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誰かが泣いている。
子供の頃に、よく聞いた泣き声。
あれは、エリサの声。
エリサが泣いている。
泣かせたのは誰だ。
意地の悪い、同級生のいじめっ子。
性質の悪い、上級生のガキ大将。
いつも泣かされていたエリサ。
そりゃそうだ。
派手な金髪碧眼に関西弁。
こんな田舎じゃ目立つに決まってる。
けれどいつも堂々としていた。
隠す事なく、かといってひけらかす事なく、あるがままに胸を張って生きていた。
カッコいいと思った。
エリサは他人と違う事に、何一つ負い目を感じていなかった。むしろ親から貰った美しい金髪と青い目に、誇りを持っていた。
誇りある者を笑う奴は最低だ。最低の事をするのは悪い奴だ。悪い奴は許してはならない。何故なら、俺は正義のヒーローになるのだから。
守らなければならないと思った。
守りたいと思った。
こうしてエリサが泣かされると、泣かせた奴らと喧嘩をする日々が始まった。
勝てた事はほとんどなかったが、それでも何かを守っている気分にはなれた。誰かのために戦っているという満足感があった。
今思えば、完全に自己満足だ。勝とうが負けようが、受けるペナルティもリスクも無い。ただ泣かされてケガしてそれで終わり。ヒーローごっこにゃあそれで十分だ。なにも本気で命をかけたり身体を張る必要はあるまい。だって相手もその程度のものなのだから。
けど本物のヒーローは違う。
彼らは大事なものを守ろうとしていた。
大事なものを守れる強さを持っていた。
それはただの力だけじゃなく、愛や勇気とかいう抽象的なものだけでもなく、正義のためなんていうおためごかしじゃなく、敵が多かろうが強かろうが自分が傷つこうが怖かろうが痛かろうが辛かろうがきつかろうが苦しかろうが危険だろうが、
それでも何かのために戦える、
誰かのために戦う事ができる、
守ろうとする意思。
命をかけた、魂の燃焼。
それが彼らの本当の強さ。
俺は、それに憧れていたんだ。
いつからだろう。
守るためじゃなく、ただ力に憧れるようになったのは。
気に入らないものをこの手でブチ壊したいと、
頭にくる奴を思い切りブン殴りたいと、
そんな自分勝手な自己満足のために力に憧れるようになったのは。
俺の正義を見失ったのは。
エリサが泣いている。
泣かせたのは誰だ。
意地の悪い、同級生のいじめっ子。
性質の悪い、上級生のガキ大将。
違う。
俺だ。
俺が負けたから、
守れなかったから、
弱かったから、
エリサが泣いている。
また守れなかったのか。
憧れだけでは何も守れないのか。
力が欲しい。
彼らのように、大事なものを守れる強さが。
もう自分の力が足りないせいで、
自分が弱いせいで、
大切な誰かが、何かが傷つけられるのはまっぴらだ。
地球の危機とか、人類滅亡なんてこの際どうでもいい。
理不尽な暴力に、無慈悲な運命に、世界の不条理に打ち勝つ力を、なんて大層なものじゃなくていい。
いま目の前で泣いている人を守れるだけの力を、俺にくれ!
力とは、守るためにあるのだから!
「信じてるで、ヒーロー」
信じてくれる人の期待に応えるだけの力を、俺にくれ!
俺は、大事な人たちを、守りたい。
守るための力を――
力を――
力なら、あるじゃないか。
思い出せ。
俺にはすでに、力があるじゃないか。
大事な人を、大事なものを守るための力が。
その力を使って守れ。さもないと、
地球が、人類が、
とにかくヤバい!
こりゃ死んでる場合じゃねえ!
「俺の許可無く勝手に負けるな。死んでも生き返って勝て!」
はいはい、わかってますよ。ったく、キツい師匠を持つと弟子は苦労するよ。けどそのおかげで思い出した。今まで三年間、師匠に叩き込まれた技や力の使い方。そして呼吸のリズムや意識の張り方、氣の巡らせ方。あれらすべてには意味があったんだって、今ようやく気付いたよ。初めての宇宙と実戦で舞い上がっちまってたんだな。いかんいかん。けどもう大丈夫。まあ見てなって、これからバッチリ反撃してやるから。
さあ、ぶち抜くぜ。
――内燃氣環――――無限開放。
ドラコの手刀で頚椎を折られ、心停止したはずの虎鉄の身体から、エネルギーが奔流の如く溢れ出す。これこそ、宇宙連邦治安維持局や連邦宇宙軍が封印指定しつつも陰では追い求め続けた、無限エネルギー発生機関の真骨頂である。
無限に注ぎ込まれるエネルギーによって全身に行き渡ったネオ・オリハルコンが活性化し、頚椎の骨折が一瞬で治癒。さらに停まった心臓に電気刺激を入れ、無理やり蘇生させる荒業をやってのけた後は、酸素供給が滞って死にかけていた脳を強引に叩き起こす。損傷した脳細胞から何からは、すべてナノマシン化したネオ・オリハルコンが治療する。
死人を一体生き返らせるだけの事をやってのけても、まだエネルギーの怒涛は収まらない。当たり前だ。何しろ今のアペイロンは極超新星を超えるエネルギーが湯水の如く湧き続けていて、星どころか新たな銀河系が生まれてもおかしくないほどだ。
それだけの超エネルギーを内包したアペイロンは、
完全に無敵。




