予備の第二プラン――もっとぶっちゃけて言えば、ドラコの目を第一プランから逸らすための陽動程度だったのは秘密だ。
だが計算外だったのは、第一プランの準備に手間取っている間に、ほとんど期待していなかった第二プランの方が成功してしまった事だ。
まあこれはこれで結果オーライ。巡航研究船とロボットを失ったのは手痛い損失だが、命あっての物種というやつだ。生きてさえいれば、あんなものはこの先いくらでも作れる。いや、さらに上の物が自分なら作れるはずだ。
さて、無事命の危険から解放されると現金なもので、科学者の性という奴だろうか、知的好奇心がむくむくと湧いてくる。そう、如何にして虎鉄がドラコを倒しえたのか。あれだけ圧倒的な力の差があったのだ。どう計算しても、勝てる見込みなどありはしなかった。確率なんてあったもんじゃない。次元が違っていた。それが何故、どうしてそうなった。
知りたい。たとえ宇宙の闇を総ざらいする事になっても、これを知らずして死ねないと思った。だからスフィーは捜す。虎鉄を、もしくはかつて虎鉄だったものを。その一部だけでもいいから回収して解析せねば。でもできれば生きていればいいなあと思うのは、それが虎鉄に対する情なのか、生きていた方が得られるデータが多いからという合理的な理由なのかは彼女も判断しかねた。
幸い探索の手足となるものは手持ちにあった。ロシア――旧ソ連が冷戦時代、極秘に打ち上げていた偵察衛星“神の眼”だ。人工衛星集めが無駄骨になったかと思っていたが、こんな所で役に立つとはついている。これも日頃の行いが良いからに違いない。
スフィーは内心鼻歌交じりにALFを操作し、“神の眼”の超望遠レンズを宇宙船が爆発した座標へと向けさせた。
が、
「……あれ?」
衛星本体がちょっとした年代物なため受信映像が白黒だったので、スフィーの補正プログラムをかませて強引に総天然色に加工した映像には、宇宙塵と化した巡航研究船と隕石の残骸は見当たれど、肝心のアペイロンの姿は影も形も見当たらない。
まさか爆発に巻き込まれて消滅してしまったのか。最悪の想像がそれぞれの頭をよぎる。ALFに映る融解した宇宙船の残骸や、熱で表面が溶けてガラス状になった隕石が爆発の凄まじさを如実に物語っており、皆の想像を悪い方へと後押しする。
それでも一縷の望みをかけて衛星のレンズをあらゆる角度に向けていると、ようやく一つの希望が見えた。
「見つけた! アペイロンじゃ!」
「ほんまに? やっぱりあのアホ、生きとったんや!」
「やれやれ、余計な心配かけやがって……」
スフィーの声にエリサは飛び上がって喜び、舞哉は一瞬だけ安堵するが、すぐにまた仏頂面に戻った。
そしてスフィーもまた、緩んだ気を引き締めんと重い声で皆に告げた。
「どうやら喜んでばかりもおられんようじゃぞ」
「ど、どないしたんや? まさか……」
「恐らく爆発に巻き込まれたようじゃな。小僧は今吹っ飛ばされて、もの凄い速度で地球から遠ざかっておる」
「それがどないしたん? 飛べるんやから、いくら離れてもいつかは帰ってこられるんやろ?」
「…………ッ!」
何を悠長な事を、と思わずスフィーは声を荒げて叱責しそうになったが、すぐさま思い直した。エリサを無知と思ってはいけない。彼女も所詮は地球人。生まれてから一度も宇宙に出た事のない宇宙処女なのだから、分からなくても仕方が無い。
「考えてもみろ。今もなお小僧が地球から離れておるという事は、間違いなく意識がないという状況じゃ」
「つまり、虎鉄が気がつくまで飛びっ放しっちゅう事か」
「左様。そこで問題なのは、小僧の意識が無いという事じゃ。宇宙で方向を見失うという事が、どれだけ恐ろしい事か分かるか? 解かり易く例えるなら、地図もコンパスも無しに小船で大海原に放り出されるようなものじゃぞ」
「あかん……最悪や。アイツただでさえ方向音痴やのに」
ようやく合点がいったエリサの顔が、見る見る青ざめる。二次元的な三百六十度方位の地上と違い、宇宙の三次元的な立体方位の中で方角を見失うという事が、どれだけ恐ろしいか理解できたようだ。しかも宇宙は無限に広がっていると言っても過言ではない。そんな中、進むべき道を間違えたとしたら、それこそ永遠に闇の中を彷徨う事になる。
「だったら早よ虎鉄を起こさな!」
「さっきから何度も呼びかけておるが、さっぱり繋がらん。どうやら爆発に巻き込まれた時、ロボ頭を失くしたようじゃ」
「なんやて~。ほな、どないしたらええんや……」
泣きそうな顔で訊かれても、スフィーは肩をすくめる事しかできない。いくら魔法使いと呼ばれる彼女でも、手持ちの道具が足りなくてはできる事に限りがある。手品師だって、種も仕掛けもなしでは舞台に上がれないのだ。
そうこうしている間にも、虎鉄は秒速十五キロメートルほどの速度で移動しており、このままではあと一分もしないうちに“神の眼”の超望遠レンズでも捉えきれない距離まで飛んで行ってしまう。何かをするには、あまりにも時間は限られている。
「そうや。あんた、今からウチの言うとおりに人工衛星を動かして!」
「何をするつもりじゃ?」
訊ねるスフィーにエリサは、獰猛な笑みを浮かべて答えた。
「ぶちかましたる」




