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人造人間は驚かない。だがプログラムされたデータにないイレギュラーが発生した場合、人工知能がエラーを発する。これが人間でいう驚きに相当する。具体例を挙げると、死亡を確認したはずのアペイロンが、顔面を掴むドラコの腕を掴み返してきた。警告。
人造人間は痛みを感じない。アペイロンに掴まれた腕がみりみりと悲鳴を上げ、遂には握り潰されてしまった。ありえない事に、宇宙戦艦の衝角と同じ素材で作られた骨格や強化人工筋肉ごと、プレス機のように潰し切ったのだ。左腕損傷。
人造人間は恐怖を感じない。そもそも任務上必要ないので、恐怖という概念そのものがプログラムされていない。さりとて自分の全力でも切れないハイパーダイヤモンドのワイヤーを、アペイロンが蜘蛛の糸でも切るかのように引きちぎるのを見てしまっては、いかに人工知能でも恐怖に類した電気信号を感知せずにはいられない。危険。
されど人造人間は任務を放棄しない。どれだけ想定外な事態が起こり、損傷が激しく、危機的な状況であっても、任務を遂行するためにあらゆる手段を考慮し、行動する。ドラコにはそれができるだけの能力があり、またそうしてきたからこそ、宇宙連邦治安維持局の行動部隊の中でエースを張って来られたのだ。
人工知能をフル回転させて、この危機をどう切り抜けるかを考える。左腕の損傷など微々たるものだ。問題は、ワイヤーまで切られてしまい、これまでの戦法がとれなくなってしまった事だ。パワーに歴然とした差ができた今の状況で、一方的に攻撃できる優位さがなくなったのはかなり痛い。
しかしワイヤーによる技術的な優位を失っただけで、自分にはまだゼロG戦闘における経験値の差があるではないか。いくらパワーに秀でていたとしても、それを生かす技術や経験が無ければ無用の長物だ。どれだけ破壊力を秘めた打撃でも、当たらなければ意味が無い。逆に軽い攻撃でも数を積み重ねていけば、いつかは倒せるというものだ。ここは確実に相手にダメージを蓄積させていく方向でプランを固める。生き返ったのなら、何度でも殺すまでだ。
この間ゼロコンマ一ミリ秒。人間の反射速度を遙かに凌駕する速度で次手を決めると、まったくの時間差なく全身の駆動系が作戦を実行するためにフル稼働する。
左腕を損失した分マイナスされた重量によるボディバランスの変化。変動した重心での右腕から繰り出される拳。その衝撃が生み出す反作用を緩和するための推進剤の噴出量。これらすべての適正値を瞬時に算出し、また誤差修正プラスマイナスゼロコンマ五パーセント以内の精度にて実行する事が、果たして全宇宙広しと言えど、ドラコ=フォルティス以外の何人ができるであろうか。
とくと見よ。これがエースの実力だ。




