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               ◆     ◆

 入学式から二週間も経過すると、尻に殻を引っ付けた新入生どももようやく遅刻ギリギリまで寝ていられる時間を経験則から導き出したようで、県立柴楽しばらく高校一年五組の教室も始業まであと十分を切ったというのに、席はまだ半分も埋まっていない。

 

 席についている生徒たちも、早めに登校して予習をしようなどと殊勝な心構えをしているわけではなく、誰かに宿題のノートを写させてもらおうという下心のある者たちばかりだ。

 

 そんな教室の片隅で、武藤虎鉄むとうこてつは友人の犬飼浩一いぬかいこういちと昨晩深夜放送された低予算地元密着型ローカル特撮ヒーロー番組について、温度差のあるトークを繰り広げていた。


「いや~、それにしても昨日は正義と愛の二者択一という深い内容の回だったなあ。恋人を人質にとられた主人

公の苦悩がひしひしと伝わってきて、思わず熱くなっちまったぜ」

 

 虎鉄は昨夜の興奮冷めやらぬといった感じで椅子から立ち上がり、左右の拳を繰り出す。何重にも袖をまくった学生服から打ち出されるパンチが小気味よく風を切り、同じく半分くらい裾を折ったぶかぶかのズボンで軽やかにフットワークを刻む。気分はすっかり昨夜の特撮番組の主人公になりきっているようだ。

 

 だが片や浩一は、身も心も小学生みたいに熱を帯びて語る虎鉄とは対照的だった。


「そうかい? 昔から不思議に思っていたんだけど、どうしてあのテのヒーローものの主人公は、敵に人質をとられたくらいで苦悩するんだろうね」


 浩一の斜に構えた疑問に、虎鉄はシャドウボクシングの構えを解き、また始まったかと片方の眉を器用に上げる。


「いや、苦悩するだろ普通。だって地球の平和と人命を天秤にかけてるんだぞ。人の命は星より重いって言うし、そう簡単に割り切れるもんじゃないだろ」


「割り切ろうよ、そこは。だって地球の平和って、つまり全人類だけじゃなく、この星の生態系なんかをひっくるめてだよ? それとたかが一人や二人の命が等価なのかと問われれば、僕は素直に是とは言えないな。正義の味方ならたとえ家族や恋人が人質にとられようとも、使命のために涙を呑んで切り捨てるくらいの覚悟が必要じゃないかな」


 小の虫を殺して大の虫を助けるって言うしね、と学生服よりも背広スーツが似合いそうな大人びた幼馴染は、机の上に両肘を乗せて手の指を組み、自分のターンはここで終わり、次はそちらが反論する番だと表情で示す。


「相変わらずドライっつーか合理主義っつーか、お前は戦隊もので言うとブルーどころか敵の幹部かボスだな」


 対する虎鉄は立ったまま反論を開始。これは彼がトークが白熱すると体まで動いてしまうというクセがあるから安全のためでもあるのだが、そうしなければ身長差のある浩一と目線が合わないという悲しい理由もある。


 片や学生証を見せないと確実に学生料金にならない浩一と、素で子供料金が通用してしまう虎鉄。この凸凹コンビは早くもこの一年五組の名物で、教室の中には必死に他人のノートを書き写しつつも、ちらちらと二人の漫才のような会話を盗み見ている者もいる。


「いや、むしろ血も涙もないルール無用の悪と戦うからこそ、敵に弱みを握られないように孤独でいなくちゃ。


そもそも戦いに誰も巻き込みたくないのなら、友達なんて愛と勇気ぐらいにしておかないと」


「おい、別のヒーローの話になってるぞ」


「おっと、ごめんごめん」


 浩一は爽やかな笑顔のあと、咳払いを一つ挟んで仕切りなおす。


「要は覚悟の問題だよ。僕は目的のために小を捨てて大を取る覚悟もない者に、世界の平和を守るとか巨大な悪を倒すとか大層な事ができるとは思わないね」


「なるほど。お前の言いたい事はよくわかった」


「え? わかっちゃうの? 自分で言うのもなんだけど、結構偏った意見だよ」


「問題ない。何故なら俺は、とっくの昔にその答えに辿り着いているからだ」


「……ちなみに、具体的にいつ頃辿り着いたんだい?」


「中二の頃だ」


「あ~…………うん、とりあえず話を聞こうか」


 どや顔を決める虎鉄に向かって浩一は何か言いかけたが、ほんのわずかな逡巡のあと何事もなかったように先を促した。きっと言えばかなり面倒臭い事になるのを長い付き合いで熟知しているので、スルーを決め込んだのだろう。


「素人はこの問題を人質か地球の二者択一だと捉えてしまうが、俺みたいなプロは違う」


 周囲で聞き耳を立てているギャラリーは一斉に心の中で『何のプロだよ』とツッコミを入れたが、浩一はそんな野暮な真似はしない。


「さすがだね」


 あたかもすべてを分かっているかのようなかおで相槌を打つ。まさに阿吽の呼吸だ。


「そもそも主人公にとって、誰かを見捨てるという選択肢はハナっから存在しない。誰かの犠牲の上で成り立つ

平和など、真の平和ではないと知っているし、何よりそれは正義じゃないからだ」


「好きだねえ虎鉄は。正義って言葉が」


「当然。男なら正義とロマンは生まれる前から心にインストール済みだろうが」


「う~ん、今どきそんな昔の少年漫画の主人公みたいなの、虎鉄くらいじゃないかなあ。少なくとも僕には入っ

てないし」


「あら……」


 渾身の決め台詞を屈託のない笑顔でさらりと否定され、ずっこけそうになる虎鉄。


「とにかく、正義に反するのはダメだ。たとえそれによって残った道が危険で不利なイバラ道になろうとも、だ」


「正義の味方は縛りが多くて大変だね」


「法や社会のルールだけじゃなく、自分で決めたルールにも縛られてるからな」


「虎鉄がよく言う『俺ルール』だね」


「そう。男なら法や社会のルールを破る事はあっても、自分で決めた俺ルールだけは死んでも破っちゃいけないんだ。だから俺が主人公と同じ立場でも、同じ判断を下すだろう。もし俺がヒーローだったら、正義を貫くために命くらい賭けてやるさ。それくらいできないと、本当の正義の味方とは言えないからな」


 びしっと親指を立てて、白い歯を見せる虎鉄。


「虎鉄は正義の味方の鑑だね。いっそのこと将来の進路はそっち方面に進んだらどうだい?」


「ん~、俺もそのつもりなんだが、どう調べてもヒーローショーのアルバイトくらいしか見つからないんだよなあ。俺としては、そろそろ然るべき機関からスカウトが来てもいい頃だと思ってるんだが……」


 腕を組んで真剣に熟考している虎鉄に向けて、浩一が満面の笑みで「早く来るといいねえ」とまったく気持ちのこもらない返事をしていると、教室に流れるような金髪をポニーテールにした女生徒が息急き切って駆け込んできた。

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