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人間サンドバッグと化して殴られ蹴られ続け、遂には顔面を掴まれ吊るし上げられた。もうドラコの手を振りほどく事はおろか、指一本動かす力も残っていない。虎鉄は朦朧とした意識の中で感じる。すぐそこにまで迫った、死の冷たい感触を。
子供の頃に憧れていたヒーローたちも、こうして自らの命の危険を感じながら戦っていたのだろうか。
もし彼らが実在していたら、自分と同じように己の無力さを感じつつ、じわじわと迫る死の恐怖に金玉が上がってくるような焦燥感を覚えたのだろうか。
結局自分は、派手なアクションやカッコイイ武器など、上っ面の華々しい部分しか見ておらず、毎週決まって勝ち続ける彼らの、影の部分を想像もしなかった。敵と戦う事だけでなく、負ける事や傷つく事、果ては死んでしまう事への恐怖と戦っている事に目を向けていなかった。
いざやってみると、ヒーローの何と大変な事か。痛い怖い辛いの三拍子どころか、苦しいきつい危険の3Kまでついてくる。合わせて六つ。麻雀なら跳ね満だ。しかも保険や危険手当なんかも当然のようにつかないし、戦いで受けた傷なのに労災も下りない。誰も褒めてくれないし、むしろ正体を隠さなきゃならない時もある。何て割りに合わない仕事なんだろう。なのに何故、彼らはそれでも戦うのだろう。何のために、誰のために。
そういえば、自分はどうして彼らに憧れていたのだろう。無償の善意が美徳だと思ったわけじゃない。ただ彼らの強さが羨ましかっただけだ。何にも、誰にも、己の弱さにも負けない彼らの強さを。妬ましいほどに。
弱い事は罪ではない。だが弱いままでいることは罪なのだと、がむしゃらに自分を変えようとしてきたが、結局中身は何も変わっていなかった。自分にできる事はただ、己の無力を嘆き壁や地面を殴る事くらいだ。それじゃあ何も変わらない。せいぜい手の形が歪になるだけで。
「――――――――」
『――――――――――』
「――――――――――――――――」
『――――――』
何のために、戦っているのだろう。彼らは地球のため、世界の平和のため、人々のためと、何と大きなスケールのものを守るために戦ってきただろうか。では自分は?
地球のため? そんな大雑把な理由で、命なんか賭けられるものか。人類なんて、九割九分九厘以上が他人じゃないか。そんな見ず知らずの他人のために、戦闘用の人造人間を相手にケンカを売るなんて正気の沙汰じゃない。そもそも、もう負けてるじゃないか。
自分が負けたら、どうなるのだろう。
どうなるんだろう? 巨大隕石が地球に衝突。昔観た映画だと、核爆発みたいな爆発の後、衝撃で舞い上がった土砂粉塵に地球が覆われ、太陽光線が遮断されて氷河期の再来みたいな展開になっていた。そうしてまず野生動物から死んで、次に農作物に被害が出て、最終的には深海魚くらいしか食料が獲れなくなって人類は徐々に衰退していく、そんな内容だった。現実もたぶんそんな感じになるか、一瞬で地球が木っ端微塵に砕け散るんだと思う。後者希望。どうせ死ぬなら一瞬の方がいい。
「――――――――」
『――――――――――――』
そういえばさっきから通信で誰かが何か話しているような気がするが、頭がぼうっとして何を言っているのかさっぱり聞き取れない。何か言わなきゃいけない気がするが、もう声を出す力も残っていない。
ただでさえはっきりとしない意識でそこまで考えた時、
不意に虎鉄の頚骨が折られ、
心臓が停止した。




