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 片腕を失ったのにも関わらず、ドラコは躊躇う事無く立ち向かってくる。さすが人造人間。腕一本千切れた程度じゃびくともしない。むしろ腕一本軽くなった分、動きが早くなったくらいだ。


 元よりドラコの動きは、人間の動体視力で捉えられるような生ぬるいものではない。ハナっから人間とは反応速度が違うのだ。その気になればいくらでも加速できる機械を相手に、動きを眼で追っていては永遠に追いつけない。


 ならばどうするのか。簡単な事だ。眼で追えないのなら、追わなければいい。虎鉄は迫り来るドラコを前に、ただ両腕を顔の前で構えるだけの簡単な防御ガードを取った。


 当然そんなもの、ドラコの前では防御ですらない。スラスターを一瞬だけ逆噴射。制動をかけてフェイントとし、すぐさま右に吹っ飛ぶように回り込む。こんな動き、人間がやったら身体にかかるGで即鼻から脳ミソがこぼれ出す。人造人間という性能ポテンシャルをフルに活用した、速度重視の戦法だ。


 虎鉄のがら空きの左わき腹に、三連続の右フックが突き刺さる。ほとんど同時に三発の衝撃が襲うが、虎鉄は地面に根が生えたかのようにびくともせず攻撃を受けきり、逆に突きを放ったドラコが弾き飛ばされた。


「なに……?」


 疑念の声を上げるドラコに、虎鉄は内心ほくそ笑む。高性能な電子頭脳をもってしても、何が起こったのか理解できまい。不可思議な事象は、彼の人工眼球カメラでも見えないナノ単位の世界で起きているからだ。


「くそっ!」


 予想外の事態にもすぐさま対応し、ドラコは即座に体勢を立て直し再び速攻をかける。その手際たるや見事としか言いようがない。またもや眼で追えない速度で迫られ、虎鉄は亀のように防御を固める事しかできない。


 右腕と見せかけて、今度は左の回し蹴りが虎鉄の右足を襲う。狙いは膝のやや上。そこを斜め上から叩き込むように蹴る。ダメージ蓄積型の当てるローキックじゃない。明らかに折りにきている蹴りだ。そして重さも速度も十分に乗った左ローキックを、虎鉄は避ける事もカットする事もできない。


 当然の如くヒット。ドラコの体重の乗った芸術的な左ローキックが、アペイロンの右足を砕いた、かに見えた。


 その時、十億分の一というナノの世界では、このような事が起きていた。これまではドラコの攻撃が虎鉄に当たると同時に、アペイロンの装甲であるネオ・オリハルコンは攻撃の運動エネルギーを熱エネルギーに変換して放出していた。だが今は違う。ネオ・オリハルコンが、受けた運動エネルギーの一部を保有したまま装甲の表面を波のように移動。そのまま虎鉄の身体をぐるりと一周回って相手に返すという離れ業。相手の力を受け流し、時には相手に返す中国武術で言うところの化剄という技をナノマシンの集合体がやってのけたのだ。これは何より、アペイロンの装甲が他のものとは違う、ネオ・オリハルコンという生きた装甲だから可能なのだが、それをコントロールする技術があってこそなのは言うまでもない。


 もちろん百パーセント返す事は不可能だが、ドラコのように戦闘プランに自分の攻撃による作用反作用まで完璧に計算して組み込んでいる相手には、このイレギュラーはかなり有効だ。ほんの少し初手のバランスを崩してやるだけで、以降の計算にズレが生じ、プランそのものが破綻するからだ。


 事実、ドラコの攻勢は最初の一撃だけで、それっきり後が続かない。連続攻撃をしないのではない。できないのだ。


 無敵の装甲に完璧な防御。これでドラコの攻撃はもうアペイロンには通用しない。だが最強の盾を手に入れたけでは、ドラコは倒せない。次に必要なのは、攻めるための矛。攻撃こそ最大の攻めであり、攻めない限り相手は倒れない。実に単純シンプルな話だ。


 では次の問題。眼で追えないほど速く動く相手に、どうすればこちらの攻撃を当てられるのか。


 これも答えは簡単。速すぎて当たらないのなら、止まったところを狙えばいい。飛んでいるハエは叩けなくても、止まったハエなら叩けるというものだ。


 それならば、ドラコはいつ止まるのか。今こうしている間も彼は、血の通った生物には到底真似できない動きで虎鉄の周りを牽制している。宇宙に忍者がいたとしたら、きっとこういう動きをするのだろう。


 相変わらず宇宙忍者ドラコの動きは変幻自在かつ電光石火で、いつ止まるとも知れない。人造人間だから疲れる事はないし、放っておけば電池が切れるまで動き回るだろう。しかし人類に残された時間はあと半時もない。敵は目の前だけでなく、時間も含まれている。虎鉄に待ちの戦法は許されなかった。


 これまでの虎鉄なら、気ばかり焦って無駄な足掻きをしていただろう。闇雲に攻撃を仕掛けては、逆に反撃を受けて傷口を広げていたに決まっている。されど今は違う。師である舞哉の言葉によって開眼した虎鉄は、今ようやく心身共にアペイロンと成ったのだ。


 軍人には軍人の、武道家には武道家の。そしてアペイロンにはアペイロンの戦い方というものがある。今なら解かる。舞哉は出会ってから三年余り、来るべきこの日のために、己の持てるすべてを叩き込んでくれていたのだ。だが虎鉄は今まで何も理解せず、言われるままに諾々と反復してきた。これではせっかくの鍛錬もまったく意味がない。


 しかし積み上げた鍛錬に理解が重なった時、始めて技は完成に至る。今にしてようやく虎鉄は理解した。これこそ、アペイロンが宇宙最強で無敵である本当の理由。師が弟子に伝えようとしてきた真意。アペイロンの真の力とは、無限の可能性なのだ。


 既成概念や固定観念を捨て、魂を宇宙に開放する。目が二つしかないなんて誰が決めた。虎鉄は今その気になれば、全身の細胞と同化しているナノマシン化したネオ・オリハルコンのネットワークによって、全方位の視覚情報が直接脳に流れ込んでくる。しかもその反応速度も強化され、銃弾さえも停止して見えるほどだ。


 当然脳細胞や神経細胞も強化され、五感から送られてくる電気信号を処理する速度はもちろん、脳が出した指令を筋肉が実行する速度も桁違いに増幅されている。


 つまり、真のアペイロンと成った虎鉄はもう、人造人間など遙かに凌駕している。


 見えないと思っていたから見えなかったドラコの動きも、見えると思って見てみればハエが止まったも同然だった。


 止まったハエなら打てる。


「遅いぜ」


 猛スピードで擦れ違おうとしたドラコの右腕を、虎鉄は腕を組むようにして絡め取る。


「な……ッ!?」


 腕を巻き込むように、肘の関節を極めつつぎりぎりと捩じ上げると、よもや人間風情に捉えられるとは思っていなかったのか、人造人間が驚いているように見えた。


 今のアペイロンなら、ドラコの残った右腕も易々と捻じ切る事ができる。しかし痛みを感じない人造人間に、関節技など意味が無い。もちろん虎鉄も、せっかくの好機をそんなつまらない事で浪費するつもりはなかった。


「ちょっと技の実験台になってもらうぜ」


 虎鉄はにやりと笑い、右腕をドラコの腕に絡めたまま、右掌で彼の顔に触れる。


「喰らいやがれ。必殺、000《インフィニティ・ゼロ》」


 瞬間、ドラコは頭部が内部から爆発したように痙攣する。衝撃で吹っ飛びそうになるが、腕が虎鉄に絡め取られたままなので、一度激しく震えただけで終わった。


「こ、これは……?」


 ドラコの人工知能でも、すぐには何が起きたのか理解できなかっただろう。何せ虎鉄は密着したままで、掌も触れたままの状態だった。そこから兜を貫通し、強化骨格の首を軋ませ、宇宙戦艦の装甲よりも強い頭蓋骨フレームに守られた人工脳に直接ダメージを与える攻撃など打てるはずがない。


 だが虎鉄はやってのけた。まるで魔法でも使ったかのように。足首を軸に身体を捻る動きを膝、腰と関節ごとに増幅させ、肩から肘、手首に至るまでに増幅に増幅を重ねた力が相手に到達する瞬間に全身の筋肉を締める。中国拳法にある発剄に似ているが、発剄は足が地面に着いていなければならないのでこれは違う。


 000とはゼロGの環境下、ゼロ距離、予備動作ゼロという三つのゼロが重なった時に発動する、宇宙近接格闘の奥義の一つである。


 これはまるで、発剄が宇宙での戦闘に向けて進化したかのようだ。そしてそれがいま実際に強化された人造人間に脳震盪を起こさせる攻撃を放った。という事は武術もまだまだ進化の可能性を残しているのかもしれない。


 相手が混乱している隙を逃さず、虎鉄は二発三発と続けて000を連発する。戦艦の主砲を超える威力の連発を接射で受け、とうとうドラコのヘルメットにひびが入る。


「これはまさか伝説の“宇宙格闘術アストロアーツ”……。だが、あれは連邦宇宙軍の禁忌……!」


 最初は面食らっていたドラコだが、同じ技を何度も受けて正体に気付いたようだ。とは言うものの虎鉄はあえて連発し、気付かせるように仕向けたのだが。


「地球人の貴様がどうしてこれを!?」


「言っただろ? 俺の師匠はシド・マイヤー、宇宙最強の男だ。そしてお前を倒すのはその弟子、武藤虎鉄だ。よおく覚えとけ!」


 とどめとばかりに、これまでのものとは比較にならないほどの威力の000がドラコの頭部を襲う。衝撃に耐え切れず兜が粉砕され、初めてドラコの顔が露になる。


 耐え切れなかったのは兜だけではなかった。000の衝撃を逃がさないようにと、虎鉄に絡め取られていたドラコの右腕が根元から引き千切れた。

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